初音ミクは歌姫である
まさか自分が初音ミクに言及しようとは。
楽曲を聴くときに、視聴者は楽曲を成り立たせる環境に過ぎない初音ミクよりも、楽曲を実際に作った主体である作者に注目するようになったのではないかと、個人的に考えています。
また、これはどちらかといえば二次創作の作者としての実感から記すのですが、初音ミクが創作の「場」として機能しているということは、案外と重要なことなのではないか、と思います。初音ミクが音楽制作ツールとしては、別段それを使った創作が二次創作ではないということはもちろん理解するにしても、です。
神懸かり、神語りだったミクという像が失われることで、それに引っ張られていた才能が、本来あるべき場所へと還っていった、神話の時代から人間の時代へと移行した、ということなんですね。
どの論にも、特にid:GiGirさんの言には「なるほどなー」と思ったのです。私はGiGirさんの所のブコメにこう残しました。
gouzou ニコニコ動画, vocaloid 確かに、『ハジメテノオト』にマジ泣きした身としては『メルト』に対して違和感のようなものはあった。でもツール上等。それこそ「ミクのバックコーラスとしてのメイコ」の様に。ピアノ等はツールとして神格化してる 2008/12/08
確かに私はあの頃『ハジメテノオト』のような「ミクがミク自身を語る歌』に感動していて、『メルト』は確かに良い歌なんですが「確かにいい歌だけど、これなら人が歌えばいいじゃん」と思っていました。もちろん、GiGirさんが言う「ツールとしてのミク」、「『歌ってみた』が出来ない人のためのvocaloid」という側面も承知していましたが。で、その後に「歌ってみた」が大流行し、いわゆる「メルトショック」が起きて、「ほれみろ」と思っていました。
しかしなんですよ、id:Kmusiclifeさんのブコメ
を読んで、ちょっとビビっと来たわけです。
よくよく考えてみると、上の3つのエントリでも、「初音ミクの、vocaloidの人気が衰えた」と言っているわけではない。実際、今のニコニコ動画のランキングを見ても、やっぱりボカロ勢は相変わらずの勢いを誇っている。MMDで踊りまくり、「自己言及系」ではない普通の歌を歌いまくり、手描きでも技術系でもさまざまな動画がUPされているわけです。
で、そこで思ったのが、「あの『メルト』からミクは『歌姫』に「なった」のではないか」ということ。
ミクのキャラクター性ってなんでしょう。現在、様々な人の手によってミクの動画が作られていますが、そのキャラ性ってのは当然のことながら一定しません。
誰でもない、どこにもいないという性質が、初音ミクの特異性
だからです。
しかし、初音ミクというキャラとしての唯一と言える共通項が一つあります。それが「『歌姫』である」ということ。
当初、ミクは「DTMな女の子」というキャラ付けしかされておりませんでした(今でも本質的にはそれは変わりません)。そして、そのキャラが広がっていくために(理解の拡散と言う意味でも頒布と言う意味でも)、その「あり方」が宣伝される必要があった。それ故に、「ミクってこんな女の子」と誰かが言う必要があった。そんな中でミク自身が自己紹介代わりに歌ったのが『ハジメテノオト』であったり、『恋スルVOC@LOID』だったりしたのだと思うのですよ。
しかし、そういった曲が人気を得るにつれ、人々の中に「初音ミクとはこういう存在」というコンセンサスが生まれてきた。もはやミク自身が自己言及する必要性は薄れて行った。そこにあの名曲『メルト』が生まれた。もはや、少なくともニコニコ動画を見ている人間にとっては「ミク=歌姫」というキャラクターが理解されていた。歌を歌わなくても、例えば『晴レハレ〜』に合わせて踊ったり、紙芝居で人を和ませていてもまったく違和感が無い。『歌姫』であるという了解が生まれているからこそ、歌を歌う必要性すらなくなっていく。
『歌姫としての初音ミク』というキャラクターが一人立ちしていったのです。そして、今も一人立ちして活躍している。私にとっては、少なくとも「立ち位置」と言う意味では、アイドルマスターの少女達と遜色ない存在感を持ってミクはそこにいる。
ミクは「歌姫」として生を受けた。しかし、歌姫に「なれた」のは『メルト』からではなかったかと思うのです。「DTMが『メルト』を歌う意味」はあまり無いけれども、『歌姫初音ミク』が『メルト』を、自己言及ではないただの名曲を歌い、その大ブームを経験することには、ミクの側に意味があった。そうして、所謂『アイドル』としての地位を確立し、今でも活動しているのではないでしょうか。
GiGirさんの言う通り、『自己言及するDTM』の神話は終わった。しかし彼女は、神話の「延長」として、あるいはツールの「延長」として、即ち神でも単なるツールでもない「偶像」として、今我々の中に居る。そう思うのです。