(写真=AP/アフロ)
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 6月24日、英国の国民投票でEU離脱派が勝った。英国の有権者は、キャメロン首相の嘆願を拒絶し、43年ぶりにEUに背を向ける道を選んだ。実際に英国がEUから脱退するまでには、少なくとも2年間はかかると見られているが、この国がEUと袂を分かつことは確実だ。キャメロン首相は辞任を表明した。離脱によって悪影響を受けるのは、英国の経済界だけではない。長期的には、EUそして欧州統合を最も強力に進めてきたドイツにとっても大きな打撃となる。

 この開票結果は、欧州市民の間でEUへの失望がいかに深く、右派ポピュリズム勢力への支持が強まっているかを示した。英国のEU離脱は、EU政府に相当する欧州委員会に対し、EUの根本的な改革を迫るものだ。英国に追随して他のEU諸国でも、国民投票による離脱の動きが広がる可能性がある。6月24日は、欧州の歴史の中で暗黒の日として記憶されるだろう。

英国経済の競争力低下へ

 この決定はまず、6月24日のポンド暴落が象徴するように、英国経済にとって激震となる。同国の輸出額のうち、半分以上をEU加盟国向けが占める。対EU輸出は、英国のGDP(国内総生産)の約15%を稼ぎ出している。また英国の輸入額の約50%も、EU諸国からのものだ。英国はEU脱退によって、単一市場の利点(関税廃止、人と物の自由な移動、自由な資本取引)を失う。英国では輸入品の価格が上昇する。対EU貿易での価格競争力も弱くなる。したがって、同国はスイスやノルウェーのようにEUと交渉して、少なくとも関税廃止などの利点を維持しようとするだろう。

 同国にとって特に大きな懸念は、金融機関の動きだ。英国のGDPの約8%は金融サービスによって生み出されている。ロンドンには、米国の投資銀行、商業銀行など外国の多くの金融機関の欧州本社がある。EU離脱によって、ロンドンはEU域内の自由な資本取引の流れから遮断される。

 国民投票の直前に金融機関に対して行われたアンケートによると、回答企業の33%が「英国がEUから離脱した場合、同国でのオペレーションの規模を縮小する」と答えていた。EU離脱は、欧州最大の金融センターであるシティーで働く人々の雇用を脅かすことになるかもしれない。

 欧州では、「EU離脱によって、多くの金融機関はロンドンから、欧州中央銀行(ECB)があるドイツのフランクフルトに拠点を移すだろう」と予測されている。

 日本の外務省によると、英国には約1000社の日本企業が進出し、約16万人を雇用している。同国に拠点を持つ日本企業にとっても、欧州市場戦略を大きく見直す必要がある。

 ドイツのバーテルスマン財団の研究報告書によると、EU離脱が英国経済にもたらす損失は、2030年までにGDPの0.6%~3%に達する。外国企業の数が減少し、失業率が上昇することも避けられないだろう。さらにスコットランドがEU加盟を求めて、英国からの独立運動を再燃させる可能性もある。

 英国にとって唯一の経済的な利点は、EU加盟国が支払う「会費」を納める必要がなくなることだ。英国は現在約86億4000万ユーロの「会費」をEUに払っている。しかしこれは英国のGDPの0.5%にすぎない。価格競争力の低下や外国企業のユーロ圏への流出、雇用の減少などのデメリットを相殺することはできない。

 EUにとっても英国の離脱は大きな痛手だ。2015年の英国のGDPは約2兆5690億ユーロで、ドイツに次ぐ第2位。EUは同国の脱退によって、GDPが一挙に17.6%減ることになる。

 ドイツにとっても、英国の喪失はマイナスだ。両国の意見はしばしば対立してきたが、英国は南欧の債務過重国の経済を立て直す上で、財政出動よりも構造改革を重視するという点では、ドイツと考え方が似ていた。財政出動を重んじるギリシャ、イタリア、スペインの意見を抑える上で、プラグマティズムを重視する英国はドイツの「盟友」だった。つまりドイツは、南欧諸国との交渉の中で重要な応援団を失うことになる。

