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【総選挙2014】どうする!? 安倍総理の野望と景気対策

  • 松尾匡 (立命館大学経済学部教授)
  • 2014年12月14日


© iStock.com

「今のうち解散」説はなぜ間違いか

今回の衆議院解散について、野党やマスコミのみなさんから、こんなふうにその「本当の」意図を解説する声が聞こえます。

「マイナス成長のGDP統計が出てアベノミクスの失敗が明らかになり、今後景気が悪くなるにつれて支持率が下がっていくと見込まれるので、まだ支持率が比較的高い今のうちに解散して、向こう4年間の任期を確保したのだ」

――はたして本当でしょうか。

私見では、この推測は間違いだと思います。理由は簡単明瞭です。

今回、安倍さんは2017年4月に消費税を10%に上げると確約しました。これは、いわゆる「景気条項」なしです。必ず上げると言うのです。

そうすると、2017年4月以降は、多かれ少なかれ景気は悪くなります。今後景気回復に成功しても、そこは避けられません。上のような推測をする人は、安倍さんの本音では今後の景気の悪化が予想されていると見るわけですから、仮にその前提に立つならば、安倍さんの頭の中では、2017年4月以降はなおさらひどい不況になると予想されることになるはずです。この前提に立つならば、いろいろ対策をつぎ込んで、2018年いっぱいかけて景気をなんとか持ち直せれば御の字というところだと思います。

新しい衆議院議員の任期は、いっぱいいっぱい延ばしても、2018年12月までです。ということは、上の推測をする人の前提に立つかぎり、2017年4月以降は、どこで解散しても不況の中。ギリギリいっぱい延ばしても、自民党が勝てる可能性は少ないことになります。

というわけで、この場合安倍さんとしては、消費税を再引き上げする2017年4月より前に解散するほかないことになります

だとすると、今回の解散前の衆議院の残り任期は、2016年12月まででしたから、解散したことで延ばせる任期は、正味4カ月しかないということになります。

わずか4カ月任期を延ばすために、ひょっとしたら自民党の議席が減るかもしれないリスクをかけて、わざわざ解散するでしょうか。

この解散はひと月やそこらで考えついた作戦では絶対にありません

いいでしょうか。この解散はひと月やそこらで考えついた作戦では絶対にありません。繰り返し世論調査をして、大丈夫という確証を得て決断されていると思います。だからこれは、11月のGDP速報の数字が出る前から、その値にかかわらず決まっていたことだと思います。

すべては2016年7月の天王山に向けて

やはり、解散は、消費税引き上げ延期に対する反対を押さえ付けるためになされたと見るのが順当でしょう。増税延期は総理の一存で決められるものではありません。法律の再制定などの手続きが必要ですので、抵抗が大きければ流れてしまいます。解散して、延期に反対したら選挙に落ちてしまうように追い込むことで、みんな黙らされたわけです。

ということは、安倍さんにとって増税延期は、ここまで強引なことをしてもなんとしても実現しなければならないことだったということです。それはいったいなぜなのでしょうか。

私は、拙ホームページの先日11月24日付けのエッセーで、安倍さんの本当の思惑を推測しました。それを以下に引用します。

安倍総理の最終目的は、改憲を成し遂げ、戦後民主主義体制に替わる新体制を樹立した指導者として歴史に名を残すことだと思います。そのためには、公明党に依存しない自民単独3分の2議席が両院で必要です。集団自衛権も今のままでは使いにくいので、公明党抜きの絶対安定多数は欲しいところだろうと思います。

そのための天王山が、2016年7月の参議院選挙だと思います。これを同日選挙にして、衆参両院の3分の2を制覇することが大目標になっているものと思われます。

そのためには、2016年7月頃に景気の絶好調になるようにもっていかなければなりません

ところが、消費税引き上げの当初予定によれば、2015年10月に10%に引き上げることになっていました。この場合、今回の4月の8%の例からもわかるように、引き上げの悪影響による景気後退が一番深刻なときに選挙にぶつかることになります。

したがって、当初予定通りの消費税再引き上げは、最初からあり得ないスケジュールだったと言えます。再引き上げは予定される同日選挙よりあとに延期するのが正解ということになります

実際、消費税再引き上げは2017年4月に延期されましたが、これは、東京オリンピックの特需がそろそろ始まってくる時期だと思われ、その分実害がマイルドになることが期待されます。また、再引き上げをこの時期にもってくると、天王山の2016年7月頃は9カ月前なので、大型の設備投資や住宅建設の駆け込み需要が発生しはじめて景気を引っ張ると見られ、安倍さんの選挙にとっては好都合です。

さて、そうすると、2014年終盤のこの時期に、再引き上げを延期する決定を必ずしなければならない運びになります。しかしそこで立ちふさがるのが、強大な財務省と自民党内の増税派です。

だからまず、引き上げ延期の口実が必要です

4月の消費税引き上げの悪影響は、すでに当初からいくつかの数字で確信でき、夏にはデータ上はっきりと見て取ることができるようになりました。それは、前回のエッセーでもご紹介したとおりです。そこでも私は、こんなはっきりしたデータが出ているのに政府も日銀ももたもたして悠長に見えると述べました。

今から思うと、これは、わざと手をこまねいていたのですね!

