10月16日に米IBMが第3四半期の業績を発表したとき、日本IBMの構造的な競争力を引き上げるため「第4四半期(10~12月)に1億ドル(約100億円)の“キャリア選択退職計画”費用(早期退職割増金)を織り込み済み」とコメントしていた。このコメント通り、日本IBMが従業員1万6000人の最大10%削減を目指す「人員調整」に入ったことが、同社の大歳卓麻社長から全社員に宛てたメールで明らかになった。
この100億円という数字は、富士通が社内に3000人いる中間管理職に対する「キャリア転換プログラム」に投じる教育費と一致する。管理職の中から毎年150人前後を選抜し、2年の訓練を経て、顧客の業務部門に常駐させ、FIer(フィールドイノベータ)と呼ぶ課題を「見える化」するコンサルタントに仕立て上げるのが狙いだ。現在317人が職場を離れ、訓練中。このFIer育成3年分の費用がちょうど100億円である。
片や人員削減、片や再教育による職種転換と、100億円の使い道は“日米”によって異なるものの「構造改革」という目的では一致する。日本IBMが先鞭を付けた今回のリストラについて富士通のある幹部は、「国内IT業界は人が過剰。ITバブル時に当社は海外の削減で茶をにごしたが今度のIT不況はそうはいかない。大量に人が出てくる前だからIBM社員は再就職しやすいだろうが、うちはいつも後手」と大胆だ。
「数年先まで不透明」。これが今回の金融危機に端を発したIT業界を覆う黒雲だ。ただし、日本IBMの事情はちょっと違う。表にあるように渦中の欧米IBMでさえプラス成長であるのに日本だけが沈んでいる(表)。この特殊な背景は、日本市場独特のものかもしれない。ということは富士通など国内ITベンダーにも共通するものといえそうだ。
日本IBMの経緯は、93年から5年ごとに区切ると分かりやすい。(1)93~97年は各社に先行した「SI」で伸び、国内売り上げは年平均8.0%で成長した。次の(2)98~02年は「戦略的アウトソーシング(SO)」が登場。同5.1%で成長した。しかし、(3)その次の第3フェーズ03~07年で同4.1%減と落ち込んでしまった。米IBMの場合、SOの次にBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)という新規事業が立ち上がったうえ、SMB(中堅・中小企業)の攻略も進んだ。これが米市場でIBMが平均2.0%で成長できた背景である。ところが、BPOは日本市場で成功せず、SMBも活発なIT投資を実施しているとは言い難い。日本IBMにはSOの次の売り物がなかったのである。
国内ITベンダーはどうか。日本IBMのビジネスモデルを時間差で追っているためか、現在はアウトソーシングが中心テーマだ。泥沼を経験したSIも売り上げはフラットだが利益に貢献し始めた。しかしその賞味期限も、日本IBMの例にならえば目前に迫る。加えて、「この不況でクラウドが急速に広がる」(日本IBMの役員)。ITビジネスを根本から変えかねないクラウドコンピューティングが、2010年には一般化するかもしれない。2015年頃には「まだ自社でサーバーや要員を抱えているのですか」という会話が顧客間であいさつ代わりになっているだろう。同役員は「今回のリストラはクラウド時代をにらんだスキルの入れ替え」とも言う。
「究極の(IT業者の)中抜き」と「究極のグローバル化」。これがクラウドの神髄とすれば、今の日本IT業界の構造では未来がない。ITベンダーに業務を丸投げしているユーザー企業のIT部門も今後、中抜きされてしまうだろう。IT業界もIT部門も、エンドユーザーである事業部門や経営層に対し、ビジネスプロセスとビジネスモデルを提示する上流工程でしか生きる道はない。日本IBMのリストラや富士通の管理職の職種転換は、来るべき世界を示唆するものである。