ニュースの視点
突如発表された文教向けOS「Windows 10 S」。その狙いとは?
~大河原氏、笠原氏、山田氏の視点
2017年5月8日 06:00
このコーナーでは、直近のニュースを取り上げ、それについてライター陣に独自の視点で考察していただきます。
大河原氏の視点
米Microsoftは、教育分野向けOSとして、「Windows 10 S」を発表した。米PC市場において、唯一、Microsoftが後塵を拝している大型市場が教育分野。2011年にグーグルが投入したChrome OSは、すでにこの分野で50%以上のシェアを獲得しており、Microsoftにしてみれば、この市場を攻略するための切り札が必要だった。
今回のWindows 10 Sは、そのための戦略製品とも言え、デバイスメーカーから発売される189ドルからのWindows 10 S搭載ノートPCやタブレットとの組み合わせによって、教育市場に積極的に打って出ることができる。
さらに、Windows 10 Sでは、Office 365 for Education with Microsoft Teamsのライセンスを提供。また、Minecraft Education Editionの1年分の利用権も提供する点も見逃せない。
日本では、OfficeをPCにプレインスートルして販売される例が一般的だが、海外では、OfficeがOSにバンドルされ、結果として、PCとともに一緒にOfficeが提供される状況はイレギュラーとも言える措置だ。しかも、そこに、同社が今後の戦略的コミュニケーションツールに位置づけるTeamsを加えたことも、Microsoftの戦略的意図が感じざるを得ない。
一方、Windows 10 Sの特徴の1つが、インストールできるのをWindowsストアアプリに限定したという点だが、これはMicrosoftが踏み出した、デスクトップアプリへの決別に向けた、大きな一歩と見ることができないだろうか。
しかも、その一手を教育分野という限定領域から踏み出したところにMicrosoftのしたたかさを感じる。
Windows 10 Sの隠れたメッセージは、これからPCを利用する若い世代は、Windowsストアで提供される「UWP(Universal Windows Platform)」のアプリのみを利用し、デスクトップアプリを利用しない世界へ導くことだ。
一例をあげれば、これからの世代に対しては、ブラウザを使うのならば、IEではなく、Edgeであるということを明確に示したものだと言える。
Microsoftでは、企業ミッションとして、「Empower every person and every organization on the planet to achieve more.(地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする)」を掲げている。その実現の前提となるのが最新OSでの利用。これをベースとして、HoloLensに代表されるMixed Realityとの連携や、コグニティブサービスとの融合などを図ることになる。UWPは、それを実現するための基本中の基本。中長期的な視点でみれば、このOSが、UWP環境へと完全移行するための布石であることは間違いない。
Windows 10は発売以来、マーケティング戦略において、デスクトップアプリも利用できることを強調してきたが、この方針が今後変わる可能性を感じさせる。
ちなみに、同時に発表されたSurfaceの新製品「Surface Laptop」は、Windows 10 Sが搭載され、教育分野向けとの印象が強いが、むしろ、これは一般ユーザー向けの製品と言えるだろう。Windows 10 Proへの有償でのアップデートが可能であり、学生であれば、無償でアップデートが可能だ。日本で発売されれば、デザイン性や価格設定から、学生をはじめとする若者や、女性層への販売が期待される。MacBookとの競争力を高めた製品とも言えるだろう。
Surfaceは、日本での評価が高い製品。日本での発表はそれほど日を待たずに済むかもしれない。
笠原氏の視点
Windows 10 Sが発表された。大企業だけをターゲットにしているWindows 10 Enterpriseを別の話にすれば、一般消費者向け/中小企業向けのWindows 10としてはPro、Homeについで3つ目のエディションとなる。このOSでMicrosoftが最初のターゲットとしているのは文教市場で、GoogleのChrome OSベースのChromebookへのカウンターとしての意味合いが強いことは、筆者の連載記事(Windows 10 SとSurface Laptopを武器に文教市場で反撃の狼煙を上げるMicrosoft)でも紹介したとおりだ。
だが、Windows 10 Sには文教市場だけでなく、一般向けの市場でも受け入れられる可能性がある。と言うのも、これによってネットブック再来の可能性があるからだ。
Windows 10 S最大の特徴は、Windowsストアからしかアプリケーションがインストールできないことだ。Windowsストア以外のアプリケーションなどをインストールおよび実行しようとすると、OSがそれをブロックする。このため、マルウェアのような悪意を持ったアプリケーションをユーザーの意志とは関係なくインストールできないため、より高いセキュリティを実現できるというメリットがある。
