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反米諸国に移る石油利権

2007年3月20日  田中 宇

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 3月11日付けのフィナンシャル・タイムス(FT)に載った「新しいセブン・シスターズ」(The new Seven Sisters: oil and gas giants dwarf western rivals)という記事は、私から見ると、まるで「アメリカの中枢に陣取る多極主義の勢力が書かせた記事広告」である。(関連記事

「セブン・シスターズ」は、7社で世界の石油利権を支配しているといわれる米英の石油会社で、エクソン、シェブロン、モービル、ガルフ石油、テキサコというアメリカの5社と、ブリティッシュ・ペトロ−リアムス(BP)、ロイヤル・ダッチ・シェルというイギリス系の2社を指していた。1980−90年代の国際石油業界の再編によって、エクソンとモービルが合併し、テキサコがシェブロンに吸収され、ガルフ石油は分割されてBPとシェブロンに吸収されたことで、セブン・シスターズは4社に減った。この4社が世界の「石油利権」を握り「石油はアングロ・サクソン(米英)が支配する」というのが、これまでの常識である。

 ところが問題のFTの記事によると、今やこれらの米英の石油会社は、世界の石油利権を支配していない。米英のシスターズは、すでに「旧シスターズ」になってしまっており、代わりに欧米以外の国有石油会社が「新シスターズ」を結成し、それが世界の石油と天然ガスの利権を握るようになっているという。

 新しいセブン・シスターズとは、サウジアラビアのサウジアラムコ、ロシアのガスプロム、中国のCNPC(中国石油天然ガス集団)、イランのNIOC、ベネズエラのPDVSA、ブラジルのペトロブラス、マレーシアのペトロナスの7社である。これらは、いずれも所属する国の国営企業である。

 FT紙は、石油業界の多数の経営者たちに意見を聞いた上で、この7社を新シスターズとして選定したという。7社は合計で、世界の石油・ガスの産出量の3分の1、埋蔵量の3分の1を握っている。これに対して旧シスターズの4社は、保有油田が枯渇傾向にあるため、今では産出量の1割、埋蔵量の3%しか持っていない。

 旧シスターズは、ガソリン、軽油、石油化学製品など、業界の川下の加工品分野を握り続けているため、企業としての収益率は新シスターズより高い。だが、企業価値を表す株式の時価発行総額で見ると、1位はエクソン・モービルが維持しているものの、2位と3位は、BPとシェルが落ち、代わりにガスプロムとCNPCが上昇して取って代わった。

 国際エネルギー機関によると、これまでの30年間に新たに開発された油田・ガス田の40%は旧シスターズ管轄下の欧米諸国に存在していたが、今後40年間に開発予定の油田・ガス田の90%は新シスターズが強い発展途上国に存在している。

 FTによると、こうした変化を踏まえ、世界のエネルギー業界のルールは、これまで旧シスターズが決めていた状況から、新シスターズが結束して決める状況に、すでに転換している。新シスターズの台頭の背景にあるのは、発展途上国での資源ナショナリズムの勃興で、以前からのその動きが、最近になって石油覇権の移転というかたちで結実したのだとFTは分析している。

▼反米的な国々ばかりを集めて新シスターズ

 新シスターズ7社、7カ国の顔ぶれを見てまず感じるのは、7カ国はすべて、ブッシュ政権の中枢にいるタカ派やネオコンから攻撃の対象にされ、その反動で、程度の差はあれ、いずれもアメリカの単独覇権体制を嫌っていることである。(関連記事

 7カ国のうち、イランのアハマディネジャド政権と、ベネズエラのチャベス政権の2つは反米主義を方針に掲げ、相互に連携を強めている。残りの5カ国は、反米を政権の方針にしてはいないものの、サウジアラビアとマレーシアというイスラム教徒の2カ国は、イスラム教を敵視するブッシュの「テロ戦争」のやり方に反対しており、ロシアと中国は、アメリカから軍事包囲網を仕掛けられ、協調して対抗的な覇権拡大を行っており、国連安保理でも米英に反旗を翻している。ブラジルは、ベネズエラとともに、反米的な傾向を強める中南米諸国の中で主導的な役割を果たしている。

