放射線は冷静に怖がらなければいけない――。チェルノブイリや東海村の臨界事故、そして福島第一原発事故などの現場にいち早く駆けつけ、被ばく者の救援活動にあたった米国人医師ロバート・ピーター・ゲイル氏はそう訴える。骨髄移植と白血病治療の権威で、「日本では放射能汚染に対する警戒のスタンスに、誤解がある」と指摘する。このほど『放射線と冷静に向き合いたいみなさんへ』(早川書房)を上梓し福島入りのため来日したゲイル氏に、執筆の動機などについて話を聞いた。
(聞き手は広野彩子)
福島第一原発の事故以来、放射能汚染に対する懸念が収束しません。ゲイルさんは、事故直後から現地で支援にあたり、外国人記者クラブで会見などもされていました。今年、『放射線と冷静に向き合いたいみなさんへ』という本を上梓されましたが、原発容認派なんですか。
ゲイル:そうではありません。私は東日本大震災の約1週間後に現地入りして以来、2年以上、被災者救護に断続的にかかわってきました。日本中のコンビニやスーパーからペットボトルの水が消えた様子も直接見ましたし、一般の被災地の人々だけでなく、妊婦の方などからもお話を聞いてきました。そして、放射能汚染に対し、政府や人々の間に、実害から鑑みて必ずしも合理的ではない、現実的ではない恐怖にかられた反応があることに気づきました。
合理的ではない反応、ですか。
ゲイル:科学的見地から、2つの全く正反対の反応があることからお話します。
まず、我々はいずれにせよ常に放射線にさらされています。ものによって放射能の強さが違うだけなのです。富士山の近くに住む人は、恐らく東京に住む人より30%多く放射線にさらされている。中にはその差が200倍にのぼるところもある。しかし、放射線が多い場所の方が東京の人よりがんの発症が多いというわけではない。それでも、富士山近くの人に東京への移住を勧めたりはしません。ある程度の範囲内であれば、人は違った放射線量に対して適応できます。
また私が米国でしばしば出くわすのが、空港でのケースです。空港の保安検査で通過するスキャンを嫌がる人がいます。そこで浴びる放射線よりも、機上で浴びる放射線量の方がはるかに大きい。しかし人はなぜか機上で浴びる放射線を怖がらない。そうしたちぐはぐな行動についてまず認識してほしいのです。
著書ではミリシーベルト、マイクロシーベルトの意味を知ることだ、と指摘されています。
すべてを同じ基準で捉える癖をつける
ゲイル:つまりすべてを同じ基準、例えばミリシーベルトで考える癖をつけてほしいということです。1年間に東京に住んで、建物、食事、コンピュータ、あらゆるものから受ける放射線量は3ミリシーベルトです。70歳まで生きたら210ミリシーベルト浴びることになります。一方で1度のCTスキャンで浴びるのが10ミリシーベルト。東京に3年住んで浴びる数値に等しいですね。個別の事象に反応するのではなく、そうやって比べながら考えてみることです。
人工的な放射線は有害だと言う人もいますが…。
ゲイル:放射線には無害なものが多数あります。(人工的な)携帯電話や電子レンジ、テレビやラジオから出ている放射線は、無害です。強力ではないからです。分かっている限り、人類に害を与えません。携帯電話が脳にがんを引き起こすなどと言う人がいますが、単に、それは「真実ではない」と言っていいでしょう。
世界中、もちろん日本でも20年以上、大変多くの人が携帯電話を使ってきましたが、脳のがんは増えていません。このぐらい低いエネルギーしかない放射線が、どうすればがんを引き起こし得るのかが分からない。一方でエネルギーが大きい、ある種の放射線は大変有害です。十分に低い線量まで被ばくを減らさなければいけない。
放射線量の大小が一番重要なのですか?
イオン化するかどうかもかぎ
ゲイル:生きている人の体は、ひっきりなしに膨大な原子や分子が化学反応を起こしています。重要なのは、放射線が人の体の化学反応に対して変化を起こし、たとえば細胞内の組織を損傷するほど線量が強いかどうかです。イオン化(電離作用)を引き起こすかどうかは判断のポイントの1つです。イオン化を引き起こす場合、生物学的に有害な可能性があるからです。マイクロ波や携帯電話の電波のような放射線は、イオン化を引き起こさないので、無害とみなしています。こうしたものは一部の紫外線などを除けば害はほとんどありません。
イオン化というのは?
ゲイル:イオン化は、原子核の周辺を取り囲む電子が、次から次へと別の電子にぶつかって電子を追い出し、電荷を帯びた粒子、すなわちイオンをつくる形で、当たった原子の構造を変えてしまう現象のことです。2つのビリヤードの球が、ぶつかっていくようなものです。片方がもう片方にぶつかり、その勢いが軌道を外れてしまうほど強いと、イオン化し、生物学的に有害です。ただそれなりにエネルギーが強くなければ、有害ではありません。
イオン化はいつでもどこでも起こっています。ここに座っている今も、私にもあなたにも放射能があるので、互いに放射線を出し合っています。人と人が隣り合えば、それで絶えずお互いの電子がぶつかり合うわけですから。
問題なのは、何かがあった時、我々は普段は放射能がなく、突然放射能があるようになったと考えるところです。すべてに普段から放射能はあるので、問題はそれがどれくらいの強さかということです。
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