エントツガイと呼ばれる、黒くて長い、奇妙な生物がいる。世界最長の二枚貝とされるこの生物の驚くべき生態を、科学者らが初めて解明、4月17日付け科学誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表した。
エントツガイ(Kuphus polythalamia)は、フナクイムシ科に属する。フナクイムシは船の木を食い荒らすことで知られる二枚貝の仲間だが、なかでも特に大きく珍しいエントツガイの生態はほとんどわかっていなかった。(参考記事:「バルト海の沈没船にフナクイムシの被害」)
今回、国際研究チームがエントツガイを採取したのは、フィリピン沖の硫黄分の多い水域。この生物は泥に頭を突っ込んだような状態で暮らしており、棒状の殻だけが泥から姿をのぞかせている。
研究チームを率いたのは、米ノースイースタン大学の海洋生物学者ダニエル・ディステル氏。同氏は採取した標本を生きたままプラスチックのパイプに入れ、遠く離れた米ユタ大学のマルゴ・ヘイグッド氏の研究室に送った。
「エントツガイを初めて観察するという体験は、私の研究人生のハイライトになりました」とヘイグッド氏。「この生物は謎に包まれた伝説のユニコーンみたいな存在ですから」
1メートルほどある殻から、黒い光沢のあるエントツガイを取り出す。全容を現したエントツガイは、野球のバットほどの大きさだった。
ヘイグッド氏がすぐに気づいたのは、エントツガイの口がふさがっていたこと。つまり、食べることができないのだ。また、エントツガイは頭をつねに砂の中に埋めていて、木を食べられないこともわかっていた。
「食べないのだとしたら、いったいどうやって生きているのでしょう」(参考記事:「深海生物はどうやって深海で暮らせるようになったのか」)
バクテリアが食事を供給
エントツガイの中にいるバクテリアが硫化水素を有機物に変えているのではないか。ヘイグッド氏は即座に思い当たった。もしそうなら、エントツガイが食事に困ることはない。
これは唐突なアイデアではない。すべてのフナクイムシはバクテリアと共生している。エラの中にある特殊な器官に住む共生バクテリアが、自らは消化できない木の成分であるセルロースを分解しているのだ。
さらに、深海には硫黄を化学合成する微生物も多い。深海の熱水噴出孔の近くには硫黄分が豊富に含まれている。(参考記事:「【動画】水深3800mの深海に奇妙な生物群集」)
ヘイグッド氏のチームがエントツガイの標本の解剖をおこなったところ、予想通り、硫黄化学合成を行う微生物が見つかった。論文によると、エントツガイのエラ細胞の中から見つかったのは、Teredinibacter turneraeという微生物。食物を消化する必要がないので、エントツガイの消化器官は小さくなっていることもわかった。
エントツガイが栄養分を摂取するためにバクテリア全体を消化しているのか、それともバクテリアの老廃物を吸収しているのかはまだ謎のままだ。フィリピン以外にエントツガイが生息しているかもわかっていない。
しかし、明らかなことが1つある。自然の驚くべき問題解決力だ。今回の研究には関わっていない米オレゴン海洋生物学協会のナンシー・トレンマン氏は言う。「食べなくてもやっていけるとは、なんてかっこいいんでしょう」(参考記事:「2016年に話題になったヘンな動物トップ10」)