![]() |
日経バイト 2005年1月号,71ページより |
![]() |
図●三つの基本要素 計算機や機械を使わない場合の使い勝手を原点0とすると,違和感なく当たり前に使える(1)のインタフェースは原点0を維持するもの。(2)の安心できるインタフェースは,マイナスとなる不安要因を取り除くためのものだ。(3)のわくわく感は,原点0をプラスにするインタフェースである。 |
違和感なく当たり前に使える
では,エンドユーザーに使いやすい,使いたいと思わせるヒューマン・インタフェースとはどのようなものなのでしょうか。総務省の調査研究会「ネットワークヒューマンインタフェース」の報告書にもまとめられていますが,ヒューマン・インタフェースの基本要素は三つあります3)。(1)当たり前感,(2)安心感,(3)わくわく感です。
(1)の当たり前感は,自然に違和感なく使いこなせるかどうかです。かつて鉛筆と紙で当たり前にできていた文書作成作業が,計算機を使うようになったら当たり前にできなくなったということでは困ります。日常生活で当たり前にできていることを原点0とすると,計算機やネットワークを使っても同じく当たり前にできる,つまり原点0を維持することが大切です(図[拡大表示])。これは,ヒューマン・インタフェースの基本です。当初,私が目指したヒューマン・インタフェースもこの当たり前感を実現するためのものでした。最近では,「small usability」と呼ばれたりします4)。
当たり前なヒューマン・インタフェースの実現はとても重要です。これが実現できなかったときには,日常生活で原点0のものが,計算機やネットワークを使うとマイナスになるということです。この場合は非難轟々です。例えば,前述したネットワークの混雑ゆえに応答時間が遅くなるという問題があります。スポンサ・ユーザーに,ネットワークの充実など当たり前感の維持にかかるコストの重要性を説明しても,受け入れられないことがあるのです。そのようなとき,応答速度への不満がエンドユーザーから来ると,スポンサ・ユーザーから責められるのはヒューマン・インタフェース屋になったりします。
だからといって,当たり前なヒューマン・インタフェースを実現したとしてもその効果をなかなか認めてもらえないのが残念なところです。実際に製品を使うエンドユーザーに,使いやすさを認めていただけることは少なからずあります。しかしそこにかかったコストをスポンサ・ユーザーに認めていただくことはなかなか難しいのです。日常生活で原点0のものが,計算機やネットワークを使っても原点0のままでは,明確な付加価値がないからです。ゆえに,当たり前なヒューマン・インタフェースが実現でき,製品が売れても,なかなかその価値を分かってもらえません。ヒューマン・インタフェース屋は縁の下の力持ちとなって終わります。
抵抗感や不安感を取り除く
(2)の安心なヒューマン・インタフェースとは,抵抗感や不安感など,マイナス要因を払拭して0にするものです。最近問題になっている個人情報漏洩や,携帯電話から発生する電磁波が人体に与える影響などは人に不安を与えます。また,RFIDタグなどによって知らないうちに購買情報が管理されている状況に抵抗感を覚える人も少なくありません。情報だけでなくモノも電子的に管理されていると,便利な反面,いつでも管理されていることによる不安感があります。自分は計算機やネットワークが嫌いだと言っても,その人の意思とは関係なく,送った郵便小包や宅配便がネットワークを介していつでも追跡できるようになっています。
情報通信ネットワークに束縛されているというこのようなマイナス要因を排除し,不安を感じない原点0に戻すのが安心なヒューマン・インタフェースなのです。(1)とは違って,スポンサ・ユーザーはマイナスを0にするためにかかるコストの必要性を認めてくれます。しかしマイナスの絶対値は,社会的背景などで変動します。
目指すはわくわくするインタフェース
(3)のわくわくするヒューマン・インタフェースは,携帯電話を思い浮かべれば理解できるでしょう。今では親指でキーをたたいて文字を入力し,携帯電話からメールを送ることは当たり前になっています。しかしあのような不便な入力方法,つまり当たり前でないヒューマン・インタフェースが,世の中に受け入れられるなんて…。これを予想できたヒューマン・インタフェース屋はいないといっても過言ではないでしょう。
そうした人はみな,原点0を原点0にするヒューマン・インタフェースに目が向いていました。コミュニケーション自身を楽しむ,わくわくするインタフェースの存在に,正直気がついていなかったのです。これが,ユーザビリティ研究のパイオニアとして知られるJacob Nielsenの言う「big usability」です4)。
わくわくするヒューマン・インタフェースは,原点0をプラスにするためのものです。ですから,実は上限がありません。この場合,スポンサ・ユーザーとエンドユーザーは同一人物です。自分自身の楽しみのために,投資をすることが大きな特徴です。
日本が世界に誇るゲームや携帯電話は,実はみなわくわくさせる要素を持っていたわけです。そのわくわくさせる要素が,技術者がターゲット・ユーザーとして想定していなかったユーザーの興味を誘いました。さらにそうしたエンドユーザーたちが新しい使い方を生み出し,メガヒットにつながっていったわけです。
ヒューマン・インタフェース屋が目指すのは,実はこのわくわくするインタフェースなのです。
3)総務省ネットワーク・ヒューマン・インタフェース研究会,「人とネットの“ほっと”な関係」,http://www.soumu.go.jp/s-news/2002/pdf/020730_8a.pdf,2002. 4)仙石誠,「UI変曲点」,『日経バイト』,2004年5月号,no.252,p16,2004. 土井 美和子 Miwako Doi 東芝 研究開発センター 専門分野はヒューマン・インタフェース。日本語ワープロ,機械翻訳,電子出版,コンピュータ・グラフィックス,バーチャル・リアリティ,ジェスチャ・インタフェース,道案内サービス,ウェアラブル・コンピュータ,モバイルEC,ネットワーク・ロボットの研究開発に従事。趣味は神輿担ぎとプランタ園芸。今年は市の畑でとうもろこしや大根などに挑戦している。 「日経バイト」は,情報技術の最先端に焦点を当てた雑誌です。コンピューティングやネットワーキングの明日を考える上で欠かせない情報を提供しています。ただいま「日経バイト」の無料試読キャンペーンを実施中です。詳しくはこちらをご覧ください。 |