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じゃあ、おうちで学べる

本能を呼び覚ますこのコードに、君は抗えるか

滅びゆく「なぜ?」と「どうして?」の学びをどう受け止めればよいのか?新人エンジニアの指導で感じる生成AI時代の指導の難しさ

anond.hatelabo.jp

この記事を読み、その内容は学生だけでなく、ソフトウェアエンジニアの教育にも適用できると考えました。以下、ソフトウェアエンジニア(以降、技術者と表記)の教育について、私見を述べさせていただきます。

はじめに

新人エンジニアや学生のOJTやハンズオン研修を担当する中で日々実感することがあります。生成AIの台頭により従来の指導方法が大きく揺らいでいるという現実です。特に、表面的な成果物の質と実際の理解度の乖離が、技術者教育における新たな課題として浮き彫りになってきています。

この変化は、技術教育に関わる私たち全員に、新たな挑戦と機会をもたらしています。生成AIは確かに技術教育の在り方を根本から問い直すきっかけとなりましたが、それは同時に、より本質的な技術力の育成について考え直す機会でもあります。技術の進化に伴う変化は不可避ですが、その中で私たちにできることは、この変化を前向きに捉え、新しい時代にふさわしい技術教育の形を模索していくことではないでしょうか。

このような問題意識のもと、本稿では2025年に向けた技術者教育の新しいアプローチについて考察していきます。

変化する学習の風景

これまでの技術習得プロセスには、ある種の必然性がありました。ライブラリの使い方で躓き、設計パターンの意図を理解できず悩み、そしてそれらを一つずつ克服していく。この過程で、指導者は学習者の理解度を正確に把握し、適切なサポートを提供することができました。

しかし、生成AIの登場により、この学習の構図が大きく変容しています。

ある日の出来事が、この変化を象徴的に表していました。新人エンジニアに依頼した簡単なAPIの実装が、驚くほど短期間で、かつ高品質なコードとして提出されたのです。しかし、コードレビューの場での会話は、次のような展開となりました。

「このミドルウェアの実装パターンを選択した理由は?」 「はい...Copilotが提案したものをそのまま採用しました」 「例外処理の設計思想については?」 「申し訳ありません。その部分はAIの出力そのままで...」

更に印象的だったのは、実装中のトラブルシューティングでの出来事でした。学生がハンズオン研修で詰まっていたため、私がエラーメッセージを確認して原因を特定し、問題のファイルを開こうとした瞬間、そのファイルは既にCopilotによって修正されました。本来であれば、エラーの原因を一緒に探り、解決策を考えることで、貴重な学びの機会となるはずでした。

理解を伴わない実装力

技術者として、私自身も生成AIを積極的に活用しています。それは現代のソフトウェア開発において、もはや必須のスキルといえるでしょう。しかし、「理解を伴わない実装力」という新たな現象が、技術者教育に大きな課題を投げかけています。

最近経験した出来事が、この課題を端的に表していました。新人エンジニアが実装したAPIは、一見すると申し分のない出来栄えでした。しかし、設計の意図を問うと「ChatGPTやCopilotの提案をそのまま採用した」という答えが返ってきます。エラーが発生した際も、その原因を一緒に探ろうとした矢先、Copilotが自動的に修正を施してしまう。こうした状況は、技術者としての本質的な成長機会を失わせる危険性をはらんでいます。

具体的な例として、複雑なマイクロサービスアーキテクチャを構築できるのに、RESTful APIの基本原則が説明できない。網羅的なユニットテストを実装できるのに、テストピラミッドの考え方が理解できていない。Kubernetesマニフェストが書けるのに、コンテナ化の利点を説明できない。このような状況が増えています。

しかし、ここで注目すべきは「理解を伴わない実装力」にも異なるタイプが存在することです。生成AIに依存した実装を行うエンジニアと、知識はあるが実践との紐付けが発展途上のエンジニアです。

