日本のクリエイティヴは「製造業」たりえるか?:『シドニアの騎士』にみるCGスタジオの起死回生

『トランスフォーマー プライム』『スター・ウォーズ:クローン・ウォーズ』──。近年、米国のテレビアニメ市場はフルCG作品が目白押しだ。一方で、それらを手掛けているのが実は日本の映像制作スタジオである、という事実をご存知ない方も多いだろう。今年は国内市場でも『シドニアの騎士』で話題をさらうポリゴン・ピクチュアズ。CEOの塩田周三は、独自の視点で「日本のクリエイティヴが生き残る道」を教えてくれる。
日本のクリエイティヴは「製造業」たりえるか?:『シドニアの騎士』にみるCGスタジオの起死回生
PHOTOGRAPHS BY ASSAWSSIN


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『シドニアの騎士』は2カ月前に納品した

王道のSFロボットアクション、舞台は宇宙、敵は怪物──TVアニメ『シドニアの騎士』の評判がいい。いまどきの「萌え」とは無縁なSFコミックのマエストロ・弐瓶勉の乾いた絵柄による原作と、デジタルの質感が絶妙なハーモニーを奏でている。よくぞ「CGによるアニメ化」を選択したものだと感心させられる。

制作を手がけるのは、日本でも古参となるデジタルアニメーションスタジオ「ポリゴン・ピクチュアズ」。その代表取締役CEO・塩田周三が、企画誕生のプロセスを明かしてくれた。

「弊社から講談社さんに企画提案したんです。宇宙船っていう閉鎖空間のお話で、クローンのキャラクターがいっぱいでてくるから、この漫画はCGに向いている。弐瓶さんも凄くノッて頂いて、とんとんと話が進んだ」

『シドニアの騎士』第7話より。/『シドニアの騎士』©弐瓶勉・講談社/東亜重工動画制作局
『シドニアの騎士』第6話より。作品を象徴する名場面、ロボット同士が手を繋いで大編隊を形成する「掌位(しょうい)」。各機が一丸となり巨大な敵・奇居子(ガウナ)に立ち向かう描写は、300名体制で膨大な映像制作に挑むポリゴン・ピクチュアズの戦い方そのものだ。/『シドニアの騎士』©弐瓶勉・講談社/東亜重工動画制作局

だが『シドニアの騎士』を映像化するとなれば、美麗なグラフィックと凄絶なバトルシーンで視聴者を圧倒しなければならない。その点、テレビアニメの「30分・毎週・3カ月で12本放送」という枠組みは、制作現場にとって相当にストレスフルなはずだ。まず物量が多い。アニメ業界では「放送日の当日朝に納品した」などという、青息吐息の武勇伝を耳にすることもしばしばある。同業者たちはシドニアのクオリティが破綻しないか、鵜の目鷹の目で見守っていることだろう。そう問いかけると、塩田は苦笑する。

「『シドニアの騎士』は、放送が始まる2カ月前に納品したんです。『完成した映像をみながら音響の作業ができるのでスゲェ』なんていう、細やかな喜びの声を耳にするわけなんですけど(笑)。ぼくらは海外の仕事を長らくしていましたから、至極当たり前のことを当たり前にやって喜ばれていることが新鮮に感じるし、実際嬉しいんですが。ちょっと待てよ、次元が違うやろと。当たり前のことで褒められて喜んでちゃいかん、という思いがある」

ポリゴン・ピクチュアズは300名を擁し、日本国内では珍しい完全分業体制を完備するCG大量生産のトップランナーだ。扱う商品は映像だが、一般的な製造業で製品を生み出すプロセスとなんら変わらないようにしたい、と塩田は語る。

「クリエイティヴの業界って、ほかの業界で当たり前に行われていることが、きちんとできていないんですよ。でもわれわれはクリエイターが結婚して、子どもをもち、家をもつという普通の生活設計ができるようにしたい。生業として、ちゃんとやりたいんです。だからアニメづくりも製造業としてとらまえる。理知的に、体系的にマネジメントしていく。そうすることで、職業としてのクリエイティヴが日本に正しく根付いてくれるだろうと信じている」

高い生産性を武器に、地に足の着いた事業を思い描く塩田。だが、これまでの道程は決して堅調とはいえない。社長に就任した03年当時、日本国内のCGアニメーション市場は規模の小さなものに限られた。「大量生産」のニーズはどこにも存在しなかったのだ。

