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MUSIKTECHNIK

製品開発ストーリー #1:ローランド JD-Xi 〜 ローランドが世に送り出す約30年ぶりのアナログ・シンセで、初のミニ鍵盤製品

ローランドはNAMM Show前日の21日、現地で発表会を開催し、多数の新製品をお披露目しました。発表会の冒頭、代表取締役社長の三木純一氏が登壇し、会社の新しい理念として挙げていたのが、束縛を解くという意味の“Unleash”。これまでのローランドではタブーとされてきたことにも、今後は積極的に取り組んでいく方針とのことで、「それによって使い手の想像力も“Unleash”する」と力強く語っていました。その結果、今回発表された新製品の中には、これまでローランドが頑にやらなかった(手を出さなかった)タイプの製品がいくつか含まれています。例えば、ボス・ブランドで登場するES-8。複数のストンプを接続して、その組み合わせを一押しで切り替えることができるハイエンドなエフェクト・スイッチング・システムですが、この製品などはこれまで多くのギタリストから求められながらも、ローランドは頑に手を出すことはありませんでした。発表会でお披露目されたES-8には、ボス・ストンプだけでなく他社製のストンプも接続されており、そんなところからも使い手の側に立った会社の新しい姿勢がうかがえます。

新製品発表会でキーノート・スピーチを行うローランド株式会社代表取締役社長、三木純一氏

そして大きな話題となっている「JD-Xi」も、これまでのローランドであれば絶対にやらなかったような製品です。“クロスオーバー・シンセサイザー”を標榜する「JD-Xi」は、アナログ・シンセとデジタル・シンセの両方の回路を搭載したハイブリッド・シンセサイザー。ローランドが約30年ぶりに世に送り出すアナログ・シンセサイザーです。注目ポイントはそれだけではありません。なんとローランド製品としては初めて、ミニ鍵盤が採用されているのです。約30年ぶりのアナログ・シンセサイザーで、なおかつ初めてミニ鍵盤が採用されているという、まさにローランドの禁忌を破りまくった製品である「JD-Xi」。はたしてこの製品は、どのような経緯で誕生したのか、ローランドの担当者にさっそく話をうかがってみることにしました。取材に対応していただいたのは、ローランド株式会社国内営業部の石井宏平氏です。デモ・ムービーもアップしましたので、ぜひご覧ください!

アナログ・シンセ回路のフィルターには、
Minimoogタイプのトランジスター・ラダー型を採用

——— まずは新製品「JD-Xi」について、簡単に紹介していただけますか。

石井 「JD-Xi」は、コンパクトな筐体に、アナログとデジタル、2種類のサウンド・エンジンを搭載した新しいシンセサイザーです。内部はアナログ・シンセが1パート、デジタル・シンセが2パート、ドラムが1パートという4パート構成で、アナログ・シンセ・パートはモノフォニックですが、デジタル・シンセ・パートは64音ポリ、ドラム・パートと合わせると128音ポリという仕様で、同時発音数は最大129音となっています。その他、パターン・シーケンサー、VocoderやAuto Pitchといったボーカル機能、Mac/Windowsに対応したUSBオーディオ・インターフェース機能なども搭載しています。アナログとデジタル、両方のサウンド・エンジンを搭載し、パターン・シーケンサーなども備えた新しいタイプの製品ということで、我々は「JD-Xi」のことを“クロスオーバー・シンセサイザー”と呼んでいます。

——— 開発のスタート・ポイントについておしえてください。

石井 一昨年、新社長に三木(註:代表取締役社長の三木純一氏)が就任して以降、我々はお客様の側に立ち、これまでやれなかったことを積極的にやっていこうという姿勢で、製品開発に取り組んできました。その一例として、AIRAのような製品が誕生したのです。

