アングル:「地中化」の裏で増える電柱、推進法案の提出見送りに
[東京 17日 ロイター] - 安保法案審議が大詰めを迎えるなか、そのあおりを受け、ひっそりと提出が見送られた法案がある。街から電柱をなくすことを目指した「無電柱化推進法案」だ。
国は電柱倒壊による2次災害防止や景観保護を目的に無電柱化に取り組んでいるが、その裏で地中化のコスト負担が壁になって、電柱は減るどころか、年々増え続けている。
<五輪マラソンコース>
無電柱化がもっとも進んでいる東京都。2020年に開催される東京オリンピックのマラソン予定コース上で電柱が立っているのは、水道橋から神保町までの1区間のみで、「都道に限れば、無電柱化は順調に進んでいる」(建設局)という。
しかし、幹線道路から一本裏道に入ると、その様相は一変する。道際に並ぶ電柱には電線が「蜘蛛の巣」状に張り巡らされていることも少なくなく、区市町村道までみると、地中化が順調に進んでいるとは言い難い。
実はもっとも進んでいる東京都でも、2014年3月末の無電柱化率はわずか5%に満たない。
国は1986年から4─5年ごとに計画を立てて無電柱化に取り組んでいるが、2004年から08年の第5次計画をピークにそのペースは鈍化している。年平均440キロメートルあった整備対象道路の延長距離は、いまでは同325キロメートルまで落ち込んだ。
この背景には、民主党政権時代に公共事業が抑えられたことや、東日本大震災の影響で電力会社の資金力が落ちてきていることがあるが、関係者が一様に頭を悩ませるのが「住民の理解が一向に進まない」という現状だ。
「総論は賛成でも、いざ調整しようとすると、うちの前で工事をするなと反対される」。ある事業者はこうこぼす。
<トランス置き場>
住民との調整で時間がかかるのが、道路脇でよく見かける変圧器(トランス)の扱いだ。6600ボルトで送り出された電気を各家庭で使えるようにするためには一定間隔で設置する必要がある。「結局、トランスをどこに置くかで一番もめる」(国土交通省道路局)という。
電柱があれば、トランスはその上に乗っていることが多いが、電柱を地中化すると、地上に置くことになり、歩道幅は2.5メートル以上必要。道幅が狭い区市町村道は設置が難しい。
東京都は「道路脇に置けなければ公園や公共施設に、それもだめなら都道に置くという手もある。市区町村と協力していきたい」(建設局)と話すが、ある事業者は「裏に行けば行くほど、トランスを置くスペースはなくなる。極端な話、私有財産の制限をかけない限り、問題は解決しないだろう」とあきらめ顔だ。
<重いコスト負担>
国交省によると、現在の電線共同溝による埋設費用は、1キロメートル当たり約5.3億円。内訳は国・地方自治体が3.5億円、電線管理者が1.8億円。国と地方自治体は折半のため、全体でみると国と地方自治体、電線管理者がそれぞれ3分の1ずつ負担している計算となる。
日本の道路は120万キロあり、すべてを地中化しようとすると費用が莫大にかかるため、国交省は「まずはある程度人が住んでいるところや観光地などにターゲットを絞ってやっていくことになる」(道路局)と話す。
ただ、それでも事業者にとって負担は大きい。NTT<9432.T>関係者は「地中化には年間数十億円かかっているが、厳しい競争環境の中で通信料に上乗せして回収することはできず、いまは持ち出しになっている」と打ち明ける。電柱に比べた敷設コストは通信が約2倍、電力が約10倍かかるという。
コスト負担が重くのしかかるのは財政難に苦しむ自治体も同じで、これも無電柱化を遅らせる一因になっている。
<年7万本増>
「総論賛成・各論反対」の壁と、重いコスト負担で一向に進まない無電柱化。2013年3月末時点で電柱は3552万本あり、ここ数年は年7万本のペースで増えている。
国交省は2013年に成立した改正道路法37条を適用して、緊急道路などについては電柱の新設を原則認めない方針だが、規制はある程度大きな道路に限られるため、効果は限られそうだ。
この問題に取り組んできた自民党の小池百合子議員は「震災・台風では電柱の倒壊で救助が遅れることが多々ある。先進国で電柱がこれほど林立している国はなく、1日も早く止血しないといけない」と危機感をあらわにする。電柱は道路側に倒れるように設計されており、それが避難や緊急車両の通行の妨げになることも少なくない。
電気事業連合会は電柱が増え続けている現状について「工事の際、『地中化ではなく短期間での電力供給を希望する』などの申し出もあり、無電柱化は地域ニーズを十分に踏まえた計画を策定することが重要だ」と指摘する。
減るどころか、増え続ける電柱。関係者からは「通信は無線が主流になっており、電力も無線で飛ばせる時代になっている。莫大な費用をかけて電柱の地中化が完了する頃には、そもそも電柱がいらない時代になっているだろう」と笑えない話も聞こえてくる。
志田義寧 編集:北松克朗
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