前者は、高度なアーキテクチャのコードを書けるように見えても、その設計思想を説明できず、エラーが発生すると即座にAIに解決を委ねます。コードレビューでの「なぜ」という問いに対して、「AIが提案したから」や「はぁ?」という支離滅裂な回答に終始し、自身の実装に対する責任感や当事者意識が希薄です。

一方後者は、デザインパターンアーキテクチャの理論的理解はあるものの、それを実践に活かしきれていない段階にいます。しかし、レビューで指摘されると「あ、確かにそうですね」と納得し、エラーに直面しても自分なりの仮説を立てて解決を試みます。不完全でも自分の言葉で説明しようとする姿勢があり、試行錯誤を重ねながら、徐々に知識と実践を紐づけていっています。

これまでの教育現場では、学習者の成長過程が自然と把握できていました。エラーメッセージと格闘し、設計パターンの意図を咀嚼し、少しずつ理解を深めていく。その過程で、「基礎概念は理解できている」「応用に課題がある」といった具合に、理解度の段階が明確だったのです。

しかし今や、生成AIの支援により、理解度と実装力の相関が著しく弱まっています。特に前者のようなタイプの場合、表面的な成果物の品質だけでは、技術力を測ることが困難になっているのです。後者のような「知識はあるが実践が追いついていない」エンジニアの場合、時間とともに着実な成長が期待できますが、AIに依存した実装では、その成長機会自体が失われてしまう危険性があります。

技術者教育の本質を見つめ直す

私たちが目指すべきは、単なる「実装力」の向上ではありません。なぜその技術が必要とされるのか、どのような文脈で使用されるべきか、実装による影響をどう評価するか。そういった本質的な理解力を持つエンジニアの育成こそが重要です。「動くコード」を書けることは、技術者としての第一歩に過ぎません。

技術力とは、技術選択の理由を説明できること、その技術がもたらす長期的な影響を予測できること、そしてプロジェクト全体における個々の実装の位置づけを理解できることです。これは単にコードを書けるということとは本質的に異なる能力です。

syu-m-5151.hatenablog.com

しかし、生成AIの存在は、この「理解のプロセス」を大きく変えつつあります。AIの出力を適切に編集することで「完成」にたどり着けてしまう現状は、技術習得における重要な学びの機会を奪っているかもしれません。エラーとの格闘、設計の試行錯誤、レビューでの指摘と修正—これらの経験は、表面的には非効率に見えても、実は技術者としての成長に不可欠なプロセスなのです。

さらに重要なのは、技術の進化に対する適応力です。特定の実装パターンやツールの使い方を覚えることよりも、新しい技術が登場した際にその本質を理解し、適切に評価できる力を養うことが重要です。この適応力は、深い理解と経験に裏打ちされた「考える力」からしか生まれません。

syu-m-5151.hatenablog.com

これからの技術者教育

2025年に向けたエンジニア育成の新しいアプローチ

1. 生成AIとの対話力を含めた包括的な技術教育カリキュラムの構築

生成AIを効果的に活用するスキルそのものを技術教育の重要な要素として位置づける必要があります。AIへの適切なプロンプト作成能力はもはやエンジニアの基礎スキルとして不可欠です。しかし、ここで重要なのは単にAIに答えを求めることではありません。

具体的には、AIに実装方針を提案させる際も、その根拠となる設計原則や参考文献を確認し、実装の背景にある理論や概念について理解を深めていく必要があります。さらに、特定の実装パターンのメリット・デメリットを比較検討させることで、技術選択の判断力を養うことができます。また、エラーが発生した際は、その原因と対処法についての理解を深めるための質問を重ねることで、問題解決力を育てていきます。

つまり、AIを「答えを得るためのツール」ではなく、「理解を深めるための対話相手」として活用する姿勢が求められます。生成AIとの対話を通じて、技術の本質的な理解を深める習慣を身につけることが重要です。

