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『天才を生んだ孤独な少年期』つながりの過剰は愚民社会の到来を招くか?

2015年3月21日 印刷向け表示
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天才を生んだ孤独な少年期 ―― ダ・ヴィンチからジョブズまで

作者:熊谷高幸
出版社:新曜社
発売日:2015-03-16
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天才とは何たるかがよく分かる一冊。が、それゆえに自分が天才でないことにも気付いてしまうという残酷な一面を持つ。

本書に登場するのは、レオナルド・ダ・ヴィンチ、アイザック・ニュートン、トーマス・エジソン、夏目漱石、アルベルト・アインシュタイン、そしてスティーブ・ジョブズ。時代も分野も異なる、これらの天才たちには、ある共通点があった。

それは、いずれも孤独な少年期を送っていたということである。ダ・ヴィンチとニュートンは幼い頃に母から引き離され、夏目漱石とジョブズは養子に出された。また、エジソンとアインシュタインには、ADHDや自閉症を疑わせる認知の特性があった。

このように聞くと、「やはり神は平等だ。輝かしき栄光を手にした人物には、同時に試練も与えたのだ」と思われるかもしれない。だがそれは因果が違うのである。彼らにとっては孤独な少年期こそ、才能を発揮するための必要条件であったというのが、本書の骨子である。

いかに天才といえどもゼロから文化を創造することは出来ない。よって共有世界に係わりつつ、その外に独自世界を形作るというプロセスを経る。これを実現するためには、道なき道をひたすら歩み続けられる「心の癖」が形成されていなければならないのだ。

様々な理由により訪れた孤立無援ともいえる境遇は、天才たちを共有世界から引き離した。そのうえ、身近に外部世界への係わり方を教えてくれる大人を見出すことも出来なかった彼らは、次第に自己流の方法を見つけていく。そして天才たちは少年期に偶発的に訪れた孤独を、やがては自ら欲するようになっていくのである。

レオナルド・ダ・ヴィンチの孤独は、自然と向き合うことに意味を見出すことで確保された。彼はスケッチ貼を携え、野山を歩き回り、ただ一人で自然観察とスケッチの能力を高めていったという。

ニュートンは、ペストが大流行した1665年に、故郷のウールスソープに避難し、そこで後に「驚異の年」と呼ばれることになる光学・重力・数学の分野で大発見を遂げた。

家庭の事情で12歳にして車内売り子を始めたエジソンは、帰りの列車までの長い時間を利用して、図書館にこもりっぱなしであったと伝えられている。そこには、当時でも約16,000冊もの本があった。エジソンが難聴だったことも、彼が孤独な時間を過ごすことに力を貸したようである。

ここで注目したいのが、彼らがどのような認識に基づいて、世界を捉えてきたかということである。認識が発達するまでには、外部世界を取り込む「同化」、それをアジャストするための「調節」という二つの概念が存在する。この時に他人の視点の手助けも得ながら、「同化」と「調節」を繰り返していくのが通常である。だが。天才は思考の中でもう一人の自分を生み出し、自己内のみで同化・調節を完結してしまうのである。

それを垣間見れるのが、レオナルド・ダ・ヴィンチのエピソード。彼の手稿には他人には読みづらい鏡文字が頻繁に用いられていたという。にもかかわらず、「読者よ」「人間よ」「もし君が…」と、他者に語りかけるような文体で書かれていたのである。これは鏡文字を通しておこなわれる自己内部での対話に重きを置いていたことを示唆する。

共有の世界と非共有の世界を行き来する天才たち。このスコープを元に様々な評伝を読み返せば、新たな心象風景が見えてくるかもしれない。天才が世の中の脚光を浴びている時、多くの人の印象とはうらはらに、その人物はピークを過ぎ去ってしまっている可能性が高い。一方で、天才が世の多くの人から見離され、寂しき晩年を過ごしていたとしても、本人も同様に感じているとは限らないのだ。

それを象徴するのが、量子力学をめぐるアインシュタインのエピソード。アインシュタインは、量子力学の発端となる発見をしたものの、この分野の中心的な位置からは次第に外れていってしまう。50代半ばを過ぎた彼を、量子力学を受け入れることの出来ない過去の遺物と見るものも多く、研究の面では少しずつ孤独になっていった。

だが彼は、量子力学の喧騒を尻目に、ただ一人、統一場理論の完成へと目標を定めていたのである。研究室にこもったニュートン、実験室のエジソン、禅の修行に打ち込むスティーブ・ジョブズ、書斎の中の夏目漱石もまた、それぞれの目的を達成するために孤独を求めていったという。

その才能ゆえに「天才だから」の一言で済まされてしまうことこそ、天才の悲劇である。天才が生まれる過程にはたしかなステップがあり、そのメカニズムをきちんと言語化することの価値は計り知れないだろう。天才のみならず、その周囲にいる人物の接し方もまた、世の中を命運を大きく左右してきたのである。

一方で現代社会を顧みれば、天才ならずとも孤独な時間の確保は難しくなっていると言える。孤独を欲した天才たちが生み出した数々の利器、それらによってますます孤独が確保しづらくなっているとは、何たる皮肉だろうか。

人と人とのつながりは多くの救いを生み出す反面、行き過ぎると新しいものが生まれづらくなる側面を持つことは否めない。ならば、つながり過剰の時代において孤独を確保するためにはどうすれば良いのか? 3秒ほど真剣に考えてみたのだが、「本を読むにかぎる」という結論に到達せざるを得ない。 

できる人はダラダラ上手: アイデアを生む脳のオートパイロット機能

作者:アンドリュー・スマート 翻訳:月沢李歌子
出版社:草思社
発売日:2014-05-15
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レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上 (岩波文庫 青 550-1)

作者:レオナルド ダ・ヴィンチ 翻訳:杉浦 明平
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出版社:新潮社
発売日:2013-03
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