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NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

内閣府チームによる研究開発プログラムの一つがニセ科学だった

内閣府チームによる研究開発プログラムにおいて科学的手法に問題があったことが日本経済新聞のサイトに掲載された(日経産業新聞4月12日付)。



■内閣府チーム、仮説段階の研究を表彰  :日本経済新聞


 「このコンテストから新しい企業の研究の種を育てたい」。ImPACTの山川義徳プログラムマネージャー(PM)は2月、都内のシンポジウムで力を込めた。壇上に上がった新田ゼラチンや日本アロマ環境協会などの代表者に賞状を送り成果をたたえた。

 コンテストの狙いは脳の健康に効果のありそうな食べ物や生活習慣などを見つけることだ。企業などからアイデアを募り、山川PMらが開発した脳活動の指標をもとに、アイデアを試した時の脳の変化を測る。脳の健康に効果のありそうなものを表彰するという内容だ。今回が2回目でコラーゲンペプチドの摂取、ラベンダーのアロマハンドマッサージが表彰された。

 山川PMらは1月には、製菓大手の明治と高カカオチョコレートの脳活動への影響を発表。発表文には「脳の若返り効果の可能性がみえた」とする文言が並んだが、実際には科学的な効果を探るのはこれからという段階だった。

 そもそもこのコンテストには問題がある。実際の測定方法が科学的な常識に沿っていないことだ。例えば薬の効果を示す際は、飲んだ人と飲まなかった人の効果を比較する。飲まない人のような比較対照群がいるわけだ。コンテストにはこれがなく、飲んだ人の前後の変化だけをみている。これでは効果を科学的に示したことにはならない。



山川PMの公式サイトを含めて情報を収集したが、現時点では研究開発プログラム『脳情報の可視化と制御による活力溢れる生活の実現』には大きな問題があると考える。ニセ科学と言っていい。

既に記事で指摘されているが、比較対照をおかず前後比較でもって「脳の健康に効果」があるかどうかを評価するのは不適切である。予備的な研究ではやむを得ず適切な対照群を得られない場合もあるが、今回はそのような言い訳は成立しない。記事によれば「できるだけ多くの企業に参加してもらうことを優先し、比較対照群をおかなかった」とのことであるが、参加企業を半分にしてその代わりに対照群をおけばよかっただけの話である。

しかしながら、問題点は適切な対照群をおかなかったことに留まらない。前後比較ではなく、参加者の数を十分に確保し、適切にランダム化し、二重盲検下で同様のコンテストを行っていたとしても、得られる科学的な知見は乏しかった。測定される結果(アウトカム)の意義が不明だからである。


「山川PMらが開発した脳活動の指標」とは何か?

このコンテストでは「脳の健康に効果のありそうな食べ物や生活習慣などを見つける」ために「山川PMらが開発した脳活動の指標」が測定された。コラーゲンペプチドの摂取やアロマハンドマッサージを受ける前後で「脳活動の指標」を測定し、その数値が改善したら「脳の健康に効果がありそう」と判断するわけである。では具体的には何を測定しているのか。

山川PMの公式サイト*1によると「脳画像から脳の健康状態を示すBHQ(Brain Healthcare Quotient)という指標」を測定している。BHQには「大脳皮質の量を指標化したGM-BHQと、神経線維の質を指標化したFA-BHQ」があり、前者は「様々な学習に対する頭の柔軟性」を、後者は「脳における情報の伝達効率」を示しているそうである。ところが、その根拠が示されていない。唯一関係のありそうなのは、「約150人分の脳情報を解析し、全体的には年齢が高いほどBHQが低下する傾向がある」というグラフのみである。





年齢が高いほどBHQ(「山川PMらが開発した脳活動の指標」)が低下する傾向はあるが、BHQが脳の状態のよさを表す指標として適切であるかどうかはわからない


「これは年齢による脳の衰えを反映していると考えられ、BHQが脳の状態のよさを表す指標として適切であることを示していると考えています」とあるがそのような結論は導けない。加齢とともに下がるのはBHQの測定値や脳の機能以外にもいくらでもある。最低でも「様々な学習に対する頭の柔軟性」「脳における情報の伝達効率」を認知機能テストなど別の方法で評価した上で、BHQの測定値との関係を示さなければならない。現時点では、何らかの介入(たとえばコラーゲンペプチドの摂取)がBHQを改善させることが証明されたとしても「脳の健康に効果がありそう」とは言えない。何がBHQを改善させるのかを探すよりもまず、BHQが脳の健康状態の指標として有用かどうかを検証するのが先である。


成果が適切な形で発表されておらず検証できない

そもそも、具体的にBHQがどのような方法で算出されているのかがわからない。公式サイトは必ずしも専門家だけが見るものではないので、詳細な情報を載せていないのは理解できるが、論文で材料と方法・結果等を発表し、サイトには文献情報を記載すればいいだけである。だが、私が探した範囲内では文献情報の記載は見つからなかった。

それどころか、Pubmedや医中誌といった医学論文検索サイトにおいて、BHQあるいはBrain Healthcare Quotientというキーワードで検索しても、該当する論文は一つも見つからない。もちろん臨床試験登録もなされていない。医学分野に限れば、「山川PMらが開発した脳活動の指標」であるBHQの価値は水素水やホメオパシー以下である。もしかしたら、私が得意としない分野(情報科学など)で論文が発表されているかもしれないので、読者の中でご存知の方がいらっしゃればご教示いただきたい*2

コンテストは今回が2回目で、2015年に1回目の「公募型BHQチャレンジ」が行われている*3。前後比較で「オフィスストレッチ」がFA-BHQを有意に増加させたとあるが、その詳細がわからない*4。検索すればいくつかの画像は見つかるが、学会発表のレベルにも達していない。

科学の特徴の一つが相互検証である。第三者が検証可能な形で発表するからこそ批判もできる。この研究開発プログラムは、コラーゲンやアロマテラピーだからとか、適切な対照群をおいていないからとかではなく、もっと根本的なところで科学的な常識に沿っていない。


*1:http://www.jst.go.jp/impact/hp_yamakawa/index.html

*2:他分野において論文が発表されているとしても、脳の健康状態に関する論文であるから医学分野の専門家が検証可能な形で発表すべきであるし、文献情報を公式サイトに記載するべきである

*3:https://www.atpress.ne.jp/releases/122654/att_122654_2.pdf

*4:というか、見込みのありそうなのがせっかく見つかったんだから、次は「オフィスストレッチ」対「対照群」の比較をすべきだろう