その一方で、Windows 7以前に開発されたWindowsアプリケーション(いわゆるWin32アプリケーション)は、インストールできない。また、これ以外にも、Microsoft Edge以外を既定のブラウザにができないなどの制限がある。こうした制約があるため、OEMメーカー向けのライセンス料はHomeよりも低額に設定されており、低価格なデバイスを製造につながる可能性がある。
だが、Microsoftは、失敗に終わったWindows RTと同じ過ちを繰り返すのかと感じる人もいるだろう。しかし、それは大きな誤解だ。その理由は2つある。
1つには今回のWindows 10 Sは、IAベースになっており、ARMベースのWindows RTとは技術的に異なっている点。そしてもう1つは、Win32 Centennialと呼ばれる、Win32アプリをWindowsストアアプリにパッケージ化する仕組みが用意されているという点がRTの時とは大きく異なる。アプリケーションの開発者はそれを利用して、Win32アプリをWindowsストアアプリにして提供することが可能になる(ユーザーが自分がライセンスを持っているWin32アプリをストアアプリ化することはできない。それができ、かつ配布できるのはソフトウェアの開発者や権利を所有している企業だけだ)。
Windows向けのテキストエディタとして歴史のある「秀丸」は、先日このWin32 Centennialを利用してWindowsストア経由での提供が開始された。今後も各社がWindowsストア経由でアプリを提供するようになれば、Windows 10 SでもWindows 10と同様のことができるようになる。
だが、対応が難しいものもある。具体的にはIMEだ。IMEはWindowsのシステムにさまざまなモジュールを組み込む必要があるため、Win32 Centennialを利用してWindowsストア経由で提供するのは難しいと考えられている。IMEの重要性が低い欧米とは異なり、IMEはATOKでないととか、Google IMEでないと……というユーザーが多いと思われる日本では問題になる可能性がある。
また、MicrosoftのOffice 365に関して、Windows 10 Sの発表と同じタイミングで、一般消費者向け(日本で言えばOffice 365 SoloとOffice Premium)と文教向けの契約を有しているユーザー向けにWindowsストア経由で配布されることが明らかにされているが、法人向けに関しては何も明らかにされていない。
そう考えていけば、Windows 10 Sがカバーできるのは、Office 365のサブスクリプションを持っている一般消費者や文教ユーザーで、かつ低価格なPCを求めているユーザーということになるだろう。それはまさにネットブックの再来と言っていいのではないだろうか。
山田氏の視点
Windows 10 Sは、Windows 10 Proの管理のしやすさ、管理のされやすさの両面を、より広く市場に展開するための、かなりうまい方法だと言える。なにしろ、限りなく制限されてはいるものの、その実質は、Windows 10 Proそのもののようだからだ。つまり、企業におけるシステム管理者のような存在として、Microsoftがそこにいる。エンドユーザーは自由であるという常識を覆したともいえる。
それに加えて、OSは無料であるというのが現在のトレンドだ。Microsoftは、今後、Windowsのメジャーバージョンアップを行なわず、変わり続けるWindowsを当面は無料で提供していくことを表明している。OEMである各PCベンダーが自社製品にWindows 10 Sをプリインストールするさいに、そのライセンス料が無料、あるいはこれまでのWindowsとは比較にならないくらいに低価格になるのであれば、PCそのものの見かけの価格を大きく下げることができるだろう。しかも、そこで使えるのは制限され、Microsoftによって管理されたWindowsであり、予測を超えたトラブルは起こりにくい。限定されたストアアプリしか実行できないのだから当たり前だ。つまり、とんでもない想像を超える状況に陥るヘルプが発生しにくい。すなわちサポートに要する費用も少なくてすむ。
個人的には、この「S」はスタート、あるいはスターターのSではないかと見ている。それ以上のWindowsを求めるなら別途追加料金を払って過去との互換性を入手するわけだ。もちろんトラブルもいっしょについてくる。そこは自己責任であり、OEMベンダーは一般コンシューマーに対するサポートの対象外にして、Microsoftに丸投げすることだってできるはずだ。
そうなると、多くのエンドユーザーは、Windows 10 SのままでPCを使う道を選ぶだろう。それによってストアアプリの状況も今よりずっと普及が加速するかもしれない。世の中のWebサービスもEdgeに最適化することを望まれるだろう。いろんなことが、Microsoftの思惑通りに進み、OEMの負担も少なくなり、エンドユーザーもトラブルに遭遇しにくくなる。BYODの時代にとっても好都合だ。
Chrome OS対抗、教育市場向けなど、いろいろな名目があげられてはいるが、Microsoftの本当の狙いは、そのあたりにあるんじゃないかと個人的には思ったりもしている。