グーグルは「次の大ヒット」を生み出せるのか
検索エンジン、AdWords/Adsense事業、そのコア事業を支える(昨日詳しく解説した)情報発電所インフラ。グーグルの現在の成功は、この三つの大きな達成によっている。
ただグーグルはとにかく手を広げていて、次から次へと新サービスを発表してくる。しかしその新サービスの大半は未だ「大ヒット」に至らず、競合に遅れをとっているものも多い。ここのところ三回にわたって紹介したYouTubeのように、Googleが狙うとされている「新しいスペース」(YouTubeの場合はGoogle Video)の一つひとつに、厳しい競争を勝ち抜いたベンチャーが登場する。
グーグルの新サービスは、会社全体としてたくさんのことをやっている中の一つだが、競争を挑むベンチャーのほうは、たった一つのことに狙いを定めて勝負してくる。「垂直統合」した低コスト構造のインフラを持っているのはグーグルだけかもしれないが、それがなければ絶対に作れない新サービスは少ない(スケールアップしたときに効いてくる場合が多かろうとグーグルは考える)から、次々と競争者が現われる(このあたりは、日本のネット産業における「競争のぬるさ」をイメージするとわかりにくいところ)。
そういう環境下で、グーグルはどのような考え方で「新サービス開発」を進めているのか。それが今日のテーマだ。
Business Week誌の「So Much Fanfare, So Few Hits」
http://www.businessweek.com/magazine/content/06_28/b3992051.htm
は、「次の大ヒット」が出ないグーグルの新サービスについて詳しく解説している。
Consider just a few examples: Google Talk, an instant-messaging service launched last August, now ranks No. 10, garnering just 2% of the number of users for market leader MSN Messenger, according to comScore Media Metrix. Three-month-old Google Finance, heralded as a competitor to market leader Yahoo! Finance, has settled in as the 40th-most-visited finance site, according to data from Hitwise, a competitive intelligence firm. Gmail, the e-mail service that was lauded at its 2004 launch for offering 500 times as much storage space as some rivals (they quickly closed the gap), today is the system of choice for only about one-quarter the number of people who use MSN and Yahoo e-mail.
で例示されている「Google Talk」「Google Finance」「Gmail」。記事の後半で出てくるSNSの「Orkut」、ブログ検索の「Google's blog search」などなど、サービスとして投入してはいるが「業界ナンバーワン」になるまで徹底的にやり抜く気概が感じられないサービスも多い。
"People give Google the victory in the beginning and don't show up later to notice that things didn't go anywhere," says Paul S. Kedrosky, a venture investor at Ventures West Management Inc. "Google has product ADD. They don't know why they're getting into all of these products. They have fantastic cash flow but terrible discipline on products," says Kedrosky. "It's a dangerous combination."
ベンチャーキャピタリストの多くは、「グーグルの新サービス開発能力はベンチャーに劣っているのだ」という仮説で投資してくる。よってこうしたコメントが彼らからは出る。
このあたりについてグーグルはどう考えているのか。
この件についてのスポークスパーソンになった感があるのがMarissa Mayerだ。「グーグルがイノベーションを生む秘訣」
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20060611/p1
で軽く紹介した女性である。
Company officials concede that some of the newer products haven't caught on. But they say a high failure rate is baked into their strategy -- as it is for an increasing number of innovative companies. Marissa Mayer, vice-president for search products and user experience, estimates that up to 60% to 80% of Google's products may eventually crash and burn. But the idea, she says, is to encourage risk-taking and let surviving products truly thrive. "We anticipate that we're going to throw out a lot of products," says Mayer. "But [people] will remember the ones that really matter and the ones that have a lot of user potential."
彼女のこのコメントにグーグルの考え方がよく現われている。
- 新サービスの60-80%は大失敗に終ってしまうかもしれない。
- でもリスクテイクを奨励し、たくさんのサービスを創出し、市場での淘汰の末、強いサービスが生き残ることのほうが重要。
- これから多くの新サービスを廃棄するだろうが、本当に意味のあるものがいくつか生まれてくればそれでいい。
この考え方は、「ベンチャーでも開発できるような製品やサービスを、大企業が自らの内部から生み出して競争するにはどうしたらよいか」という設問に対する一つの回答である。圧倒的な利益を生み出す本業を持っていて初めてできる「贅沢な戦略」だと言うこともできる。
そこでこの記事では面白い問題提起がある。
It doesn't help that Google, despite its track record for hiring the best and brightest programmers, has a spotty record for new-product quality. Google's philosophy of launching "early and often" frequently leads to products that start out on a par, at best, with those of competitors, giving Internet users little reason to change their surfing habits.