「JD-Xi」の開発プロジェクトは、“現代の若いミュージシャンに受け入れられる、バリューのある小型のシンセを作ろう”というアイディアからスタートしました。その結果、我々がこれまで着手してこなかったミニ鍵盤を採用した、ローランド史上最小・最軽量のシンセサイザー「JD-Xi」が完成したわけですが、アナログ・シンセのエンジンを採用しようというのは少し後に決まったことでした。今のローランドにできる、小型でバリューあるシンセサイザーを作ろうというのが「JD-Xi」開発のスタート・ポイントだったんです。

——— ローランド初のミニ鍵盤製品ですね。

石井 そうですね。でもミニ鍵盤で小型というだけではおもしろくないので、何か特徴を持った製品にしようと、皆でいろいろなアイディアを出し合いました。初期の段階では、我々にしかできないデジタル技術を活かし、使っていて楽しさを感じるシンセサイザーを作ろうと考えたのですが、それでもまだ物足りないということで、思い切ってアナログ・シンセを機能の一部として搭載することにしたんです。

なぜアナログ・シンセでいこうと考えたかというと、今なら他社に負けないものが作れると思ったからです。現在、アナログ・シンセを出しているメーカーさんはいくつかありますが、高度なデジタル技術を持っているかどうかで、その製品の実用性と完成度がかなり違ってくるんです。その最たるものがメモリー機能です。メモリー機能を備えたアナログ・シンセというのは、単にアナログ回路を設計できるというだけでは作れません。最初からメモリー機能を考慮した設計が必須で、高度なデジタル技術を持っていなければ作れないのです。「JD-Xi」は、ローランドとしては約30年ぶりに世に送り出すアナログ・シンセです。逆に言えば約30年間、デジタルだけをやってきたので、その部分に関しては他社には負けないという自信があります。もちろん、アナログ回路に関してもJUPITERやJUNOといった名機を生み出してきた技術とノウハウを持っていますから、新興メーカーには負けません。

——— ローランドにアナログ・シンセを求める声は大きかったと思うのですが、これまで頑にやらなかった理由は?

石井 理由はいろいろあるんです。その一つは、JUPITER-8でアナログ・シンセの完成形を提示できたと考えていたこと。JUPITER-8は、ローランドが考える究極のアナログ・シンセだったんです。また、どうしても個体差が出てしまうというのもアナログ・シンセをやらなかった理由の一つです。我々はガレージ・メーカーではありませんから、製品として世に送り出すとなると、かなりの数を生産することになる。そのすべてで一定のクオリティを保つというのは、メーカーとしてはかなり大変なことなんです。それにここまでデジタルで頑張ってきて、アナログに回帰するというのは、やっぱり後ろ向きな感じもしました。このような理由からアナログ・シンセに関しては頑にやらなかったのですが、お客様からの要望は相変わらず多かったですし、時代は一回りして今アナログ・シンセに取り組んでも、それは決して後ろ向きなことではないだろうと。それに量産品のクオリティの問題もクリアできる自信がありましたし、そろそろ重い腰を上げてもいいのではないかと思ったんです。

——— アナログ・シンセ・パートの仕様をおしえてください。

石井 オシレーター+サブ・オシレーターという構成のモノフォニック・シンセで、オシレーター波形は鋸波、三角波、矩形波を選択でき、矩形波ではパルス幅を設定することもできます。フィルターはローパス仕様で、「JD-Xi」ではトランジスター・ラダー型を採用しているのがポイントですね。いわゆるMinimoogタイプのフィルターです。“ローランドがどうしてトランジスター・ラダー型なの?”と疑問に思う方もいらっしゃると思いますが、モノフォニック・シンセの使われ方を考えると、やっぱりベースが多くなると思うんです。ベースにはトランジスター・ラダー型のフィルターが使いやすいですし、そのあたりは過去にこだわらず、実用性を優先して選定しました。

なお、「JD-Xi」のアナログ・シンセ部は、アナログ/デジタルのハイブリッドな回路構成になっていて、オシレーターとサブ・オシレーター、フィルター以外、例えばアンプやエフェクターなどはデジタルで処理しています。ですが、アナログ・パートをひとつのシンセとして見た場合、メニューに入れば一通りのパラメーターが用意されているので、十分に音作りを楽しむことができます。

——— ローランドにとって約30年ぶりのアナログ・シンセということは、その昔JUNOやJUPITERを手がけていた人とは設計者は違うということですよね。

石井 そうですね。設計を手がけているのは比較的若いチームで、実際に回路を組んでいるスタッフの中には20代の若手もいます。

——— となると、往年のローランド・シンセとはサウンドのキャラクターは違う感じですか?