移民増加と排外主義の高まり

 日本の読者の皆さんは、「EU脱退がもたらす経済的な打撃について再三伝えられていたのに、なぜ英国の有権者はEU離脱の道を選んだのか」と不思議に思われるだろう。この背景には、難民危機を追い風として、英国だけでなく欧州全体で右派ポピュリストに対する支持が高まっている事実がある。

 英国のEU脱退を最も強く求めていたのが、ナイジェル・ファラージ率いる「イギリス独立党(UKIP)」だ。同党の党員数は2002年には約9000人だったが、2014年には約4倍に増えて約3万6000人となっている。2015年の下院選挙で同党は12.6%の得票率を確保。2014年の欧州議会選挙では得票率が28%に達し、英国社会に強い衝撃を与えた。

 英国のポピュリストたちがEUを批判する最大の理由は、EUが政治統合・経済統合を進める中で、域内での移動の自由と他国での就職の自由を促進したことだ。この結果、英国ではポーランドなど東欧諸国からの移民が急増し、ロンドン以外の地方都市を中心として、移民制限を求める声が強まった。英国の反EU勢力は、EUの事実上の憲法に匹敵するリスボン条約を改正し、域内での移動の自由を制限することを求めていた。

 だがEUにとって、域内の移動の自由は欧州連合にとって最も重要な原則の1つだ。ドイツのメルケル首相をはじめとして、他国の首脳は英国のためにリスボン条約を改正することに難色を示していた。

 英国のポピュリスト勢力は、「我々はEUが自らを根本的に改革し、加盟国の利益を尊重しなければ、脱退すると再三訴えてきた。だがEUは結局、改革を拒絶した。だから我々はEUから出ていく」と主張していた。

 私の脳裏に去来するのは、ウインストン・チャーチルが1946年9月19日にチューリヒで行った演説である。彼は、この中で第二次世界大戦のような惨劇を二度と起こさないために、欧州大陸の国々が統合し『欧州合衆国』を作るべきだと提唱したのだ。だがチャーチルは、この合衆国に英国は加わるべきではないと断言していた。彼は、大戦中の苦い経験から、英国は欧州大陸とは一線を画するべきだという態度を持っていたのである。英国はユーロ圏に加盟しない道を選んだ時にも、チャーチルのこの思想を実践した。今回の国民投票により、ジョン・ブル(英国人のこと)たちは再びチャーチルの警告に耳を貸したのである。

欧州全体でポピュリズムが台頭

 さて右派ポピュリストが伸張しているのは、英国だけではない。EU離脱派の勝利は、欧州の他の国々の極右政党、ポピュリスト政党にとっても追い風となる。

 欧州大陸で最も過激な反EU政党が、フランスの「フロン・ナショナール(FN=国民戦線)」だ。ネオナチの扇動者の娘であるマリーヌ・ルペン氏率いるFNも、フランスのユーロ圏からの脱退、EUに譲渡された一部の国家主権をフランスへ返還すること、シェンゲン協定の廃止などを求めている。ルペンは、フランスに流入する移民の数を年に1万人に制限するとともに、同国に不法滞在している外国人の強制送還を要求。就職や社会保障サービスについては、外国人よりもフランス人を優先するべきだと提案している。

 2015年12月にフランスで行われた地方議会選挙では、FNが第1回目の投票で27.7%の票を確保し、第一党となった。この選挙結果は、11月にパリで発生した同時テロを受けて、極右政党に票を投じる有権者が増えた可能性を示唆している。2回目の投票では保守連合と左派連合が共闘したためFNは敗北したが、この選挙は特にパリ以外の地域でFNが支持基盤を拡大しつつあることを印象づけた。ルペン氏は、将来フランスの大統領になることをめざしている。

ドイツでも右派が躍進

 ドイツは第二次世界大戦中、ナチスに率いられて、ヨーロッパ全体に惨禍を引き起こした。この歴史的事実に対する反省から、ドイツでは極右政党が全国レベルで躍進することはなかった。ときおり極右政党がいくつかの州議会に議席を持つ程度だった。これはフランスとの大きな違いだった。

