多種多様なキャラクターを登場させるにはどうしたらいいか。
その答えは生物の進化にあった。
創作技術を『こみっくがーるず』から学べ。
ポリコレとキャラクター
創作において「ポリコレ」を無視できない時代となった。
もともと「ポリティカル・コレクトネス」とは政治的・社会的に公正で、差別・偏見が含まれていない用語・言葉を意味する。現在では意味が拡大し、あらゆる表現に対して使われることが多い。なのでキャラクターの描かれ方に対しても、ステレオタイプそのままだとポリコレに反していると言われ、逆に《多様性》があると称賛されるようになった。
だがポリコレが考慮され《多様性》のあるキャラが登場するのは、何もハリウッド映画に限った話ではない。オタク向けと思われがちな深夜アニメにもそのような作品はあるのだ。
2018年春アニメのきらら枠『こみっくがーるず』である。
この記事では『こみっくがーるず』を例として、きらら枠がどのようにして《多様性》を獲得しているのかを解説する。
こみっくがーるず
『こみっくがーるず』は4人の女子高校生漫画家が主役の作品である。彼女たちは同じ女子漫画寮で生活し、互いに切磋琢磨して漫画家としての高みを目指す。要するに萌4コマ版まんが道である*1。まずメインキャラを紹介しよう。
主人公である4コマ漫画家。気弱だが頑張り屋で、何度ボツになろうともめげずに新しくネームを切る。現役女子高生であるにも関わらず、女子高生キャラのリアリティが無いと言われる。実際、本人の思考も「女子高生らしい」ものではない。
薫子と同室の少女漫画家。執筆ジャンルや趣味を考えると、ある意味で一番女子高生漫画家らしい存在と言える。後述する翼のことが好き。ドーナツ依存症。
TL(ティーンズラブ)漫画家。4人の中では一番の常識人でしっかりしている。本人はほのぼのとした動物ものを描きたいが、その画風からティーンズラブ漫画を描くことになった。
少年漫画家。琉姫の同居人かつ幼馴染。作品の人気を維持するため、編集の指示で正体を隠している。執筆に集中すると作品のキャラになりきるようになる。
このようにメインキャラを紹介するだけでも、そこに《多様性》を見出すことができる。描いている漫画のジャンルは見事にバラバラで、女性の漫画家と聞いて真っ先に連想しがちな少女漫画もあれば、少年漫画というメインターゲットと著者の性別が異なる作家もいる。しかも女性が当たり前ように女性キャラを好きになるという、LGBT的な要素まである。
アニメもしくは原作を知っている人ならば、『こみっくがーるず』のキャラに《多様性》があるということに同意するだろう。また、オタク向けアニメに偏見の無い人ならば、見たことが無くとも上記の説明で納得してくれると思う。
しかしポリコレを意識する人の中には、オタク向けの作品を否定的に捉え、ポリコレに反していると認識する人もいる。そのような偏見から解き放つにはどうすればいいのか。俺は「実写化」が効果的であると考える。
実写化して判定
はてなブックマークやTogetterを見ていると、ポリコレに拘る人たちの判定が緩くなるジャンルがある。それは海外製の実写だ。
そこで『こみっくがーるず』を実写化する。
Wikimedia Commonsでいい感じに女子学生が並んでいる写真を見つたので、彼女らに演じてもらうことにした。
By Kindermel - Own work, CC BY-SA 4.0, Link
問題は誰が誰の役をやるかということだが、ここは原作のイメージに縛られず、左から順に当てはめた。
主人公である4コマ漫画家。気弱だが頑張り屋で、何度ボツになろうともめげずに新しくネームを切る。現役女子高生であるにも関わらず、女子高生キャラのリアリティが無いと言われる。実際、本人の思考も「女子高生らしい」ものではない。
Chaosと同室の少女漫画家。執筆ジャンルや趣味を考えると、ある意味で一番女子高生漫画家らしい存在と言える。後述するWingのことが好き。ドーナツ依存症。
TL(ティーンズラブ)漫画家。4人の中では一番の常識人でしっかりしている。本人はほのぼのとした動物ものを描きたいが、その画風からティーンズラブ漫画を描くことになった。
少年漫画家。Himekoの同居人かつ幼馴染。作品の人気を維持するため、編集の指示で正体を隠している。執筆に集中すると作品のキャラになりきるようになる。
あまりの《多様性》に、作っていて思わずハッとしてしまった。こんな映画が放映されていたら絶賛ツイートのまとめが3つは作られるし、「私は自分らしさを作品に込める」なんてセリフがあれば拍手喝采が起きるのは間違いない。
これで『こみっくがーるず』の《多様性》を認識してもらえたと思う。ではこのような《多様性》をどのようにして獲得したのかを説明していく。キーワードは「適応放散」である。
適応放散
アメリカの古生物学者にしてT・レックスの名付け親ヘンリー・フェアフィールド・オズボーンは、化石哺乳類の研究から「適応放散」という概念を提唱した。
By AMNH - https://archive.org/stream/naturalhistory16ameruoft#page/n13/mode/2up, Public Domain, Link
これは生物の多様性を説明したものである。同一の生物が異なる環境に生息するようになると、世代を重ねるごとにそれぞれの環境に適応する。これにより種は多様に分化して別系統になる、というものである。特に新天地に渡った場合や大量絶滅などでニッチ(生態的地位)が空いていると、より著しく進む。
適応放散の例としてマダガスカル島のオオハシモズを挙げよう。この鳥は全21種がマダガスカル島に生息しており、そのうち20種がマダガスカル島の固有種である。
By Velizar Simeonovski - Proceedings of the Royal Society B, Link