一度抱えてしまった大量の人材と機材、整えた量産体制。それが強みと信じる塩田は、長尺の作品にターゲットを絞った営業を続けた。

塩田周三 | SHUZO JOHN SHIOTA
上智大学法学部国際関係法学科卒業。1991年、新日本製鐡株式會社入社。1997年、ドリーム・ピクチュアズ・スタジオ立ち上げに参画後、1999年ポリゴン・ピクチュアズ入社。2003年に代表取締役に就任し、海外マーケット開拓に注力。TVシリーズ制作や海外市場をターゲットにしたコンテンツ企画開発を実現する。一方で、Prix Ars Electronica(オーストリア)、SIGGRAPH(米)などの国内外映像祭の審査員を歴任し、2008年には、米国アニメーション専門誌 Animation Magazineが選ぶ「25Toon Titans of Asia(アジア・アニメーション業界の25傑)」の1人に選定された。米国育ち、趣味はバンド活動。http://www.ppi.co.jp/

キャラクター版権ビジネスとして成功を収めた『イワトビペンギン ロッキーXホッパー』だが、テレビアニメ化は叶わなかった/『イワトビペンギン ロッキーXホッパー』©POLYGON PICTURES

ゼロ年代初頭の映像業界といえばCGは間違いなく台風の目。ところが、CGアニメだけで尺の長い作品を造る企画はなかなか日の目を見ない。ポリゴン・ピクチュアズはオリジナル作品で雇用を支えられず、請負仕事による長期戦を強いられた。

「本当に仕事がなかったんで、なんでもかんでもやるしかなくて…。うちはキャラクターアニメーションが得意なのに、実写ヒーローもののVFX(画像合成やエフェクト処理)とかも引き受けたり。だけど経験が少ないから手際が悪い。その癖、単価の高い仕事だけ回してくれって頼んだりするから、自然に声がかからなくなる(笑)」

映像業界で比較的単価が高い仕事といえば、CMと相場は決まっている。だが塩田らは広告業界にも希望を見出せなかった。15秒程度の短い映像制作では、自社のワークフローが活かせない。しかも短い尺を得意とする、少数精鋭のCGクリエイター集団が台頭し始めた。ソフトウェアとパソコンの低価格化が追い風となり、メディアはこぞって「一人プロダクションの時代が到来した」と騒いだ。

「うちには当時80名ぐらいいたんですけど、そんなに人数抱えてどうすんのって、よく言われましたよ。いらなくなるんじゃないですかって。でも結局、天才って次から次へと現れるわけじゃないし、少人数だと映像の尺が長くできないから、大きな産業には発展しないわけですよ。より継続的にプロダクトが供給されなければ、マーケットにはならない。マーケットができなければ雇用なんて守れない」

日本特有の業界事情もある。01年に公開された劇場用フルCGアニメ映画『ファイナルファンタジー』の商業的な失敗が向かい風となり、「アニメといえば手描き、CG憎し」といった風潮が深く根を下ろしていた。フルCGアニメの企画に対する投機筋の反応は芳しくない。そんな流れから、塩田の目は必然的に海外へと向けられていく。特に北米ではCGアニメの台頭が著しく、映画やテレビといった長尺物の市場も盛況といえた。

「ポリゴン・ピクチュアズの差別化要素って、高度なワークフローとそれを支えるパイプライン(データの流れを制御するシステムインフラ)なんです。でも日本には大規模ラインを必要とする仕事がない。だったらアメリカへ行って、仕事をつくるしかない」

だが北米市場に売り込みをかけるということは、ハリウッドの名だたるCGスタジオと比較されるということだ。海を越えて無名のスタジオが信頼を勝ち取るため、塩田らは泥臭い闘いを強いられた。まずは「無償」で数々のテストを請負う。いわゆるお試し。それをしぶとく繰り返す。一方、国内では資金繰りに奔走。投資家たちに頭を下げる日々が続く。危機的状況のまま、気がつけば5年が経っていた。

『くまのプーさん』が跳ねて『トランスフォーマー』に変身した

北米市場で地道な努力を続ける塩田は、テレビアニメが突破口になると予見していた。

「さすがに映画は難しかろうと。ただ、テレビなら入りこむ余地がある。本数が多くて物量が半端ない上に、予算も厳しい。ピクサーみたいなハイエンドのスタジオはコストが見合わないので手を出しづらい。対抗馬が少ないんですわ。だからディズニーやカートゥーンネットワーク、ニコロデオン等にコネクションをつくり始めた。小さい仕事をこなすうちに評価も高くなって、5年後にようやく本格的なテレビシリーズが受注できた」

あのディズニーから依頼を受けた出世作『プーさんといっしょ』の成功により、ポリゴン・ピクチュアズはコスト・納期・品質すべての面において、世界市場の最強プレーヤーから圧倒的な信頼を勝ち取る。そのプーさんが見事に「跳ね」て、次の作品に繋がった。

