あなたは「シュレード」という会社を知っているだろうか。米ニューヨーク州で1904年に創設されたこの会社は、長い間多くの人々に親しまれてきた老舗のナイフメーカーだ。
ニューヨーク州北部につくられたナイフ工場の数々は、100年以上にわたって雇用を生み、地方都市のコミュニティの一部となっていた。同州ワワージングにはナイフ博物館がつくられていることからも、彼の地におけるナイフ製造の重要性が伝わってくるだろう。
ところが、2004年に状況が一変する。シュレードの工場が一斉に中国へと移転してしまったのだ。工場はこの土地から姿を消し、仕事を失った人々が500人以上も残されてしまった。
この結果、都市のコミュニティが変容しはじめた。刑務所がその地域最大の雇用を生み出す場となったが、職を得られない人も多く、精神障害にかかったり薬物に溺れたりする人が増えてしまったという。
ニューヨーク州北部で暮らす写真家、ジェイソン・コックスヴォルドは自身の住む土地をより深く理解すべく、ナイフ製造業の衰退によって変わってしまったコミュニティに密着し、2015年から撮影を始めた。撮影した写真をまとめた作品『KNIVES』はKickstarterでのクラウドファンディングを経て写真集化が決定、2017年9月に刊行される予定だ。
この土地だけの問題ではない
より深くこの問題について知るべくナイフ博物館を訪れたジェイソンは、この問題は単に自分の住む土地だけに関係しているものではなく、いまの米国が直面している問題と結びついていることに気がついた。「これは脱工業化と米国の人々が信じてきた制度の崩壊の物語でもあるんです」とジェイソンは語る。
ジェイソンの写真が捉えたシーンは、どれも断片的だ。変質してしまった地方の風景を捉えているからといって、明らかに退廃的な写真が撮られているわけではない。
ナイフ、霧に覆われた汚い川、古ぼけたアンテナ、清潔そうな病院、子どもを抱えなんとなくカメラを見つめているホームレスの女性──。この街を構成する小さなものたちがいくつも集められることで、鬱屈とした街の雰囲気が徐々に立ち上がってくる。
ホームレスの女性を撮影しているときには、薬物を過剰摂取した人々を運ぶ救急車が何度も行き交った。この女性は「いつものことだ」と語ったという。「わたしにとってこのプロジェクトは、わたしたちが自分自身のいる場所を理解し、米国の歴史という広い視野でこの街が置かれている状況を知るためのものです」とジェイソンは言った。
ジェイソンはあくまでも個人的な理由からこのプロジェクトを開始したのだと語る。しかし、そこからは現在米国が直面している悲痛な現実が垣間見えてきたのであった。
TEXT BY WIRED.jp_IS