[CEDEC 2016]ゲーム分析の自動化はゲーム運営を救うのか?ゲーム内の状況をよりよく把握するシステムとKPIの使い方
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古森氏は現在GREEのVRファンドに従事しており,講演時点ではゲーム運営に携わっていない。だが,過去5年間の運営経験,とくにアメリカでのソーシャルゲーム運営で培ったデータ分析手法が紹介された。
なお,ここでの話はGREE USでの状況をベースにしており,日本のGREEとはほとんど関係ないとのことなので,その点は注意してほしい。
さて,ソーシャルゲームに限らず,オンラインゲーム運営でKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)分析などの数値を指標とすることは日常的に行われている。しかし,なんらかの問題が発生したときには,多くの場合,より深い分析で原因を特定し,それをもとに対策を講じることが必要になるわけだ。
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その際に,分析に多くの時間を費やすのは無駄だというのが今回の古森氏の主張である。分析に使う時間は3割程度で,7割はゲームの施策のために使うべきだと氏は訴えた。
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そもそも問題が起こるたびに場当たり的(Adhoc)にゲーム分析をやっていたのでは,手作業では間違いが発生する可能性もあり,いろいろよろしくないと古森氏は語る。「Excelを開いたら負け」といった感じでAdhoc分析を批判していた。
ではどうするのかというと,単なるKPI数値だけでなくゲーム内の状況が常に見えるようなダッシュボードを作ろう,分析を自動化しようというのが講演の主旨となる。毎朝自動でゲーム内の状況が報告され,15分それを見ればゲーム内でなにが起こっているのかを把握できるようにすることで,さまざまなメリットが生まれるという。
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また,分析結果を見ることで経験値が溜まり,数値からなにが起こっているか,どうすればいいかが見えるようになっていくとのことで,分析結果を毎日見るようにすれば,より早くそういったスキルが身につくという理屈でもある。
とはいえ,ゲーム内データを詳細に見ていくのに,いちいちエンジニアにお願いしなければならないような状況では改善は見込めない。自分で望みのデータをいつでも取り出せるような仕組みが必要だ。
では,GREEではどのように自動化を行っていたのだろうか。古森氏は,GREE USでの自動化アーキテクチャについて解説した。その構成が以下の図となる。
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データベースのRedShiftはS3と相性がよいそうで,この組み合わせが功を奏しているとのこと。古森氏はどんなに大量のデータでもびくともしないS3と,膨大なデータに対して込み入ったSQLを投げても捌いてくれるRedShiftを絶賛していた。なお,処理の過程で中間テーブルが必要になったときには,JenkinsでSelect Insertを発行しておくようになっているとのこと。
そしてRedShiftのデータをTabreauでビジュアライズすることになる。Tabreauについては,「SQLさえ書けば望みのグラフがすぐ手に入る」と絶賛していた。
ちなみに,古森氏は経済学部卒だがゲームの運営をする前に4年間ほどサーバーエンジニアを経験しており,普通のゲーム運営に携わる人とは“スキルセット”がちょっと異なるかもしれない。
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このシステムにより,毎朝出社したときにはゲーム内の情報が自動分析されており,ダッシュボードで最新の状況を確認できる。それが15分間の確認だけで済むため,もっと生産性の高い作業に集中できるというメリットがあるという。
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次に解説されたのは,分析をどのように行えばいいのかと,問題の解決方法についてだ。
最初に古森氏が提案していたのは,「課題」を「ターゲット化」に置き換えることである。「課題」ベースで話をするのではなく,「ターゲット」ベースで考えること,つまり,誰を相手にするかを明確にすることが重要だという。
例として挙げたのは,魚が釣れないときにどうすればいいかについてだ。
そんなの「一番高い釣竿を山ほど買う」に決まっているだろうという気もするのだが,そういう設定ではないらしい。ここで「魚が釣れない」という問題意識だと「CVR(コンバージョンレート)の高いエサに変える」といった方向の結論を出しがちになり,問題解決にはつながらないのだという。
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これをターゲット的な思考に切り替えると,「深いところには魚がいないので,船を移動して浅いところを狙う」という解決策が出てくるのだという。船を動かす必要はないと思うのだが,魚(プレイヤー)がなにを考えてどう行動しているのかを把握したうえで施策を打つことが重要ということだろう。
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ターゲットを設定して対象を限定していく際に,概念の統一にも注意が必要であるという。ヘビー/ミドル/ライトといった区分も人によって使い方がまったく異なるからだ。古森氏は,もう少し具体的に,「隠れヘビー」(上級者だが自分の能力以上のことはしない),「一見さんライト」(つまずくとすぐやめてしまう)といった区分けでターゲットの把握を行うことが重要だとしていた。
