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鳥鈴の頃の釜飯の思い出が蘇る | 空想俳人日記

鳥鈴の頃の釜飯の思い出が蘇る

 幼少の頃、うちの学区内(名古屋の熱田の家)に鳥鈴という店があって、何か祝い事があると、よく出前で釜飯を注文していた。売り物が釜飯の店だったのだ。鳥鈴と言えば釜飯。小学校の頃は、どんなお肉(牛も豚も鶏も)苦手だった(鯨だけはOKだった)のに、鳥鈴の鶏釜飯は食べたのだ。
 大人になり、仕事場の近所にも鳥鈴があり、連れと仕事が終わると、そこへ飲みに行っていた。その時は飲むことが目的だったので、おつまみ系の注文ばかりで釜飯を食べることはなかった。
 しばらくして、鳥鈴は味波という名前の店に変わった。オーナーが変わったわけではないと思う(働いている親しみ深かったおばちゃんが引き続き見えて「名前が変わっただけだから」と言ってたし)が、改装後オープンしてからも、たびたび通った。店の真ん中に大きな生簀があった。メインを鶏釜飯から海鮮ものに、そういう潮流に乗るために店名を変え改装もしたのかもしれない。
 その後、連れとは、そこへ行くよりも、金山の、裏にラブホがあった界隈の表のビルにボコボコできた、もっと安価なお値打ち居酒屋チェーンに行くことが増えていった。
 そんな味波の、半田にある店。以前は、うちの近所(こちらは半田の住まい)にも1軒あって、何度か足を運んだが、その時も釜飯は食べず定食を食べたりした。その店は、今はもう閉めてしまわれた。もう1軒の半田で頑張ってられる店、それが今回利用した成岩店だ。ここにも1~2度は来たが、酒の肴を注文した程度だ。

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 今回、お昼に入り、ランチメニュー(休日なので日替わりはやってない)を眺めるやいなや、自分が迷わず
「釜飯定食ね」と注文したことに我ながら決断の早さに驚いた。

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 そうなのだ。ほかにも定食が書かれていたが、ほかでも食べられるぞ(中身の構成や味は異なるかもしれないが)と。しかも、メニューの一番上に書かれてあったのだ、釜飯定食が。
「鶏の釜飯になりますが」と店の方。
「はい」と答えながら、もちろん、そうでしょ、鳥鈴なんだから。って脳みそが呟いた。それから、お品が届くまで、脳みそが何やらワクワクしていることに気が付いた。
「もうすぐ出ますので」と店の方が予告しながら、お茶を注ぎ足してくれた。
 そして出てきた。いろいろなおかずと一緒に、釜飯が。

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 本来なら、お釜の中をよくかき混ぜるのだろうが、そうはせず、上の方から茶碗によそった。
「うん。うまい」

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 納得しながら、ほかの料理にも箸をつける。茶碗蒸しから。
「おっ、懐かしい味だあ」

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 ゴボウやこんにゃく、厚揚げが煮られた惣菜も、
「これも、いい。この少~し濃いめの味付けが、この鶏釜飯に合う」

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 これらのカギかっこの言葉は、けっして口を開いて出ているのではない。先の脳みその奴が呟いているのだ。Kiokuという名の脳みそが。
 そして、味噌汁にも。中の具を一口すれば、
「この油揚げとお汁が舌にぴったり。なんでボクの好みを知ってるんだ」とKiokuくん。

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 さあ、ファイナルは・・・。先に釜飯の中身をかきまぜなかったのは、このお釜の下の方の、釜にこびりついた焦げ目のあるごはんを集中的にいただくためだ。そう、上っ面よりも味が濃くなり、食べごたえも。

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 目の前がぼんやりとしてきた。どうしたんだろう。目をこすってみた。なんだ、濡れているじゃないか。どうりで目頭が熱い。そして、脳みそが震えている。
 珍しく素早い決断で、この釜飯を注文している自分に、痛く感動している。自分にしか分からない味、それが今ここにある。そう思った。
 帰りの会計の際に、お店の方から「大きなお荷物、大変ですね」と。いや、たまたまギター担いでいたものだから。私は、
「ギターです」と言いながら、そんなことよりも、言いたかったことがKiokuくんの指示に従って口をついて出た。
「美味しかったですよ。小さい頃、名古屋ですけど、何かお祝いがあると鳥鈴の釜飯取って食べてましたから」
「そうなんですか」
「底の方へ行くと、味が濃くなって、そして、おこげが、たまんないですね」
「釜飯好きなお客様、ああ今日は、おこげがいつもより少なかったよって、残念がられることもありますからねえ」
「でしょうね」
「おこげ多めにしてね、って注文される方もいるんですよ」
「えっ、できるんですか」
「でも、あまり焦げすぎちゃってもねえ」
「ほんと、懐かしかったし、美味しかった」
「また、いらしてください」
 そんな会話に脳みそのKiokuくん、満足そうだった。店を出て、しばらくは歩きながら、私はKiokuくんと小さな頃の思い出を語り合ったのだった。

