理研発生再生研の研究者らの発表は、世界を驚かせました。
体細胞の分化状態の記憶を消去し初期化する原理を発見−細胞外刺激による細胞ストレスが高効率に万能細胞を誘導−
細胞外からの強いストレスが多能性幹細胞を生み出す
私もかつて、浅島誠博士の研究室で発生生物学の研究をしていたこともあり、多少発生生物学の知識がありましたので、仰天するほどすごい成果だと思いました。あと、私自身筆頭著者の小保方晴子博士が卒業した早稲田大学理工学部応用化学科に一年間だけ通ったこともあり、その点でも刺激を受けました。まあ、あくまで個人的なことではありますが…
なぜSTAP細胞は驚くべき発見なのか――STAP細胞が映し出すもの 八代嘉美 / 幹細胞生物学
筆頭著者の小保方晴子博士に関する報道が加熱し、小保方博士個人のプライベートや容姿などに関することが話題になっている点も議論になっています。
「デート」「ファッション好き」革命的研究者の紹介に見る根深い新聞のおっさん思考
STAP細胞研究の小保方晴子博士が「研究活動に支障が出ている」と報道機関にお願い
一晩中泣き明かした30歳若手女性研究者と書く我が国にはゴシップ新聞しかないらしい
これはこれで論じるべき問題だと思いますが、ここでは上記の記事の紹介にとどめ、あまり語られていない点を述べたいと思います。
これだけ報道され、また、生物学の教科書を書き換えるような大きな成果ですから、子どもたちを含めた若い人たちが、生命科学、発生生物学、再生医学に興味を持ったとしても不思議ではありません。私が中学生や高校生だったら、よし、生命科学の研究者になるぞ、と思ったでしょう。
また、今研究者になるか迷っている学部生くらいだと、大学院行くぞ、と思うかもしれません。
人の人生を変えるくらい大きな成果だと思います。「理科離れ」を憂いている方々は、このニュースを喜んだでしょう。また、男女共同参画社会を推進している方々にとっても嬉しいでしょう。私自身、「女子中高生のための関西科学塾」に長年携わっているので、他人ごとではありません。
だだ、この熱狂のなか、あえて水を差すようなことを言いたいと思います。
安易に生命科学者を目指してはいけない、と。
私はかつて、生命科学の研究者を志していました。残念ながらまったくものにならず挫折したわけです。そういう経験を経たものから言わせていただくと、生命科学の研究というのは、自分でもデカイ成果が出せると思わせるところがあります。これが、結構厄介だと思います。人生を「こじらせる」原因になるかもしれません。
実験系は多かれ少なかれそういう傾向ありますが、労働集約的で、実験の量がモノを言い、やったもの勝ちみたいなところがあります*1。自分の能力(口悪い言い方で言えば、アタマの「スペック」)が早々に分かる数物系とは違います。
だから、一発逆転サヨナラ満塁ホームランにかけて研究を続けてしまうということがおきます。
どういうことかというと、あとちょっと研究したら、大きな成果が出るかもしれない、もうちょっと、もうちょっと、とズルズルと研究してしまうようなことが起こるのです。こんなに長い間やったんだから、ここまでやったんだから、と思ってしまいます。辞めどきが難しいのです。こういう状態を「こじらせる」と表現したわけです。
実際、私がかつて所属した生化学若い研究者の会の先輩Kさんは、博士課程を6年までやって、最後に生命科学の最高峰と言われる論文雑誌Cellに研究成果が出ました。
でも成功できるのはごく一握りです。多くは研究以外の道で食っていく必要があります。
今後たくさんの若者が生命科学者を目指したりすると、40歳でたいした成果がでなくて、けど別の道に転身したくても、どこにも行き先がないという人がたくさん出てくるかもしれません(今でもたくさんいます)。
生命科学は、他の分野に比べて、民間企業に勤務することが難しいという実態があります。私は、文科省のポストドクター・インターンシップ推進事業の審査をしていましたが、どの大学、研究機関も、生命科学系の院生やポスドクを民間企業にインターンシップとして受け入れてもらうのが難しいと言っていました。
生命科学に関する産業の規模が小さいことも大きな要因でしょう。また、物理や数学の知識に乏しい点が問題になっているという話も聞きます。
博士やポスドクに対する社会、政治の目もきびしい。ずっと研究ばかりやっている博士に対し、「実社会から逃避して、大学に留まる人」などとけんもほろろに言っているわけです(行政刷新会議 事業仕分けなど)。
だから、ここであえて言いたいわけです。本当に生命科学の研究者になる覚悟ありますか、現実知っていますか、と。
それでも行きたい、という人しか、大学院に行ってはいけないと思います*2。
かつてこじらせかけた*3私の役割は、「もうこの辺でいいだろ」「別の世界で活躍しようよ」と言い続けること、そして、青春?をかけて研究した「チャレンジャー」を、社会の様々な場所に売り込むことだと思って、今後も変わらず活動を続けていきたいと思っています。
参考書籍
博士漂流時代 「余った博士」はどうなるか? (DISCOVERサイエンス)
- 作者: 榎木英介
- 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
- 発売日: 2010/11/16
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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理工系&バイオ系失敗しない大学院進学ガイド―偏差値にだまされない大学院選び
- 作者: サイエンスコミュニケーション,日本評論社編集部
- 出版社/メーカー: 日本評論社
- 発売日: 2006/11
- メディア: 単行本
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