 だが第二次世界大戦後初めて、ドイツでも極右政党が全国レベルで勢力を伸ばしつつある。メルケル首相の難民受け入れ政策に反対するポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の全国レベルでの支持率は約11%。来年の連邦議会選挙で、議席を持つことが確実視されている。

 AfDは、今年3月にバーデン・ヴュルテンベルク州、ラインラント・プファルツ州、ザクセン・アンハルト州での州議会選挙で、2桁の得票率を記録した。

 またオーストリアでも極右政党・自由党(FPÖ)が勢力を拡大しており、今年4月から5月にかけて行われた大統領選挙では、同党のノルベルト・ホーファー候補者があと一歩で大統領になるところだった。右派勢力、反EU勢力はオランダ、イタリア、ポーランドなどでも勢いを強めている。

市民の不安感が追い風に

 欧州の右派ポピュリスト政党には、共通点がある。彼らはイスラム教徒の移民に批判的であり、多文化主義や複数主義に反対する。彼らは自国民の利益を優先し、リベラリズムに批判的だ。さらに、これらの政党は反グローバリズム、反ユーロ、反EUという点でも一致している。ポピュリストにとって、EUによる政治統合や経済統合は、自国の利益をないがしろにする、グローバリズムの象徴なのだ。

 そしてポピュリストたちは、議会制民主主義よりも、直接民主主義を重視する。ポーランドやハンガリーなど一部の国のポピュリスト政権は、三権分立、言論の自由を制限し始めている。

 ボン大学・政治学部のフランク・デッカー教授は、「伝統的な政党に強い不満を抱く市民が増えていることが、ポピュリズム政党にとって追い風となっている」と指摘する。

 多くの国で経済状況が悪化していることから、社会の中で外国人が増え、複数主義的な傾向が強まることに不満を持つ市民が増えている。グローバル化、デジタル化が進む社会で負け組になるという不安が、人々を保守主義に走らせている。さらに、難民危機や無差別テロに対する不安感も、右派勢力を有利にしている。ドイツですら得票率が2桁になるということは、右派政党の支持者が、労働者階級だけではなく、中間階層でも増えることを示唆している。
 ちなみに、欧州でのポピュリズムと排外主義の高まりは、米大統領選挙でドナルド・トランプ候補の人気が高まっていることとも重なり合う部分がある。大西洋の両側で、排外主義が勢いを増していることは、不気味だ。

エリートのプロジェクトに反旗

 欧州の政治統合、経済統合は政治家、財界関係者、学者、報道関係者などエリートのプロジェクトである。これに対し、欧州各国の庶民は常に懐疑的だった。彼らは統合の深化を「自分の雇用を脅かすグローバル化の象徴」と見てきたからだ。英国のEU離脱は、エリートのプロジェクトに対して、庶民が反旗を翻したことを意味する。欧州委員会では、近年の反EU勢力の伸張を見て、「過去20年間の欧州統合の深化のプロセスは、エリートの利益を優先して、庶民の感情に十分配慮しなかった」と反省する声も出ている。今後欧州のエリートたちが庶民の信頼を回復すべく、統合の今後の道筋について見直しを迫られることは必至だ。

 しかし、時はすでに遅いかもしれない。英国における離脱派の勝利を見た庶民たちは、「国民投票」という武器の重要性を強く認識した。国民投票では、知識や所得水準は関係ない。数だけが勝負を決める。

 ドイツには、全国規模の国民投票は存在しない(この背景には、1930年代にドイツの国民が選挙によってナチスに政権を与えたことへの反省もあるだろう)。ただしフランスでは、国民投票は可能だ。将来、他のEU諸国でも英国と同じように、右派勢力が国民投票によって、EU離脱を目指す可能性がある。

 つまり英国を襲った激震は、EU崩壊に向けての第一歩となる危険があるのだ。欧州の地政学的な動きは、スピードを増す一方だ。日本企業にとっても、密度の濃い情報収集がますます重要になる。

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