風呂が壊れた。具体的にはお湯は張れるが追い焚きができなくなった。温かいお湯に入るためには早めに帰宅しなければならない。キャバクラに行けない。悲しい。しかしこれは天恵かもしれない。ポジティブに考えるならば。
話は遡るが嫁さんに「一緒に風呂に入ろう」と誘いはじめてから一ヶ月になる。そのささやかな願いはいまだに叶えられていない。嫁さんは元レイヤー現歴女西軍派のFカップ。しかしその嫁さんが僕との入浴を拒む理由が皆目わからない。ただ「分をわきまえよ」の一点張りなのである。だが、昼夜かまわず電子メールやラインのファンシーなスタンプを駆使して執拗に尋ねた結果、嫁さんは苦悶の表情を浮かべて以下のような理由を挙げた。「水着がない」「見(せ)たくない」。実のところ、嫁さんが水着を数着所有しているのは探索により確認済みである。しかしながら湯船に浸かり「水着着ていいから入ってきたまえ」と誘っても「ゼッケンの字が水で溶ける」などと意味不明なことを言って煙にまくばかり。「ビキニ水着があっただろ」と加えても「ビキニ干渉、禁止」と冷たく返すばかり。
これは風呂順の問題も大きいと思われる。僕の、汚れたお湯に浸かりたいという欲望。嫁さんの、綺麗なお湯に浸かりたいという願望。双方の利害は一致して嫁→僕の風呂順は決定されたのである。つまり僕が嫁さんに風呂に入ろうと誘った時点で嫁さんは入浴を完了しており、言うなれば僕は戦う前に負けていたのである。「夫婦でも茶碗とベッドは別々が普通ですう。眠〜い」と嫁さんは言う。夫婦間の重大な問題を話しているときに眠いなんて…怒りにうち震えながら僕は新聞配達が朝刊を配る物音を湯船のなかで聞いてこの一ヶ月を過ごしてきたのである。くそ、会社じゃ課長なのに。納得がいかない。
これらは風呂の追い焚きが可能で双方が温かいお湯の恩恵を享受できることが前提にある。つまり家計を支えている主人たる僕が冷たい湯につかるというのは僕にとっても屈辱であるが、できる嫁を自認するプライドの高い嫁さんにとっても許されないことなのである。中間管理職は二度風呂を沸かす、などということは家計アプリZaimを活用して厳しい統制家計を施行する嫁さんにとっては受け入れがたいことなのである。
ここで天恵、風呂の故障である。緊急事態である。昨夜。双方が平等なお湯に浸かるためには一緒に風呂に入るしかないと力説する僕に対し懐疑的であった嫁さんだが「冷水につかってしまったらただでさえ弱体化している僕の精子が死滅しかねない」という説得に、折れた。「不妊治療は夫婦間の問題」との持論を持つ嫁さんは折れるほかなかったのかもしれない。無条件降伏をしなかったのは嫁さんの矜持だろう。嫁さんからの条件は「双方の水着着用」であった。例の見たくない、見せたくない、である。子供め。密室のなかで水着を脱ぐなどわけもないこと…それにそもそも僕は水着を所有していないし…策に溺れたな…とほくそ笑む僕。すると嫁さんは事も無げに「オヤカタサマの水着の準備はしてあります。合図をしたらいいですう」といって脱衣場に向かった。すりガラスの向こう拡がる肌色。貴重な時間を無駄にしないようダイニングで服を脱ぎ捨てる僕もうじき四十歳。
三十分ほどして、どうぞー、の声。フルチンで飛び込んだ脱衣場には僕が着用する水着があった。それは女性用ビキニ水着の腰パーツであった。丸井の水着コーナーから飛び出してきた、蜷川実花ワールドのような赤地に黄色桃色のカラフルな花が散るガーリーな逸品。腰には造花。縁には白いフリル。これを、僕に、履けと?「あの〜これ女の子の水着なんですけどー。履かないでいいかなあ」「履かなかったら罰金ですう」渋々履いてみる。あれ、なんか倒錯。なんか気持ちいい。僕の腰で咲き誇る花園蜷川実花ワールド。なんだか恋のカリキュラムもこなせそう。
だが哀しいかな可憐な蜷川実花ワールドからはみ出してしまう僕自身。右を入れると左の四分の一程度がはみ出し、逆に左を入れると右の三分の一がコンニチハ。汚い肉体にやけに映える白いフリルが哀しかった。こんなとき己の右傾化が仇になるとは。何より締め付けがきつかった。「無理。破裂する。精子が死滅する」音をあげた僕に対して嫁さんがいい放った言葉をたぶん僕は一生忘れないだろう。「バカですねぇ。前後逆にはけばいいんですう〜」。なるほど問題解決。尻は半ケツ。尻半分出しで風呂場に入ると嫁さんがジャブローに潜入する水陸両用モビルスーツのように湯船に鼻まで浸かっていた。「凝視、禁止〜」と嫁さん。だが僕には見えた。水中で巨大な胸によって押し膨らんだゼッケン「3ー2姫川」、学校的な水着…。
この後の詳細を述べたり、嫁さんの画像を貼ったりいたしますと皆さんの嫉妬心をいたずらに刺激してしまいそうなので、嫁さんが決して僕と同じ湯船に浸からなかったこと、嫁さんが僕の身体にまったく触れなかったこと、嫁さんが白濁したボディーソープでスクール的な水着に包まれた身体を洗浄していたこと、嫁さんが終始僕に背中を向けていたこと、嫁さんがほとんど言葉を発することなくそそくさと出ていってしまったこと、独りになった浴槽で嫁さんのビキニ(下)を着た僕が「さよなら、オッパイ」と呟いたことを記すに止めておく。そんじゃーね。
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