味波 成岩店
味波 成岩店 by (C)shisyun

味波 成岩店魚介・海鮮料理 / 青山駅成岩駅東成岩駅
昼総合点★★★★ 4.5



 Kiokuくんに関する後日談ならぬ後時間談(日が変わらず数時間後の話だから)をひとつ(ここから食べログ記事からは削除です)。
 半田での午後からの御用を終えた夕方、久しぶりに知多半田駅から名鉄で名古屋へ向かった。東京からこちらへ戻ってからというもの、殆どJR利用。最近は、それよりも車での行ったり来たりが多いので。
 名鉄ということで、東京赴任する前にはちょくちょくお邪魔していた金山庵を思い出した。名鉄金山駅のホーム内にあるうどん屋兼立ち飲み屋みたいな店だよ。その頃からお世話になった店のおばちゃんを思い出したわけ。
 いつだったかな、ギターケースぶら下げて店に入った時のこと。
「その重そうなもの、何?」
「あ、ギター」
「へええ、そう。ギターやるの。どうも他の人とは違うなあ、そう思ってたのよ」と。
 私も、そのお店のスタッフさんの中でも、おばちゃんは一味違う人と思っていた。ちゃきちゃきしてはいるけど、どこか気品を感じるよな。若い時は絶対に男にモテながらも高嶺の花に見られたタイプだな、などと。きっと、こんな方が奥方だったら、おうちでギター練習してても「うるさいな」などと言わずに耳を傾けてくれるんだろな、と。アリとキリギリスのお話でも「そんな女王アリのために働きアリ作るようなアリなんか好きじゃないわ」って生きる意味をこめて言うだろな、と。
 それからかな、なんか親しくなっちゃったのは。そして、今日も偶然ギターを背負ってきちゃった。あは、トレードマークかな。
 東京をぶっちぎってこちらへ戻った際にも、たまにちょこちょこ顔は出したのだけども、その時に会えた時も
「久しぶりです」
「何してたの」
「ずっと東京だった」みたいな会話をして、いろいろ事情なんかも話したりして。
 そんな数回かな、「戻ったから、これから、またちょくちょく来るね」と言っておきながら、JRやら車やらでの行き来で縁遠くなり、1年はご無沙汰であったよ。この店は、私にとって、一人でも気軽に一杯飲める、ほぼ唯一の店なのね。
 久しぶりに暖簾をくぐれば(暖簾、あったっけ)、あのおばちゃんがいた。勤務シフトに入ってる日だったんだね。
「熱燗くださいな」と私。
「は~い」というと私に気づいてくれたらしく、「あらあ、ひさしぶりだねえ」と。
「1年くらいかな。電車はJRが多いし」
「うまくやってる?」なんてね。
 そのあと、仕事なんかじゃなく、わが家の話。1年の間にいろいろあったことを、手身近に高速ダイジェストで話したりして。
「おとうさん、おいくつだったの」
「八十三」
「あ、そう」
「おばちゃんは、いつまでも元気だねえ」
 返事は帰ってこなかった。
 おつまみ2品と熱燗で締めてセットで500円。そのあと大抵もう1杯熱燗だけ、だけど、この日は、お替わりを二杯してしまった。
「それって、コントラバス?」もう一人のお店のおねえさんが。
「違うよ。ギター。コントラバスなら、もっとこれくら~い」と両手で大きさをなぞって「でっかいよ」
「そうだね。大きいよね」と。
「あれ、おばちゃん消えたん?」見当たらなかった。
「ああ、駅のトイレ行ったよ」
「ふうん。ほいじゃ、もう行くわ。よろしく伝えといて」と店を出た。
 ホームを歩きながら、ちょっと待てよ、しばらく立ち止まってれば、あっちからおばちゃん来るかも。
 案の定、やってきた。私は今店を出てきたって感じで。
「あっ、もう行くね」と声をかけた。
「また来てよ」と、おばちゃん。
「ちょくちょく来るわ」と応えた。
 でも、何を自分は思ったのだろう。あれ?なんで?
「ね、握手して」と私は言っていた。私の脳みそKiokuくんの言葉だ。
 おばちゃんが素直に手を差し伸べてくれたので、私は、思いっきり握手をした。一瞬だが力を込めて。
「ありがと。じゃ、また」そう言って、駅の改札に向かった。 


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