「アメリカの映像業界って人材が流動的なんです。『プーさんといっしょ』で一緒に仕事をした監督がディズニーをやめて、ハズブロ・スタジオ(大手玩具メーカー・ハズブロの系列会社で、トランスフォーマーのアニメシリーズをてがける)に移籍した。そのおかげで『トランスフォーマー プライム』が実現する。一方でディズニーからは『トロン:ライジング』の依頼があり…という、いい流れが生まれた」

大型受注によりラインがフル稼働する中、従業員も増やし、マレーシアのスタジオと合弁会社を設立するなど量産体制をさらに強化した。こうして力をつけたポリゴン・ピクチュアズの、日本凱旋公演が『シドニアの騎士』というわけである。ターゲットを見据えた上での、5年に及ぶブレない営業努力。一点突破で成し遂げた起死回生。並大抵の事ではありませんね──そう感心してみせると、塩田は苦笑する。

「ブレようがなかった、っていうのもありますけど(笑)」

日本の業界では希少な「量産型クリエイティヴ集団」が海を越えた。その雄々しい後ろ姿は、われわれにさまざまなヒントを与えてくれる。

人気キャラクター「くまのプーさん」をCGアニメ化したテレビ作品『プーさんといっしょ』。1本あたり22分、合計68本の大型受注だった。/『プーさんといっしょ』© Disney
『トランスフォーマー プライム』はエミー賞のアニメ部門で最優秀賞を受賞。続く『トロン:ライジング』『スター・ウォーズ:クローン・ウォーズ』も数々の賞に輝いた。/『トランスフォーマー プライム』© 2014 Hub Television Networks, LLC. All Rights Reserved.
太陽系滅亡から1000年——人類の命運を賭けて航行する播種船シドニアの姿は、日本を飛び出して新天地を求めたポリゴン・ピクチュアズと重なる。/『シドニアの騎士』©弐瓶勉・講談社/東亜重工動画制作局

海外とのコラボレーションでは、物理的な距離が最大の障害となる。通訳スタッフの拡充によって言語の問題は吸収できても、時差は吸収しきれない。アメリカと日本での同時作業──たとえば電話会議を繰り返すことが、深夜業の増加につながる。それはビハインドといえないのか? そう尋ねると、塩田からは意外な答えが返ってきた。やりとりは電子メールが基本。完成した動画を海外に送り、チェックしてもらい、コメントが文字列として返ってくる。半日程度のタイムラグはさほど問題にならない。「問題になってはいけないのだ」という。

「リアルタイムな議論に左右されていたら、大量生産なんてできません。膨大な映像をつくるわけだから、いちいち『これ何やったっけ』とか聞いてるようでは、絶対間に合わないんです」

だから、あらかじめ完成品のイメージを固めておくプロセスを重視している。いわゆるプレビズ(プレビジュアライゼーション=やや低いクオリティで仮のCGを作成し、アングルやタイミングなどを検討する作業)である。

「ラインに流れていくと何十人が関わるから、そこでああだこうだ、違う違わないみたいなことをやると一番コストがかかる。でもプレビズで関わる人間は圧倒的に少ない。だからラインに乗せる前に最終成果物のアイデアをしっかり練る。クリエイティヴな要素をきっちり決め込んで、それから一気に流し込もうということですね」

日本の小規模なクリエイティヴは「阿吽の呼吸」が前提になっているという。だが大規模になり人が増えるほど価値観は多様化する。イメージの共有に困難を伴う。ポリゴン・ピクチュアズではプレビズを充実させるべく、ゲーム開発用の美麗なリアルタイムCGツールの導入も検討中だ。「改善」に次ぐ「改善」──彼らが量産体制を支えるマインドは、まさしく製造業そのものである。

「先日うちの社員が、電機メーカーの制作管理体制を見学しに行ったんです。月に700個も改善のアイデアが出るらしいんですよ。それを15年も続けてるっていう…半端ないですよね。われわれはその足下にも及ばないけれども、日本の製造業が歩んできた改善のプロセスはアニメーションの現場でも可能だと思うし、もっともっと推し進めていきたい」

塩田はときおり異業種を例にあげ、「引用」しつつ経営を語る。過去の事例をくまなく探ろうとする。

「自動車メーカーのフォードも、最初は一品一品を少人数でつくっていた。いわゆる工房だった。でも大量生産という局面にぶつかって、だからこなすためのアイデアがたくさん生まれて…そう考えると、日本の映像業界はあいかわらず工房どまりだから、腕のいい人が少人数で、阿吽の呼吸でこなすスタイルが主流。もっと大きな作品を継続的に作るという覚悟を持てば、違った発想が生まれてくるはずです」