 新シスターズの7社が、すでに誰の目から見ても旧シスターズの4社をしのぐ石油ガス会社になっているのなら、FTの指摘は純粋な経済的現実に基づいたものと考えることもできるが、新シスターズ7社のうち、サウジアラムコとロシアのガスプロム以外は、潜在力はあるだろうが、今すでにすごい会社であるという感じがしない。中国のCNPCは、経済成長でエネルギー需要が急増しそうな中国の今後に備え、世界中の油田の利権を買い漁って大きくなった会社であり、油田を高値づかみした懸念がある。イランは経済制裁を受け、国内需要を満たす分の精油所も満足に作れない惨状で、NIOCは今後イスラエルかアメリカがイランを空爆したら施設を破壊され大損害を被る。

 こうして見ると、ことさらに反米・非米的な国々の国営石油会社ばかりをならべて「彼らが今後、世界の石油利権を握る」と主張しているFTの記事は、経済的な実態より、政治的な意図に基づくものであると感じられる。

 ブッシュ政権は、単独覇権主義や暴力的なテロ戦争によって、ことさらに世界中の反米感情を煽り、アメリカに対する外交的な信頼を失墜させるとともに、イラクやアフガニスタンで軍事力を浪費し、財政赤字の拡大などによってドルや米国債に対する信頼を落とすという、外交・軍事・経済における世界的な影響力(覇権)を失墜させているが、私は以前から、ひどい失敗を何回も繰り返しても強硬な方針を変えないブッシュ政権は、うっかり失敗しているのではなく、故意に失敗を重ねていると疑っている。(関連記事その1その2

 ブッシュ政権の故意の自滅戦略の中心はチェイニー副大統領で、その戦略の目的は、国際社会の体制を、アメリカ単独覇権から、アメリカ・EU・ロシア・中国・アラブ諸国などが並び立つ多極的な覇権体制へと転換させ、それによって世界の経済成長の先導役を多極化し、世界経済の成長を持続することではないかと考えてきた。(関連記事

 ブッシュ政権が世界の反米感情を扇動し、世界の覇権と経済を多極化しようとしていると考えている私から見ると「今後の世界の石油利権は反米・非米的な国々が握る」と指摘している今回のFTの記事は、こうしたブッシュ政権の隠された方針とぴったり一致している。その意味で、今回の記事は「多極主義者の記事広告」であると私には見えた。

▼地球温暖化問題との関係

 今回の記事は、広告的な臭いはするが、その一方で、状況証拠から考えていくと、絵空事ではなく、今後実際に世界の石油利権は反米・非米的な新シスターズに握られていく可能性が高いと感じる。私が見るところ、ブッシュ政権に多極化をやらせているのはニューヨークの資本家たちであるが、彼らの中には、旧シスターズのうちエクソン、モービル、シェブロンを握っていたロックフェラー財閥がおり、シェルなどイギリス系の2社を握るロスチャイルド財閥も彼らの一味である。(関連記事

 石油利権の当事者である彼らが、世界経済の成長を維持するために覇権の多極化が必要であり、その一環として石油利権を英米から非米諸国に移転させた方が良いと考えているのなら、現実はいずれその通りになると予測される。(ロックフェラーやロスチャイルドは、自らの利権を手放していることになる)

 世界の石油利権が、米英から非米・反米諸国に本当に移転するのだと考えた上で、世界で起きていることを見渡すと、いろいろと合点がいくことがある。その一つは、イギリスのブレア政権が地球温暖化問題を煽り、EU全体で二酸化炭素の排出規制を強化しようと動いていることとの関係である。(関連記事

