雑誌『WIRED』日本版の編集長を約6年にわたってつとめてきた編集者、若林恵さん。
デジタルテクノロジーをテーマにしたメディアでありながら、その扱う対象はカルチャーやビジネスやライフスタイル全般に広がり、「死」や「ことば」や「アフリカ」など独自の切り口で社会と文化のあり方を切り取ってきた。
4月に刊行された初の著書『さよなら未来 エディターズ・クロニクル 2010-2017』は、そんな若林さんの文章をまとめた一冊。『WIRED』に掲載されたコラムや取材記事を中心に、音楽ジャーナリストとしての仕事や個人ブログの音楽評論なども収録されている。
本書に一貫しているのは、さまざまな分野において「なぜそれがそうなっているのか」ということを根本から問い直し、ときにシニカルに、ときに丹念に違和感を解きほぐしていくような筆致だ。
結果、テクノロジーを軸にしながらも、「未来」という言葉の常識やイメージにとらわれず、世の中の動きやその向かう先についてより深い洞察力に満ちている。
その発想はどのように育まれていったものか。そして若林さんはどのような社会の先行きを見据えているのか。話を伺った。
(取材・文:柴那典/写真:三浦咲恵)
「人文をなめるなよ」
――『さよなら未来』の企画は、若林さんが『WIRED』の編集長を辞める前から始まっていたんですよね。
そうです。去年の秋くらいですね。
――もともと若林さんの中に、自分が書いた原稿をいずれ本にまとめようという構想があったんでしょうか。
基本、そんなにはなかったです。
以前から何度かビジネス系の出版社から「本にしませんか」という話はもらっていたんですが、「ビジネス書ってのは嫌だなあ」と思ってのらりくらりしていたんです。
自分から積極的に本を出したいという欲求はそこまでなくて。ただ、いろいろ書いてきたことはあったので、ひとまとまりにしたらどう見えるのかという興味はなくもなく。
そんな中、昨年の秋に『WIRED』のプリント版でアフリカ特集を作ったときに、岩波書店から出ている『思想』という雑誌も同時期にアフリカ特集をやっていて、『思想』の編集長と僕とで対談をするイベントをやることになって、そこからこの本の担当編集の渡部さんの縁ができて、本にしたいと仰ってくださった。で、岩波なら、見え方的にも面白いしいいかな、と。
経緯としてはそんな感じです。
――岩波書店という出版社から声がかかったというのは大きかったですか。
『WIRED』という雑誌はいわゆるテクノロジーとかイノベーションの界隈にあって、どちらかと言うと、僕はそれにあまり乗り気じゃない一人派閥でやってきた感じで、いわゆる理工学的視点が優勢ななかで、人文をなめるなよと思いながらやってたところはあり。
そもそも平凡社という人文っぽい出版社の出身ということもあるので、そういうところから声がかかるのは正直嬉しかったというか、報われたという気持ちはありますね。