特注品を生み出す芸術家の”工房”から脱皮して、大量生産により市場を支える産業人の”工場”へ──。従業員の採用方針にも、独自のポリシーが貫かれている。

「学生を採用する場合、何かひとつの技能においてはプロの領域に肉薄しているけれど、ほかはイマイチ。そういう人材でも採るわけですが、但し、1人で完結できないわけですから徒党を組んで仕事ができることが前提。自分の思っていること、感じていることをしっかりコミュニケーションできないと一緒には働けない。いわゆる芸術家タイプより、みんなといるのが楽しいというタイプのほうが馴染むんです」

求められる姿──集団の中で力を発揮する個。その資質には、違った意味で「引用」のセンスが不可欠だと塩田はいう。

「クリエイターが寄り集まって、まだ姿形のないものをつくろうとした時、唯一共有できるのは過去の作品の引用しかないんですよ。あの映画のあのシーンとか、あの画家のあの絵だとか…そういった共通の記憶を取り出して、合意形成を図るわけじゃないですか。そのために引き出しをたくさん用意する。どういうキーワードを身につけ、如何に速く見つけ出して、その上に自分の付加価値を乗せて成果物とするか……それがクリエイティヴィティだと思います」

引用のバリエーションは、クリエイターの能力そのもの。大量生産ラインを支える「潤滑油」というわけである。

24インチの液晶ペンタブレットを席に据え置く森山佑樹。『シドニアの騎士』でキャラクターデザインを手掛ける彼は、「原作者である弐瓶勉先生との打ち合わせが凄く楽しい」と率直に語る。
北米で勝ち取った大型受注を契機にポリゴン・ピクチュアズは経営危機を脱し、世界で5指に入るテレビアニメCGスタジオへと成長した。

異業種の事例を真摯に学び、映像業界の体質改善を説く塩田だが、一方で日本のお家芸たる「ものづくり」の現状に不満も感じている。

「勝てなくなってきているでしょう? ぶっとんだ発想とか、”Out of the box”(規定外)的な動きが足りない。いわゆるクリエイティビティが欠如している」

かつて1990年代、日本の製造業には兆しがあった。大手電機メーカーがハリウッドの映画会社を買収するなど、ソフトウェア産業を抱き込む動きを加速させた。しかし、それは単なる投資合戦に終わる。トラブル続きで売却されたケースもあった。日本のものづくりが「クリエイティヴの感性を引用する」という、ドラスティックな変化はみられなかった。

「結局、日本ではソフトとハードが分離しちゃってるんですよ。クリエイティヴ系の職種って『人種が違う』と差別される傾向がある。クリエイターはクリエイターで、特別扱いしてほしいと思っている。クレージーな振る舞いをしても許される、みたいな…だから物づくりのメインストリームから締め出されてしまう」

クリエイティヴを製造業にまで高めることができれば、別のゴールが見えてくると塩田は語る。異端の扱いから脱却し、真っ当な雇用を生む職種として認められた、その先に。ものづくりの現場に加勢する、という未来図が。

たとえばポリゴン・ピクチュアズが日本版グーグルグラスをデザインする。そんなチャレンジがあってもいい、ということでしょうか──そう尋ねると塩田は静かにうなずいた。

「ぼくらのような存在が、製造業にクリエイティヴィティをフィードバックすることによって、もう一度日本が強くなれるかもしれない。最終的にはそういう目線で活動が実を結べば…日本の役にたてればいいな、と考えています」

それはまさしく、クリエイターが異業種から「引用される」存在になるということだろう。

量産型クリエイティヴの実践。産業人としての精進。高い目標を掲げ、大規模な雇用を維持するポリゴン・ピクチュアズ。彼らは緻密に連携する。集団の力を信じている。だからこそ価値観の違いや経験値の差を超える努力を惜しまない。時には業種を、あるいは国境すら飛び越えようと歯を食いしばる。そして改善。常に他者から何かを学ぼう、成長しようとする姿勢。

あらゆる場面において引用こそが源泉。引用は武器だ。そう語る経営者の視線は、やがて自分たちが「引用される」という未来を見据え、待ち望んでいる。


「CREATIVE HACK AWARD 2017」受賞作品、決定!

[応募総数437作品の中から受賞作品が決定!グランプリに輝いた作品は、なにを、なぜ、いかにハックしたのか。受賞作品はこちらから。](https://hack.wired.jp/ja/winners/)


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