種によって体格の大きさや嘴の形、羽の色が異なるが、元は島に渡ってきた同一種から分化したものだ。それぞれがニッチに合った進化をしたのである。
さらに大きな視点で眺めて見ると、オズボーンが提唱するきっかけとなっただけはあって、哺乳類は適応放散の賜物と言える。今でこそ哺乳類は小さいものから大きいものまで多種多様であるが、2億2,500万年前に哺乳類のイメージを尋ねたら「10センチ程度の目立たないやつ」と返ってくるだろう*2。
By Nobu Tamura (http://spinops.blogspot.com) - Own work, CC BY 3.0, Link
こんなネズミみたいなのしかいなかったのだが、大宇宙の石により全ては変わった。地上の支配者たる恐竜が絶滅した*3のである。これにより数多くのニッチが空白となった。自然は真空を嫌う。空いた場所へ生き延びた哺乳類が駆け込んだ。以降の結果は皆が知っての通りである。
適応放散について簡単な解説をしたわけだが、なぜアニメの記事でこのような生物学の話をしたのか。それは、きらら枠にも同様の現象が起きているからである。男性の激減という形で。
男性の消失
『こみっくがーるず』だけでなく、きらら枠では男性の数が激減している。この設定がどこかに記されているわけではないが、いくつかの作品を見れば容易に異常事態が起きていることを連想する。男性が消えた理由には諸説あるが、最も有力なのは「男性は仕事に疲れて愛玩動物になった」というものである。
理由はともあれ、これが《多様性》を生み出す下地となった。ニッチの空白化である。
これまで男性が担当しがちなキャラに空きができた。そこを女性が埋めることになる。もちろん元々女性であったキャラも女性のままだ。きらら枠はこのようにして《多様性》を獲得したのである。
この効果は劇的であった。昨年の夏、Googleで「女性はエンジニアに向いていない」という文章が回覧されて問題となったニュースを覚えているだろうか。
Google、中の人の「女性は生まれつきエンジニアに向かない」文書回覧で社内騒然 - ITmedia NEWS
きらら枠がGoogleには不足している。
俺はニュースを見た時にそう思った。きらら枠を見ている者は、女性がエンジニアをやることに何の疑問も持たない。
このように男性を削減することで《多様性》を獲得できるのだが、その逆はいくつかのジャンルを除けば*4しない方がいいだろう。マイノリティなキャラが多いのは《多様性》であるが、マジョリティなキャラが多いのは《独占》であるからだ。
また、男性が少なくて《多様性》と言えるのかと思う人もいるかもしれないが、現時点だと心配する必要はない。『ブラックパンサー』で白人が少ないと騒ぎにならないように、マジョリティは既存の作品でカバーされているから問題ないのだ*5。
それに数を増やさずステレオタイプから脱しようとすると、往々にして新たなステレオタイプを生み出すだけとなる。両極端は一致するのだ。もし『こみっくがーるず』の半分が男性だったなら、ポリコレ的に小夢は残れず、翼の髪色はメッシュのやりすぎによるものとなるだろう。
it’s time for western media to drop the idea that asian girls need neon streaks of color in their hair to stand out. pic.twitter.com/r2YRNdENbG
— nerdy (@nerdyasians) 2018年5月22日
映画/アニメ:アジア系キャラクターの「紫のメッシュ」が意味するもの - wezzy|ウェジー
リソースは有限であるのだから《多様性》を確保するためには別の数を減らす必要がある。制約はクリエイティビティを生み出すのだ。それさえ理解できれば後は創作に活かすだけでいい。
《多様性》のある世界に飛び込む時が来た。
終わりに
オタク向けの作品がポリコレ棒で叩かれているのをネットで何度も見たことがある。しかし、冷静になって分析してみると、きらら枠はポリコレな人達と相性がいいのだ。せっかく素晴らしい作品があるというのに、偏見によって気が付けないのは不幸としか言いようがない。この記事を読んで目から鱗が剥がれれば幸いである。
今回のネタを最初に思いついたのは、iPhoneのホームボタンについて考えた時だった。以前に書いた記事からホームボタンの役割一覧を貼ろう。
タイミング | 押し方 | 効果 |
---|---|---|
スリープ | 押す | ロック画面になる |
スリープ | 2度押す | iPodのコントロール |
ホーム画面 | 押す | ホーム画面の1ページ目に移動 |
ホーム画面の1ページ目 | 押す | iPhone内検索*6 |
iPhone内検索 | 押す | ホーム画面の1ページ目に移動 |
アプリ起動中 | 押す | アプリを終了して*7ホーム画面に戻る |
着信 | 押す | 呼び出し音を消す |
着信 | 2度押す | 留守番電話サービスに転送 |
起動中 | 2度押す | マルチタスクが開く |
- | 長押し | Siriが起動 |
- | 電源ボタンと同時押し | スクリーンショットを保存 |
- | 電源ボタンと同時に長押し | 強制再起動 |
【書評】アップルが生みだした熱狂的信者の本 / “Think Simple ―アップルを生みだす熱狂的哲学” - 本しゃぶり
数を減らせば多様性を獲得する。それがこの世界の法則なのである。
とはいえ、作品に《多様性》をもたらす方法はこれが唯一というわけではない。最後にそれについて触れておこう。
《多様性》を獲得するための別の効果的な方法、それは「ランダム」である。生物はそうやって種類を増やしてきた。性別や人種など、あらゆるプロフィールをサイコロで決めよう。