石井 いいえ、「JD-Xi」には往年のローランド・シンセのサウンドがしっかり継承されていると自負しています。例えば、フィルターを絞ったときのアンプリチュードの変化とか、そういったローランド・シンセらしい部分は徹底的に抽出して盛り込みましたから。SH-101やSH-2に似ているか?と訊かれればNOで、まったく新しいモノフォニック・シンセであることには違いないんですが、わかる人にはわかるローランドらしさが十分に盛り込まれていると思います。

——— デジタル・シンセ・パートについておしえてください。

石井 JUPITER-80やINTEGRA-7と同等のSuperNATURALエンジンを2パート搭載しています。JUPITER-80やINTEGRA-7のように3種類のトーンをレイヤーすることはできないのですが、シーケンサーを使えば2パート同時に鳴らすことも可能です。フィルターのカットオフやレゾナンス、LFOといった主要なパラメーターは表にノブとして出ているので、直感的にエディットできるのがポイントですね。新しい試みとして、エンベロープ・パラメーターを”ADSR”の形ではなく、1つのノブで操作できるようにしています。例えば、左に振り切ったときはアタックが強く、リリースがカットされたシーケンスやマレットのエンベロープとなり、そこから右に回していくとオルガン・タイプのエンベロープを経由して、最終的にはアタックが弱く、リリースが長めのストリングス系のエンベロープになります。要するに、1つのノブで“ADSR”を上手くコントロールしている形ですね。シンセサイザーの初心者にとって“ADSR”の設定は難しく感じるものだと思うんですが、このスタイルであればエンベロープを簡単に設定していただけると思います。

——— 搭載されているSuperNATURALエンジンは、シンセ・トーンが中心なのですか?

石井 最後まで迷ったんですが、80年代や90年代のデジタル・シンセでしか出ないようなアコースティック・トーンも収録しました。ですので“JD Piano”も“JUNO Strings”もしっかり収録されています。やっぱりピアノやストリングスとかが鳴らせた方が何かと便利かなと思ったんです。

——— ドラム・パートに関しては?

石井 PCM音源で、過去の資産と新たに収録したサンプルで構成しています。AIRAの“ACB(Analog Circuit Behavior)”ではないのですが、既にチェックしていただいたミュージシャンの方々からは大変好評です。

——— パターン・シーケンサーは簡易的なものですか?

石井 最大64ステップ/4小節のシーケンサーですが、かなり使いでがあると思います。リアルタイム入力に加え、ステップ入力や伝統のTR-RECにも対応していますし、最近のトレンドを踏まえてノブの動きなども滑らかに記録できる現代的な仕様になっています。また、必要に応じて片チャンネルからクリックを出力できるというのも便利だと思います。その場合「JD-Xi」の出力はモノになってしまうんですが、ライブ・バンドの同期用シンセとして活躍すると思いますよ。

——— 入力音の加工もできるようですね。

石井 標準フォーン端子のライン/ギター入力とXLR端子のマイク入力が備わっていて、VocoderやAuto Pitch、Auto Noteといったエフェクト機能が利用できるようになっています。「JD-Xi」にはグースネック・マイクが付属しています。

——— USBオーディオ・インターフェース機能の仕様は?

石井 16bit/44.1kHzで、もちろんMIDI入出力も可能になっています。本当はもっとクオリティを上げたかったんですが、そうなると価格も上がってしまうので、そこは割り切りました。

——— アナログ・シンセ・パートの音もUSBから出力できるのですか?

