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高音聞こえないオヤジにハイレゾ音源の意味はある?
~大学教授が回答
2017年10月4日 06:00
オーディオ機器の話をすると“ハイレゾ音源”の話題がよく聞かれるようになりました。その一方で、“自分にはハイレゾを聞き分けることが出来るのだろうか?”という疑問の声もちらほら。人間の聴力は20kHzが上限で、歳を取ると次第にその上限が低下します。ハイレゾ音源の周波数帯域は20kHzを大きく上回ります。果たして、“自称音にうるさい”音楽好き、オーディオ好きの中高年は本当にハイレゾを理解しているのでしょうか? なにぶんこの原稿を書いている私も該当するので密かに気になるところです。
DOS/V POWER REPORT11月号特集「聴くのも、演(や)るのも!PC×サウンド再発見」では、サウンドデバイスの評価やPCとつながる楽器の紹介などに加えて、上記のような音にまつわる素朴な疑問を放送大学教授の仁科エミ氏にぶつけたインタビュー記事「耳のひみつ」を掲載しています。ここでは、その一部を抜粋します。
質問:藤本 健
回答:仁科エミ(放送大学教授)
──ハイレゾの話に入る前に、まずは人間の聴力についておうかがいしたいのですが、そもそも人間はどのようにして音を聞き、それを知覚しているのでしょうか?
仁科:図1の下のほうをご覧ください。ご存じのように耳は、外側から「外耳」、「中耳」、「内耳」に分けられます。外から耳に入ってきた音、つまり空気の振動は、外耳道を通って、中耳にある鼓膜を振動させます。鼓膜に生じた機械的振動は、それに接した耳小骨(三つの小さな骨によって構成されている)のテコの働きによって増幅され、内耳にある蝸牛(かぎゅう:カタツムリのような形をしているのでそう呼ばれます)の前庭窓という薄い膜を振動させます。するとその振動が蝸牛の中を満たしているリンパ液に伝わり、そのリンパ液に浸されている蝸牛の基底膜が揺さぶられます。このとき、高い周波数では蝸牛の入口のほうだけが振動し、低い周波数では奥のほうまで振動します。基底膜の上には、機械的な振動を電気信号に変換するトランスデューサーの役割を持つ有毛細胞が並んでいて、これが揺り動かされるとその振動の振幅に応じて電気信号(神経電位)を発します。
──耳の中で電気信号が発生するんですか!
仁科:そうなんです。有毛細胞は、言わばピアノの鍵盤のように、高い音に反応する細胞から低い音に反応する細胞まで、きれいに整列して並んでいます。つまり、音という振動を周波数成分ごとに分けて、それぞれの成分の強さを別々の神経細胞の活動の大きさで表現しているわけです。このように耳(末梢神経系)で空気振動から電気信号へと変換された情報は、蝸牛神経を通って脳(中枢神経系)へと入っていきます(図1の上のほうです)。
いくつもの神経核にリレーされることによって徐々に情報の統合と分散が行なわれ、音信号の持つさまざまな特徴が抽出されていきます。そして、側頭葉にある1次聴覚野で分析され、音として聞こえると考えられています。
──まるでオーディオ機器のコンポーネントが接続されているような感じですね。
仁科:はい。それぞれの器官の複雑なリレーの経路のどこに問題があっても、音の聞こえ方、広い意味での「聴力」に問題が生じてしまいます。それが重度になると「難聴」や「聴覚障害」になるわけです。ちなみに、健康診断などで行なわれる簡易な聴力検査では、ヘッドホンから提示する1,000Hzや4,000Hzのサイン波を、小さい音量から少しずつ大きくしていって、かろうじて聞こえた音の強さを「聴力」と呼んでいます。
──一般に人間の可聴範囲は20Hz~20kHzと言われますが、私は検査で17kHz以上を聞くことができませんでした。可聴範囲外の音を人間は知覚可能なのでしょうか?
仁科:まず、可聴範囲より低い周波数については、人間が単独で音として感じることのできる空気振動の周波数の下限は、20Hzと言われています。それよりも低い周波数を音として知覚することはできません。しかし、大型ダンプカーの走行音、電気湯沸わかし器の動作音、風車の風切り音などに含まれる聞こえない超低周波によって、強い不快感や健康被害が生じるという報告があります。
──確かに振動として認識することはできますからね。一方で高い音はどうですか?
仁科:人間の可聴域の上限はせいぜい20kHz(20,000Hz)、個人差・年齢差はあるものの大抵の人で15kHz程度であることが多くの研究によって確認されています。鼓膜の振動を増幅している耳小骨が機械的なフィルタとして作用して、20kHzを超える周波数成分が内耳に伝わるのを遮断しているため、聞こえる周波数の上限は20kHzを上回らないのです。
──ということは、楽曲に含まれる20kHzの周波数に意味がない、ということですか?
仁科:ところが、単独では聞こえない超高周波が可聴音と共存すると、脳の奥にあって人間の健康を維持する上で重要な働きをしている中脳・間脳(これらを総称して基幹脳と呼んでいます)や、快感・感動を司る中脳や前頭前野の局所脳血流が増大し、その活性を高めることを私たちの研究グループが発見しました。この基幹脳の活性化を反映して、快適感の指標とされる脳波α波の増大、アドレナリンやコルチゾールなどのストレス性ホルモンの減少、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)活性など免疫活性の増強、可聴音をより美しく快適に感じる心理反応、音をより大きな音量で聞こうとする接近行動などが見いだされ、これらの効果を総称して「ハイパーソニック・エフェクト」と呼んでいます。
※誌面では以下のような疑問にも答えていただいています。ぜひご一読ください。
- 超高周波(ハイパーソニック)を人間はどうやって知覚しているのか?
- 「耳が遠くなる」とはどういうことか?
- 加齢による聴力の低下に個人差はあるのか?
- 低下した聴力は回復できるのか?
- イヤホンの連続使用で難聴になるのか?
- ハイレゾヘッドホンやイヤホンに意味はあるのか?
- 人はハイレゾの違いをどこで認識しているのか?
プロフィール
仁科エミ(にしなえみ)
東京都出身。東京大学文学部西洋史学科、工学部都市工学科卒業。東京大学工学系大学院都市工学専攻修士課程・博士課程修了、工学博士。
日本学術振興会特別研究員、東京大学工学部助手、大学共同利用機関放送教育開発センター研究開発部助教授、総合研究大学院大学文化科学研究科メディア社会文化専攻教授等を経て、現在、放送大学教養学部情報コース教授。周波数が高過ぎて聞こえない超高周波の生理的・心理的・行動的効果(ハイパーソニック・エフェクト)や4K高精細映像などのメディア情報環境と人間の脳との適合性に関する研究に従事。
BlurayDisc『AKIRA』(大友克洋監督)のサウンドトラックをはじめ、ハイパーソニック・コンテンツの収録・編集に参画。放送大学大学院でラジオ講義『音楽・情報・脳』を開講中。
藤本 健(ふじもとけん)
1980年代の高校、大学時代にシンセサイザのハードウェア設計やシーケンスソフトの開発に従事して、複数のDTM製品をリリース。大学卒業後、リクルートに入社し、雑誌の編集業務に携わりつつ、コンピュータ系および音楽系の出版社でMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆。2004年よりフリーに。2010年よりブログサイト、DTMステーションの運営を始める。