再引き上げ延期の口実のために、安倍さんは「悪い数字」を必要としたわけです。だから、景気拡大がもたつき出したのを見てもわざと手を打たなかったと解釈できます。

そしてさらに、それでも延期に抵抗する勢力があるだろうから、解散で黙らせると!

(中略)

日銀は10月31日になってやっと追加緩和を決めましたが、うがった見方をすれば、これも安倍さんのスケジュールの一環ではなかったかと疑っています。

すなわち、15年4月に統一地方選挙がありますが、これを念頭においているのではないかと。金融緩和は約半年のラグをおいて実体経済に効きはじめますので、先日の追加緩和の場合、ちょうど統一地方選挙の頃がその時期にあたります

「悪い数字」を得るために、わざと手をこまねくにしても、統一地方選挙のときには多少景気が持ち直して選挙に悪影響が出ないようにしたい。そのためにギリギリ引っ張って手を打つタイミングが先日の10月31日だったというわけでしょう。

以上の推測を図にまとめると次のようになります。


さてそうすると、安倍さんは「ラージT」(目標時点)から後ろ向きに計画を解いて、合理的に最適戦略を導いていて、今のところほぼ思い通りにそれが進んでいると言うことができます。それに対して民主党さんも共産党さんも、左派、リベラル派の野党は、いつも後手、後手で翻弄されて、安倍さんの手の内の場当たり的な対応に終始してきたと言わざるを得ません

「安倍よりもっと好況!」が戦後民主主義を守る

今後安倍さんは、景気対策のために財政支出をつぎ込み、日銀も追加緩和を行って、なんとしても2016年7月頃には好景気が十分実感されるようにもっていくと思います。

2016年7月の天王山選挙では、野党の過去の「アベノミクス失敗」の言葉の数々が、安倍さんの「栄光」を讃える材料として使われることになる

今回の解散で、安倍さんがあえて「アベノミクス」を争点に持ち出してきたのに対して、野党側のみなさんがまんまと乗ってしまったのは、全く安倍さんの手の内のことだったと言えるでしょう。2016年7月の天王山選挙では、野党の過去の「アベノミクス失敗」の言葉の数々が、安倍さんの「栄光」を讃える材料として使われることになるだろうからです

そのとき安倍さんが、「みなさん、民主党政権時代のあの暗いみじめな日々を思い出して下さい」と言って、今回の選挙での「アベノミクス失敗」の言葉を引き合いに出し、「あんなことを言っていた人たちに政権をわたすとどうなりますか」「また不況に戻りたいですか」と殺し文句を言ったとき、私たちは自民単独両院3分の2制覇を止めることができるでしょうか。

今のこの世の中では、人は失業したら食っていけないのです。職を見つけるのが大変な中では、どんなひどい労働条件でも黙ってイヤイヤしがみつくしかありません。日本には、長期不況で苦しんできた人があふれているのです。

それゆえ派手な景気対策に支持が集まるのは必然です。まがりなりにも自由で平和だった、この戦後民主主義体制を守りたいのならば、安倍さんをしのぐ、もっと大胆な景気対策を打ち出す以外方法はありません

でも、今回の総選挙で、平和と民主主義を守るためにがんばってほしい野党が、どれほど大胆な景気対策を掲げて下さっているだろうかと見てみると、どうしても残念な気持ちを抑えることができません。

それでも有権者としてできることはある

それでも、有権者としてできることはあるはずです。

まず、自民党の中に、どう考えても自由な社会とは相容れない札付きの右翼議員はたくさんいます。例えばウェブ雑誌「リテラ」さんの記事「ネトウヨも真っ青のトンデモ発言…衆院選候補者"極右ヘイト"ランキング」を見て、自分の選挙区の議員がいないか確かめて下さい。そういう選挙区では、民主党の候補者がいれば、その人に投票すればいいと思います。

しかし、そうではないところでは、特に、民主党の候補者が、財政支出を引き締めたり、利上げや円高を求めたり、消費税を引き上げたりといった志向を持っていた人だったならば、共産党の候補に投票すればいいと思います。こうして、景気に後ろ向きの人は当選できないというメッセージが伝われば、次に向けた政策転換につながるのではないかと思います。


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著者プロフィール

松尾匡
まつお・ただす

立命館大学経済学部教授

1964年7月25日生まれ。立命館大学経済学部教授。最新刊に『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼──巨人たちは経済政策の混迷を解く鍵をすでに知っていた』(PHP新書)。

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