 旧シスターズから新シスターズへの転換は、欧米が石油ガスに関する利権を失うことを意味する。欧米が新シスターズから威圧されないようにしようと思ったら、石油やガスの使用を減らすしかない。代替方法として唯一現実的なのは、原子力の利用を増やすことだ。最近、石油やガスの利用を敵視する地球温暖化問題が喧伝されるのは、先進国にこの転換を引き起こすことが一つの目的だろう。表向きは、風力やバイオ燃料などの開発も目標とされているが、それらの代替エネルギーが大規模に実用化されるまでには、まだ非常に長い年月がかかる。(関連記事

 欧州は地政学的に、西の英米と、東のロシアとの間に立ち、ドイツはロシアと組んでも良いと考える傾向が強いが、逆にイギリスはロシアを敵視する傾向が強い。ロシアはEUへの最大手の天然ガスの供給元になっており、石油ガス利権の非米化が進めば、ロシアの優位はもっと強まる。以前に脱原発を決めているドイツは「原発よりロシアの方がましだ」と考える傾向があるが、イギリスは「ロシアより原発」と考えて「反石油」的な地球温暖化問題の危機を扇動している。

▼軍事産業でも非米諸国の台頭

 中東で石油利権の移転と関係ありそうなのは、チェイニーが副大統領になる前に経営していた石油掘削技術の大手企業「ハリバートン」が、本社を米テキサス州からドバイに移転することだ。石油利権が多極化されると、サウジやイランなどの中東ペルシャ湾岸の産油地域にあるドバイの方が、テキサスよりも大きな石油ビジネスの中心になる。チェイニーが真のアメリカ単独覇権主義者なら、ハリバートンのドバイ移転は許さないだろうが、私が考えているように単独覇権主義のふりをした隠れ多極主義者だとしたら、むしろドバイへの移転を現経営陣に勧めるだろう。すでにハリバートンは一昨年、子会社を通じてイランのガス田開発を受注していることが発覚し、米議会などで批判されていた。(関連記事その1その2

 もう一つ中東関係で言うと、石油利権の非米化は、イスラエルにとって致命的な問題になる。前回の記事に書いたように、石油利権は旧シスターズの時代から親アラブ・反イスラエル的なところがあったが、新シスターズはその傾向がさらに強く、イスラエルの味方をしてくれる国は一つもない。イランはイスラエル敵視を公言し、サウジとマレーシア、ロシア、ベネズエラは、公言こそしないが同じ気持ちだろう。

 その一方で、世界有数の石油埋蔵量を持つイラクは、いずれアメリカの占領が終わったら、その後はイランやサウジアラビアの協力を得て油田の開発を再開し、イラクの国営石油会社が新シスターズの仲間入りする公算が大きい。そのような展開を好まないイスラエル系の勢力は、クルド人の独立を支援し、イラクを分割しようとしている。米軍が撤退する前に、石油新法によって欧米企業にイラクの石油利権を分配しようとする動きもある。(関連記事

 これまで米英が握っていた利権が、反米的な国々に移転している状況は、石油ガスだけに限らない。良く似たことが、軍事産業でも起きている。米議会の調査機関(Congressional Research Service)によると、2004年から05年にかけて、世界の武器販売に占めるアメリカの割合は35%から20%に落ちた半面、ロシアの割合は20%から25%近くへと増え、アメリカをしのぐ武器輸出国になった。(関連記事

 ロシアのほか、フランスもアメリカ以上の武器輸出国になったが、同時にフランスは、自国の裏庭と考えてきたアフリカで、中国が武器を売りまくっていると文句を言っている。欧米の一員であるフランスは「人権侵害」などを口実に米英が敵視する国々には武器を売りにくいが、中国は米英の覇権を無視し、アフリカ諸国に武器や日用品を売り、代わりに石油開発の権利を得ている。(関連記事

 中国はイランやパキスタンにも武器を売っているが、同時に中国はロシアから多くの武器を買っている。ロシアはベネズエラなど、以前はアメリカの裏庭だった中南米諸国にもさかんに武器を売っている。ロシア、中国、イラン、ベネズエラなど、石油ガスの業界で新シスターズとして登場する国々は、武器の業界でも相互に連携して、欧米の優位を崩している。(関連記事

