第47回「“世界中銀”乏しい設立意思」

世界政府」と「世界中銀」ができてもおかしくない十分な理由やバックグラウンドがあるにも関わらず、実際にその方向に世界の指導者が動いていないのはなぜか。今回はその問題を取り上げる。

できない理由

実は前回紹介した「And now for a world government(今こそ世界政府樹立の時)」を執筆したコラムニストのGideon Rachman自身が、その文章の最後で「世界政府樹立に向けた動きは苦難を伴う、かつ非常にゆっくりしたものになるだろう」と、先行きが楽観できないことを認めている。「世界政府」と「世界中銀」、両方とも樹立されれば有用な仕事ができそうなのに当面できそうもないのはなぜか。まずこのコラムニストが指摘している理由を以下に挙げる。

  • 1. 世界的な環境問題への取り組みの必要性をしばしば口の端に乗せるものの、実際には“自分の次の選挙”にしか興味がない政治家がどの国でも圧倒的に多い
  • 2. その結果、今の世界で「世界政府」「世界中銀」を樹立しようという強い政治的意識・意思は存在しない
  • 3. 各国の国民の関心も、地域社会、その延長線としての国レベルにとどまっており、実際に「世界政府」「世界中銀」ができるとは考えていない

人類の歴史を見ると、本当に小さな地域社会をスタート地点に、地域、国の統一という形で政治組織は大きくなってきた。第一次世界大戦の結果、「世界各国で問題を話し合う場」として国際連盟ができ、それが頓挫した第二次世界大戦後には国際連合ができた。しかしそれらの組織ができることは限られており、「世界政府」にはほど遠い。よって、「世界中銀」は夢のまた夢となっている。

EUはひな型か

「世界政府」「世界中銀」の展望を語るとき、非常にユニークな“実験”をしている欧州のことを考えてみるのは有用かもしれない。欧州は、欧州石炭鉄鋼共同体から欧州共同体を経て、徐々に国家の一部の権限を移し、現在の欧州連合(EU)に発展した。さらに「世界中銀」の模型になるかもしれないECB(欧州中央銀行)を設立し、加盟国の金融・為替政策を一本化している。「世界政府」と「世界中銀」の夢はある程度、欧州で実現しつつあるともいえる。

しかし、EUやECBの樹立によって解決の方向に向かった問題も多いものの、その存在故に複雑化している問題も多い。例えば、今の世界の金融市場でデフォルトにつながりかねない国家の債務問題を引き起こしているギリシャを考えてみる。同国は、欧州の中でも小さな国であり、観光以外にはこれといった産業もない。過去に社会主義政権が続いた影響で、人口に占める公務員の割合も相対的に大きい。つまり、EUの核をなすドイツやフランスとは多くの面で異なる国である。

しかしECBの共通の金融・通貨政策で、ギリシャは国際金融市場ではとても低い金利で借り入れができた時期が長かった。言ってみれば“EUマジック”である。EU加盟国であるが故に非常に良い条件で国際金融市場での借り入れができる状態が、政府にはより多くの施しを求める国民ムードと相まって、度を越した国際金融市場での借り入れに走らせたと考えるのが自然である。今その債務の返済が自国ではできない状況になって、デフォルトの危機を何回も経験するに至る。ギリシャは今やEUやIMFの支援によって、ようやく命脈を保っている。

矛盾だらけのEUの制度

ギリシャだけではない。EUでは、加盟各国の物価情勢や産業構造、それに国民意識が全く違うのに、金融政策と通貨であるユーロはECBが一括して動かしている。そのために、各国で生じているインフレ圧力や景気情勢が、ECBの金融・為替政策と食い違うという問題が頻繁に生じている。

なぜ欧州はそこまでして、EUとECBの機能を維持しようとするのか。そこには「欧州として一つにならないと、米国やロシア、それに台頭しつつある中国など、大国と互していけない」という競争上の問題もある。しかし筆者は、一つの大きな政治的意思が欧州を統合志向へと向かわせていると思う。

その政治的意思とは、「ドイツとフランスを再び戦争させてはいけない」というものだ。1950年の5月9日に欧州石炭鉄鋼共同体を提唱した当時のフランス外相ロベール・シューマンの共同体構築そのものが、「フランスとドイツの間での戦争を繰り返さない」という考え方に基づいていたといわれる。欧州は20世紀に入って二度の大きな戦争の舞台になり、死者も膨大な数に達した。その反省が、特に「ドイツを欧州の紐帯に固く結びつけておく」という欧州全体の意思になっていると考える。

では今の世界に、「ドイツに再び戦争を起こさせてはならない」「ドイツとフランスの戦争は避けなければならない」という欧州特有の“政治意思”に匹敵するだけの“統合意思”が存在するだろうか。大国になればなるほど、「自国の権益」をまず最初に考える傾向がある。中国のやや乱暴な資源獲得の動きを見れば、国際協調の精神があるとは到底思えない。挙げていけばいくらでも書き連ねられるからしないが、世界が抱える国家間の問題は複雑で大きい。「世界政府」「世界中銀」を作ろうにも、今の世界ではまず政治的意思が欠けているといえる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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