アルゴリズムの暴走からいかに“市場”を守れるか

人は多かれ少なかれ、おかねに対して特別な感情を抱いている。だからその使い方には、実はその人の人間性が色濃くにじみ出てしまう。そんな、何げないおかねの使い方に潜む人間の意思・選択・行動の特性を先端科学の見知からひもとくと、従来とは違う新しい経済理論が見えてくる。日本科学未来館の協力のもと、雑誌『WIRED』VOL.7に掲載された「先端科学×おかね=新しい経済学」特集。現在開催中の『波瀾万丈! おかね道─あなたをうつし出す10の実験』を盛り上げるべく特集記事を全文掲載。第2弾は経済物理学。
アルゴリズムの暴走からいかに“市場”を守れるか
ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャーの高安秀樹。「為替市場におけるコンピューター同士の戦いは、もはや人間の手に負えなくなりつつあります。そのメカニズムを解明し、事前にアラートを鳴らすようなシステムをつくらないと、またリーマンショックのときのような連鎖的大混乱が起きる可能性があるんです」。

ソニーコンピュータサイエンス研究所の高安秀樹。彼の専門分野は経済物理学である。聞き慣れない言葉だが、いったいどのような学問なのだろうか?

高安秀樹(以下:高安) ぼくは元々フラクタルの研究をしていたんです。フラクタルって非常に広い概念なので、いろいろなことに使えるのですが、あるときブノワ・マンデルブロ(フラクタルの提唱者)から、「フラクタルを思いついたきっかけは、価格の変動だった」という話を聞いてハッとしたんです。彼は200年前からの綿の市場データを調べている際に、その動きが、小さいグラフを見ても大きいグラフを見ても、同じような「ベキ分布」に従っていることを見つけ、それがフラクタル次元という考えにつながっていったのだそうです。それを聞いてぼくも、経済という大本をやらないといけないな、と思ったんです。

フラクタルとは?
フラクタルとは、部分と全体が自己相似している図形のこと。例として、リアス式海岸やロマネスコがよく挙げられる。ブラウン運動は、浮遊する微粒子がランダムに動く現象のこと。その動きのメカニズムと金融市場の変動の特性が似ていることが発見されている。幾何学や物理学の法則を経済学に当てはめてみることで見えてくることは、まだまだありそうだ。

WIRED(以下:W) 「ベキ分布」というのは、「ロングテール」にもつながる考え方ですね。高安さんご自身は、経済に対してどのようなアプローチで迫られたのでしょうか。

高安 経済学者というのは、「人間は合理的に考え先読みして動くはずだから、価格は安定する」と考えます。でも、現実の市場価格は安定などしていませんよね。

そこで、経済学でうまく説明できない変動を物理的な視点から考えてみることで、説明してみようと思いました。具体的には、ディーラーモデルというものをつくったんです。

市場で売り買いをする人は、できるだけ安く買って高く売りたいわけですよね。でも、みんなと全然違う価格をつけていたら、いつまでたっても取引はできません。ある程度妥協して市場についていかないと、そもそも参加する機会すら得られないわけです。そういった最低限の条件を絞り込んで、コンピューターの中にモデルをつくっていったんです。そしてそこに、数えられるくらいの数の仮想敵を用意してシミュレーションすると、見事に価格がガタガタ揺れて、現実の市場に似たかたちになりました。それが20年前くらいのことです。

W まだ、経済物理学という言葉すらないころですね。

高安 そうですね、経済物理という分野ができるのはもっとあとですから。この分野では最も早い部類の研究だったと思います。

為替市場は崩壊寸前!?

W 現在は、主にどのような研究に注力しているのでしょうか。

高安 いまの市場って、コンピューターによる自動売買がものすごく進んでしまっているんです。為替市場でも、90%以上が自動売買、つまりコンピューターのプログラム同士の勝負になってしまっているんです。元々そういう状況は想定されていなかったので、時々、変な動きが出てしまうんですよ。例えば「フラッシュクラッシュ」といって、ほんの数分や数十分の間にありえないぐらい価格が動いて、また戻ったりするとか、いろいろ危ない兆候が見えているんです。あとは、もし仮にプログラムミスしたアルゴリズムが入ってきて、どんなに損でも買い進めていってしまったとき、止める手立てがないんです。株式市場だと値幅制限がありますが、為替にはありませんから。例えば1ドル100円くらいだとしてもほんの数十分の間に50円になってしまうことが起こりうる状態なんです。そういう状況を、なんとかしたいなと思っています。

W 想像以上に危機的ですね……。具体的にはどういった対策を?

高安 ひとつには、いまある細かなデータを分析して、少なくとも人間がやっていたころとどう変わってきたのか、どういう方向へ向かっているのかを調べることですね。為替を解析するために入手できるデータは、最も細かくて0.1秒刻みなのですが、普通の経済学者は、そんなデータには興味をもちません。こういったデータを見ているのは例えばヘッジファンドの人たちですが、彼らは儲けるほうに目が行っていますから、もし仮に市場を安定させるノウハウを見つけたとしても公開しないでしょうしね。

W 大発見があってもみんなの共有知識にはならないということですね……。

高安 でも物理の歴史を振り返ってみると、例えば熱機関が発明された直後は、みんな永久機関をつくろうと必死になっていましたが、そのうちエネルギー保存だとかエントロピーの増大だとか、基本的な物理法則が抑えられてくると、その熱も収まっていくんです。いまも、それに近い状態ではないかと思います。

W 最後に、経済物理学の側面から見ると、人間というのは、おかねに対してどのような特性をもっているように見えますか?

高安 統計的に見ると個性は消えるのですが、ひとつ面白いのはトレンドフォローといって、価格がある程度同じ方向に動くと、それについていこうとする傾向がありますね。これは物質にはない特性で、これがバブルや大暴落の引き金になるんですよ。

波瀾万丈! おかね道─あなたをうつし出す10の実験
日本科学未来館1階 企画展示ゾーンaにて開催中
(6月24日まで)
10:00~17:00(入館は閉館30分前まで)
火休(祝日と春休み期間中は開館)
入場料:一般 大人¥1,000、18歳以下¥300/団体 大人¥800、18歳以下¥240


<strong>雑誌『WIRED』VOL.7</strong>

[年4回発行の雑誌『WIRED』通算7号目。特集は「未来の会社」と題し、これからの「働く」を考える。そのほか、「エル・ブリ」の天才料理人フェラン・アドリアがつくる味の先端科学ラボや、IT界の狂犬ジョン・マカフィーの殺人容疑の全真相、GoogleとFacebookによる「検索」における次なる挑戦など、読み応えのある記事が盛りだくさん。](http://amazon.jp/o/ASIN/B00B7DKYFA/condenetjp-22)


TEXT BY WIRED.jp_C

PHOTOGRAPH BY YURI MANABE

SPECIAL THANKS TO MIRAIKAN