 その一方でアメリカの軍事産業は、ブッシュ政権がイラク戦争で予算を浪費した反動で、戦闘機やミサイル防衛など、最新兵器の開発費を減らされて困窮している。ハイテク兵器を重視した「米軍再編」は、最終的には「軍事バブル」として失敗に終わる可能性が大きくなっている。(関連記事

▼内向きになる日本

 世界の石油ガスの利権が反米的な諸国に移転しつつあることは、日本ではまだ知覚されていない。確実な出来事しか報じない日本のマスコミは、信憑性の確認がとれないこの手の巨大なダイナミズムの話は無視する傾向が強い。

 日本は、石油輸入を旧シスターズに頼っている。かつて1970−80年代には、日本でも国営石油会社を作って自前で発展途上国の油田を開発し、世界の石油利権の一部を獲得しようとする構想が検討された。だが日本政府内では「世界の石油利権は米英のものだから、日本が勝手なことをしたらアメリカからどんな制裁を受けるか分からない」という意見が強く、このままセブンシスターズ経由で石油を買い続けた方が安全だということになった。

 それ以来、現在まで、対米従属一本槍の日本の姿勢は変わっていない。だが今後、新旧シスターズの入れ替わりはしだいに明確になると予測されるから、いずれ日本は、新シスターズから石油を買う旧シスターズから孫受け的に石油を売ってもらう状況に陥る。日本はアラブとの関係は悪くないので、サウジアラビアは今後も日本に石油を売ってくれるだろうが、日本は、対米従属を重視するあまり昨年イランとの油田開発の関係を切ってしまったし、ロシアとの関係も良くないままだ。北方領土を2島返還であきらめない限り、ロシアからの石油ガスの大量輸入は考えにくい。

 今の多くの日本人の心境は「中国やロシアに頭を下げるぐらいなら、むしろ馬鹿高い値段を払って旧シスターズから石油を買い続ける方がましだ」という内向きなものだろう。世論がそんな感じだから政府も萎縮気味で、日本は自ら国際関係を最小限にする「再鎖国」の状況になっている。唯一絶対の「お上」だったアメリカも、北朝鮮を許したり、従軍慰安婦問題で日本をたたいたりして、日本を見捨てようとしている感じが強まっている。

 エネルギーをめぐる国際競争の中で、日本はカードを全く持っていないわけではない。たとえば「原子力」がその一枚である。すでに述べたように、新旧シスターズの交代に対抗して地球温暖化問題が扇動され、欧米では再び原子力発電所の建設構想が出ているが、日本は今、原子力発電の技術では世界一である。三菱重工、日立、東芝が強いほか、アメリカの原子力大手のウェスティングハウスは東芝の傘下にある。

 三菱重工は最近、アメリカ・テキサス州の電力会社TXUから原発建設を受注した。日本企業が海外で原発建設の主幹事を受注するのは、これが初めてである。TXUは、二酸化炭素排出が多い石炭火力発電所の建設をやめて、代わりに原発を作ることにした。すでに日立は昨年、米原子力大手のGEと共同で、テキサス州の別の原発建設を受注している。中国を中心としたアジア諸国でも、日本政府の外交姿勢いかんでは、日本勢は原発をもっと受注できる。(関連記事

 アメリカだけが強かった時代が終わり、世界が多極化しつつあることは、しだいに人々の実感になっているが、多極的な世界の中で日本がどう生きていくかという議論は、まだ日本では始まっていない。「アジアから敵視され、アメリカにも見捨てられ、もうおしまいだ」という自暴自棄の内向きな態度が見えるばかりである。「特攻隊」をやった後に「無条件降伏」した短絡的な粘りのない日本人の発想が、今も根強いと感じる。日本人の多くが冷静に考えた結果として内向きを好むのなら、それが結論でも良いが、少なくとも、他にどのような選択肢があり得るかを十分考えてから決めた方が良い。



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