また、AIが出力したコードやドキュメントを適切に評価・検証する力も重要な要素となっています。プロンプトエンジニアリングの技術に加えて、AIと人間それぞれの得意分野を理解し、適切な役割分担ができる判断力が必要です。特に、AIの出力を鵜呑みにせず、常に批判的に検証し、その背景にある原理原則を理解しようとする姿勢を育むことが重要です。

2. 実装スキルから設計思考力へのフォーカスシフト

コーディングスキルの習得以上に、システム設計の原則や思想を理解することが重要になってきています。実装の詳細は生成AIに任せられる時代だからこそ、私たちはより本質的な設計思考力の育成に注力すべきです。

システム設計において重要なのは、ビジネス要件を技術要件に適切に変換する力です。スケーラビリティ、可用性、保守性といった非機能要件をどのように満たすのか。開発効率と運用コストのバランスをどう取るのか。こうしたトレードオフを適切に判断し、プロジェクト全体の成功に導く力が、これからのエンジニアには求められます。個々の実装の詳細は生成AIにある程度任せられる一方で、システム全体を俯瞰する力は2025年においては人間にしか培えない能力なのです。

この力を育むためには、実際のプロジェクトの中で判断が必要な場面に直面させ、その経験を積ませることが効果的です。例えば、新しい機能追加の要件を受けた際に、既存システムへの影響範囲を分析させたり、将来の拡張性を考慮した設計を検討させたりすることで、システム全体を見渡す視点を養うことができます。

3. プロセスと思考を重視した評価方法への転換

技術者の評価においても、成果物の完成度だけでなく、そこに至るまでの思考プロセスを重視する必要があります。なぜその設計を選択したのか、どのような代替案を検討したのか、想定されるリスクにどう対処するのか。こうした意思決定の過程とその根拠を、自分の言葉で説明できる力が極めて重要です。

特に注目すべきは、長期的な視点での判断力です。目の前の実装だけでなく、その選択が将来的なシステムの保守性や拡張性にどのような影響を与えるのか。技術負債との向き合い方や、チーム全体での知識共有の方法など、持続可能な開発を実現するための視点も評価の重要な要素となります。

この文脈で懸念されるのが、表面的な成果や「スムーズな進捗」を演出しようとする風潮です。これは特定の層に限った問題ではなく、現代の開発環境が生み出す構造的な課題といえます。重要なのは、そうした見せかけの生産性を求めない組織文化の醸成です。真摯な試行錯誤やチャレンジを認め、失敗から学ぶことを奨励する環境づくりこそが、本質的な技術力の向上につながります。

結局のところ、私たちが目指すべきは、表面的な実装の速さや完成度ではなく、持続可能な開発を実現するための思考力と判断力を備えたエンジニアの育成なのです。そのためには、短期的な成果だけでなく、プロセスの質を重視する評価体系への転換が不可欠です。これは単なる評価方法の変更ではなく、組織全体で取り組むべき文化的な転換といえるでしょう。

おわりに

生成AI時代における技術者教育は、まさに過渡期にあります。単純な「できる/できない」の二元論では測れない、技術力をどう育成し、評価していくのか。これは私たち指導者自身にとっても、大きな学びの機会となっています。

この課題に対する明確な解答は、業界全体としてもまだ模索段階にあります。しかし、技術教育の在り方を根本から見直し、新しい時代に適応した指導方法を確立していく必要性は明らかです。エンジニアの評価や育成に関する従来の常識は、生成AIの台頭により大きく揺らいでいます。

多くの組織や教育機関が同様の課題に直面している中、重要なのは個々の取り組みや知見を共有し、業界全体として解決策を模索していく姿勢です。エンジニア育成は組織の壁を超えた共通の課題であり、オープンな対話と試行錯誤を通じてこそ、新しい時代にふさわしい技術教育の形が見えてくるのではないでしょうか。