石井 もちろんです。内蔵のADを経由してUSBからも出力されます。

——— サイド・パネルのデザインがカッコいいですね。メタリックな仕上がりもいい感じです。

石井 アナログ・シンセのエンジンを搭載するということで、最初は木製のサイド・パネルというアイディアもあったんですよ。でも、それは何か後ろ向きな感じがするということで、ローランドらしいエッジの利いたデザインになりました。少し前のFantomやV-Synthのデザインって、欧米では意外と評価されているんですが、ああいうテイストのデザインをもう一度やりたかったというのもあります。あと、ステージで「JD-Xi」が使われる場合、メインではなく脇で使われることがほとんどだと思うので、背面よりもサイド・パネルのデザインを重視しました(笑)。このサイド・パネルは、“未来指向のクロスオーバー・シンセサイザー”というコンセプトが視覚化されたかのようなデザインになっていて、個人的にとても気に入っている部分です。

——— 「JD-Xi」という製品名についておしえてください。

石井 JDというとJD-800を思い起こす人が多いと思うんですが、あの製品は“デジタル技術でアナログ・シンセの良さを引き出す”というのが最初のコンセプトだったんですよ。1990年前後、あの時代のアナログ・シンセの良さと言うと、サウンドよりもすべてのパラメーターが表に出ている操作性でした。サウンドに関しては、当時はPCM的な生々しい音の方が評価されていましたからね。その結果、見た目はアナログ・シンセでも中身はデジタルのJD-800が誕生したわけです。今回もそのときと同じく、“デジタル技術でアナログ・シンセの良さを引き出す”というのがコンセプトだったので、JDという製品名を冠することにしました。JD-800のときとは違い、今の時代のアナログ・シンセの良さと言えばやっぱりサウンドだろうということで、今回は本物のアナログ・シンセになりましたけどね。元々のコンセプトはJD-800と同じというわけです。

——— ローランド約30年ぶりのアナログ・シンセということで、かなり話題になりそうですね。

石井 そうですね。でも「JD-Xi」を見て、“約30年ぶりのアナログ・シンセがこんなのかよ”と言う人もいると思うんです。そういうコアな人たちの期待に応えられる製品も、しっかり考えています。ぜひ各メディアのNAMM Showレポートをチェックしてください(笑)。

——— 最後に、石井さんの「JD-Xi」のお気に入りポイントをおしえていただけますか。

石井 中の人っぽい回答をするのであれば、アナログ・シンセだけでなく、デジタル・シンセやパターン・シーケンサー、オーディオ・インターフェースといった多くの機能が、コンパクト・ボディに凝縮された盛りだくさんな感じですかね。単に多くの機能が盛り込まれているだけでなく、実際にそれらの機能を使って、音楽制作を楽しめる形に仕上がっています。

個人的には、やっぱりアナログ・シンセ・パートのサウンドですかね。私がシンセを始めたころは既にデジタル全盛だったので、アナログ・シンセのサウンドは未だに新鮮ですよ。SuperNATURALのシンセ・サウンドもかなりいい線いっていると思うんですが、実際に弾き比べると、アナログ・シンセとは反応や質感がやっぱり違いますよね。もちろんデジタル・シンセには、SuperSawのようなアナログには無い良さがあるので、どっちが優れているという話ではないんですけど。それと「JD-Xi」は、アナログ・シンセなのに持ち運びに気を遣わなくていいというところも気に入っています。アナログ・シンセって、重いしデリケートなので持ち運びに気を遣わないといけないじゃないですか。その点、「JD-Xi」は軽くて頑丈なので、気軽に持ち運べると思うんですよね。

誰にでも楽しんでもらえるシンセサイザーを目指して、かなり良い形に落としこめたと感じているので、ぜひいろいろな人たちに使ってほしいですね。これまでソフト音源だけでやっていた人が、新しいマスター・キーボード兼音源として使うのもいいでしょうし、入力が付いているのでギタリストなどのバンドマンにとってもおもしろいアイテムだと思いますよ。