また,解決法を提示する際には,失敗したものとは遊び方が変わるものを提示しなければならないのだという。例として挙げられていたのが「ボスレベル5問題」だ。これはレベル5のボスを突破できない人をどうするかという問題だ。そこを突破すると離脱率がかなり下がるといった状況を前提として例題が作られているので,なんでレベル5なのかと,突っ込みを入れてもしかたがない。
ここで「レベル5を突破できない人がいるなら,ボスを少し弱くして,突破報酬も上げてやろう」といった対応だけでは効果が見込めないのだという。古森氏は,その理由を「遊び方が変わらないから」だとしている。
ではどのようにすればよいのかというと,ボスを倒すとギルドに得点が加算され,一定数溜まるとボスポイントが2倍になるなどのルール変更を行えばソーシャル要素によって行動が変わる可能性があるという。
難度などは変更されないので,ギルドのためにひたすら頑張れといった体育会系の対応になるようだが,一度ケチがついたものとは要素を変えて提示するということが重要なのだろう。KPIが低下した場合,バランスなどを改善するよりも遊び方を変えて提示するほうが大きな改善が見込めるのだという。
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続いて,さらに具体的な数字の見方・取り方などについての説明が行われた。KPIの数値にも大きく2種類があるという。すなわち,Basic KPIとゲームKPIだ。
Basic KPIは,MAUやARPPUといったお馴染みの数値であり,これはゲームを横並びで比較するときには便利な指標だと説明していた。
日常のゲーム運営で重視すべきなのはゲームKPIであり,これはDAUや,ゲーム内のお金の流通量や攻撃力の平均値,クエストの達成度など,より詳細なデータとなる。実際には,両者を駆使して分析していくわけだが,ゲームKPIであれば,ターゲットとなる対象を選定しやすく,新しい遊びを提案する際のヒントも得られるのだという。
以下,例として挙げられた指標の扱い方を掲載しておこう。
必ず最初に作るというMonthly KPIでは,MAU,消費UU(ユニークユーザー数),HC(ハードカレンシー:現金でチャージできるポイントなど)消費,HC消費率,ARPPU,ARPUなどがある。一番注視する部分はARPUだという。これはゲームが開始されてからだんだんDAUが下がっていくと,自然と上がってくる数値なのだが,これが下がるようだとゲーム内経済が飽和しているなどの問題が発生している可能性があるという。
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HCの消費量と獲得量,そしてその割合などを示すグラフは,消費率はプレゼントされたポイントやアイテムなどがゲームバランスに及ぼす影響を確認するために作られているという。また,1HCを何ドルで売ったかという指標では,セールの影響などを見ることができる。ここが下がっていくとHC切り売りのインフレ状態になる。
通常は配布しただけ消費されるので消費率はほぼ100%になるのだが,北米では年に2回,使いきれないくらいのHCを配布する習慣があり,消費率のところで妙なスパイクが発生していることが分かる。
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Basic KPIのうちでとくに重要だとされていたのが,FQ5という指標だ。これは「当日を含めた5日間で何回ログインしたか」で示されるもので,その継続率も同様に重要で,5日連続でログインしていた人がさらに連続してログインしている率を示すFQ5継続率はDAUの実態を見る際に有用だという。これが96%を切っていると危険信号だそうだ。下にスパイクしているときは,イベントの谷間であったり,なんらかの原因がある。継続率の変動を見ることで,どの施策がよかったのか悪かったのかが判断できるのだという。
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ゲームKPIの例で,下のグラフではプレイヤーのDAUをLTV(ライフタイムバリュー:累計課金額)で色分けしている。200ドル以上がFish,500ドル使うとDolphin,1000ドルならWhaleと名付けられて分類されているのが面白い。横にあるチェックボックスを外すと,無課金者を除いて傾向を見ることもできる。
消費経験のあるプレイヤーを減らさないということがゲームの安定にとってきわめて重要なので,こういった分類でチェックしているのだという。
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そのほか,課金セグメント分けでのHCとSC(ソフトカレンシー:ゲーム内の通貨)の所持量を可視化したり,キャラクターのステータスを可視化して,一般人が重課金兵に置いていかれてないかなどが確認されているという。
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このように,どの数値を見ればどういう状態なのかが分かるようになると,非常に多角的な分析が行えるようになってくる。毎日こういった数字をチェックすることでゲームに対して的確な施策が取れるようになるわけだ。使いこなすのはかなり大変な感じもあるのだが,ログデータを自動で分析して多彩なデータを毎日チェックするというアプローチは,ゲーム運営で望ましいものだろう。分析の労力を下げるという部分だけでも作業効率に大きく寄与するはずだ。
同じシステムを使っているので当然ではあるが,GREE USでは古森氏のみならず,みんなでガンガンと自動化を進めて仕事の効率を上げているという。自動化はアメリカの文化的なものでもあるようだ。
ただ,こういった効率的な運営を行っている北米を中心としたGREEの海外売り上げが伸びているかというと,まったくそんなことはなく,ざっと見て10四半期連続で低下を続けている。方法論としてはきわめて正しいのだろうが,数字的な裏付けが伴わないというのもちょっと悲しいところである。