Furthermore, product managers at Google tend to have less power than engineers, say several former staffers. This can contribute to slow product upgrades, since most engineers want to work on the next big launch.
第一のポイントは、「生煮えでも早くサービスを市場に投入する」という最近流行のアプローチだと、グーグルの出すサービスが皆、競争者と比べて抜きん出たところがなく、ユーザがわざわざあるサービスをグーグルに乗り換えたりしない、という指摘だ。ただ逆に、普通の大企業になってしまうと何が起こるかと言えば、社内の皆がそういうことばかりを言うから、結局いつまでたっても新サービスを投入することすらできない(新サービスが出ない)、という事態に陥るのである。結局は、今のグーグルのやり方が、そういう状況よりましかどうか、という話になるのかもしれない。
第二のポイントのほうが、グーグル固有の問題をとらえていて面白い。
グーグルという会社はギーク(エンジニア)が一級市民で、スーツ(ビジネスパーソン)は二級市民と言えるほど、エンジニア優位の文化を持った会社である。グーグルは、その思想を、これほどの大きな会社になってまでも維持している稀有な会社だ。
そういう思想のもとだと、サービスを投入するまではエンジニアも面白いから一生懸命になるが、サービスをローンチしたあとの改良・改善にはあまり興味を示さず、新しいサービスの開発のほうが面白いからそっちへ行ってしまいがちだ、そこに真の課題があるのではないか、という指摘である。そういう課題を認識すると、普通の会社なら、プロダクト・マネジャー(スーツ)の力を強めることでその課題に対処するのだが、グーグルの場合はそういう方向に発想が向かわない。
そのあたりの話がいちばん面白いのだが、この記事よりもMarissa Mayerのインタビューの中に詳しい議論がある。
同じくBusiness Week誌の「Inside Google's New-Product Process」
http://www.businessweek.com/technology/content/jun2006/tc20060629_411177.htm
という記事だ。
まず、グーグルのエンジニア組織に、既存サービスの着実なアップグレードを求めるなどの規律がもっと必要なのではないかという質問に対する彼女の回答の重要な部分がこれだ。
[CEO] Eric [Schmidt] and [co-founder] Larry [Page] acknowledged that we really do need to apply a little bit more organization to some of what's happening here at Google. But, I think it's also important to understand the psychology of what happens with engineers. There certainly are some engineers who tire of working on one particular task and want to move on to a new task. But there are a lot of people who get really deeply ingrained in the space they're working on and they want to build a best-of-breed product.
そして、グーグル内部のプロジェクト・マネジャー(スーツ)により大きなパワーを与えるべきではないのか、という問いに対しては、明確に「ノー」と答えている。
No, I don't think so. We bring together a team of people who are really passionate about [a] subject. I think it's interesting: We still don't do very high-definition product specs. If you write a 70-page document that says this is the product you're supposed to build, you actually push the creativity out with process. The engineer who says, you know what, there's a feature here that you forgot that I would really like to add. You don't want to push that creativity out of the product. The consensus-driven approach where the team works together to build a vision around what they're building and still leaves enough room for each member of the team to participate creatively, is really inspiring and yields us some of the best outcomes we've had.
引用したこの二つの部分は、実にグーグルらしい回答なので、じっくり読んでみるといい。とにかく、エンジニアの自主性に任せる方針が徹底しているのだ。
良くも悪くも、昨日解説した「垂直統合」思想も含め、グーグルというのは普通の会社とは全く違うアプローチで巨大企業を経営しようとしている。その成否は「歴史の判断」に委ねる以外ない。ただ、戦略においても組織論においても、他社とは全く異なる世界観で競争が行なわれている場合、「どちらかの世界観」が歴史的にみて正しかったんだなぁということがはっきりしたときには、どちらが勝つにせよ、そのときにはもう既に勝負に大差がついているに違いない。
そんな特異なグーグルという会社の挑戦が成功する保証など全くないが、そういう「世界観の勝負」というのは見ていて興奮する。大企業になってしまったグーグルからの「次の大ヒット」は、その独特なやり方から本当に生まれてくるのだろうか。興味は尽きない。