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『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』 赤野工作(著) 石黒正数(イラスト) 【日刊マンガガイド】

2017/08/06


日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!

今回紹介するのは、『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』



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『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』
赤野工作(著) 石黒正数(イラスト) KADOKAWA ¥1,200+税
(2017年6月30日発売)


今回紹介するのは『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』。
本作はマンガではなく小説なのだが、小説といっても普通の小説ではない。2115年に開設された、レトロゲームレビューサイト「ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム」に掲載されている、コアなゲームファンが書いた「低評価ゲーム」のレビューを集めたという設定の、架空のゲームレビュー集なのだ。
表紙イラストを手掛けているのは『それでも町は廻っている』『木曜日のフルット』の石黒正数。
中心に大きく描かれているのは、友だちのいないゲームオタクのためにいっしょにゲームをプレイしてくれるアンドロイド「Acacia」。かわいらしい外見だが、彼女もまた本作でレビューされている低評価ゲームのひとつなのである。

本本作で紹介されるゲームはみんなレトロゲームと書かれているが、物語の舞台が2115年なので、読者からすればすべて未来のゲームである。そこでは様々な未来技術を使ったゲームが紹介されている。
VR、人工知能、3Dプリンタといった今の技術でゲームに応用できそうなものから、ゲノム編集やナノマシンといった「そんなものゲームに使うのかよ」というものまで。

また、本作に登場するのはただ最新技術を使っただけのゲームばかりではない。
「老人の懐古趣味のために2000年代のソーシャルゲームを再現したゲーム」「ゲーム依存症を治療するためゲームの真実を暴き出したゲーム」「宇宙飛行士が航宙中に時間を潰すためにつくられたゲーム」「テロリストがプレイヤーを洗脳するためにつくったゲーム」などじつにバラエティに富んだコンセプトのゲームが次々に登場している。
そして恐ろしいことにこれらゲームのすべてが低評価ゲームだ!

低評価といっても、アイデアとゲームデザインがうまく噛みあわず、プレイヤーから不興を買ったものもあれば、倫理的な理由から批判を浴びたものだったりと、その理由は様々。
しかし、そのどれもが架空のゲームのはずなのに、そのゲームが世間から不評となった理由が説得力を持って書かれており、またそうした低評価ゲームというフィルターを通じて未来の世界を少しだけのぞかせるという手法がじつにすばらしい!
またゲームレビューというかたちを通じて、ひとりのゲーマーの人生がしっかり書かれている点もじつにお見事。

書籍自体はそれなりに厚いものの、レビューの1つひとつは短く読みやすいため、ふだん小説を読まないという人にもオススメといえる。
未来技術と著者の奔放な想像力、そしてこれまでの濃密なゲーム体験が組みあわさることで、ほかでは見られないオリジナリティと魅力を持つことに成功した本作だが、その誕生の起源には著者である赤野工作氏が初めて父親から買い与えられたゲームの存在があるといわれている。

そのゲームこそがメガドライブ用ゲームソフト『ああ播磨灘』だ!
原作となっているのはアニメ化されたことでもおなじみ、さだやす圭の超人気相撲マンガ『ああ播磨灘』。横綱でありながら品格などいっさい感じさせない傍若無人・傲岸不遜の男、播磨灘。観客からブーイングを浴び、相撲協会からは睨まれているこの播磨灘が、相撲の連勝記録70連勝記録に挑戦し一度でも負けたら廃業すると堂々宣言。
かくして播磨灘と彼の存在をおもしろく思わない力士たちの壮絶な取組が始まる、というのが主なあらすじであり、ゲームの方でも播磨灘とライバルたちが土俵の上で熱闘を繰り広げ、幼き日の赤野工作氏はその内容にたいへん感銘を受けたという。
ところがある日彼はゲーム雑誌で、その『ああ播磨灘』が「ク○ゲー」扱いされているのを見てひどくショックを受けてしまった。曰く「力士は跳ぶし、体力と関係なしに投げ勝ってしまう。まさに大味のひとこと」「70勝する前にやはり飽きる」などと散々にいわれたい放題だったようだ。
こうして世間からはあまり芳しい評価を受けなかったメガドライブ版『ああ播磨灘』だが、単純に評価を下すのは待ってほしい。
力士が跳ぶのはゲームとしてのおもしろさを追求しただけだし、70勝しないとエンディングが見れないというのも、原作を忠実に再現しようとしたスタッフのリスペクト精神にほかならない。そう本作は世間からはたしかに低評価かもしれないが、決してスタッフが手を抜いたわけでも、ましてやつまらないゲームをつくろうとしたわけでもない。
いろいろおもしろくしようと工夫した結果、それがちょっと裏目に出てしまっただけで……。

そして本作『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』に登場する低評価ゲームもみなそのような側面を持っている。VRの映像をリアルなものにすれば、プレイヤーは吐き気に悩まされ、火星へ向かう宇宙飛行士のためにゲームをつくれば毒にも薬にもならないゲームができてしまう。
しかし、これらのゲームは製作陣がときにはおもしろさを、ときに安全性を誠心誠意追究した結果によるものなのだ。
このような架空の低評価ゲームの書かれ方から感じるのは、著者のゲームに対する無尽蔵の愛、そしてリスペクトだ。世世のゲーマーはわりと平気でクソゲーなんて言葉を使ってしまうが、最初からクソゲーをつくろうなんていうスタッフがいるはずもない。
きっとそこに至るまでには色んな過程があったはずだ。だからこそ、ただつまらないと不平を述べるのではなく、世間では低評価のゲームであっても、そのゲームが秘める面白さをしっかり見抜いて楽しむのがゲーマーのすべきことである。著者は本作を通じてそのようなことを訴えかけているのかもしれない。
だって、力士が土俵の上を跳びはね、相手を天高く放り投げ、ときには猫だましで相手を気絶させるという『ああ、播磨灘』でプレイしたファンタスティックな相撲は若き日の赤野工作氏にあんなにも強い印象を残したのだから……。

そういったわけで本作はゲームファン、インターネットのテキストサイトファン、石黒正数ファン、そしてメガドライブ版『ああ播磨灘』ファンには当然オススメだ。もちろん『ああ播磨灘』は原作もおもしろいので、まだ読んだことがない方はこれを機に読んでほしい。
「読むと強くなる横綱漫画」というキャッチフレーズの『ああ播磨灘』を読んで君も強くなろう!

この『ああ播磨灘』という「名作」が一つの「迷作」ゲームを生み、その「迷作」が時を経て一つの新たな「名作」を生むきっかけになったという奇跡的な物語をぜひとも体験してほしい。



<文・犬紳士>
養蜂家。『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』に登場する好きなゲームは「C9H13NO3(アドレナリン)」

単行本情報

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