今年10月、ロザンヌ・ソマーソンがロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(RISD)の第17代学長に就任した。彼女は高く評価される家具デザイナーであり、教育者だ。米政府の独立アート機関ナショナル・エンドーメント・フォー・ジ・アーツから2つのフェローシップ(特別研究員の地位)を得ており、その作品はこれまでに、ルーヴル美術館やスミソニアン・アメリカン・アート美術館、イェール大学アートギャラリー、ボストン美術館、そしてRISD美術館に展示されてきた。
彼女はまた、同大学を率いる最初の卒業生であり、RISDとは強くて長い結びつきをもっている。学生としてここで学んだだけでなく(彼女は1976年に産業デザイン学士を取得した)、そこで産業デザイン教授、ファニチャーデザイン学科の共同創設者兼初代学科長、および暫定副学群長、学群長として働いてきたのだ。
われわれは、今後生じるであろうさまざまなチャレンジに彼女がいかに取り組もうとしているのか、そしてまた、創造性や革新、人間中心デザインという同校の信条にますます没頭するテック業界とRISDの関係について訊いた。
──RISDの卒業生は、これまではデザインとは関係がないと思われてきたテック企業や他のビジネスに、どんなものを提供できるのでしょうか?
当校のアーティストやデザイナーたちがテクノロジー界の人々の理解を手助けできる方法のひとつは、「人間を第一に位置づける」という考えを伝えることです。
彼らは新しいものをデザインしながら、ユーザーエクスペリエンスと、テクノロジーが引き起こす文化的インパクトについて考えることができます。テクノロジーの初期の研究というのはエンジニアやプログラマーたちによって行われますが、彼らは、わたしたちアートやデザイン畑の人と同じように感じたり体験したりすることはないでしょう。アーティストというのは、“高度に開発された(感受性の)扉”をもっているのですから。
エンジニアは自らの仕事においては非常に高い能力を発揮しますが、このような扉はもっていないものです。わたしは将来、ITやソフトウェアエンジニアたちとコラボレーションしつつ、テクノロジーを意義のあるヒューマンエクスペリエンスに転換することができる人々が登場すると考えています。そこには大きな将来性があり、これこそがRISDが得意とすることなのです。
また多くの革新を起こしてきたテクノロジーは、わたしたちと特別な関係をもっています。テクノロジーがわたしたちの生活に組み込まれていくことで、アーティストやデザイナーはこれまでは問えなかった問いを発し、不可能に思える課題を解決する方法を見つけています。そのようなアートデザインとテクノロジーのコラボレーションは、これまで以上に重要になっています。わたしたちは失敗を終点とは考えずに、むしろ道筋、より深く掘り下げて新たな解決策を見つける過程の一部だと考えているのです。
──なぜ、失敗を創造的プロセスの大切な部分だと考えるのでしょうか?
多くの教育ははっきりと決められた結論に、あるいは理想的な到達場所として想定されたものに基づいて構築されています。しかし変化を生み出そうとするときには、この方法ではうまくいきません。わたしたちのアプローチはもっと、「結果はわからない」という考えに基づいています。それはときに、わたしたちをとても不安にさせます。ひどい気分になり、落胆し、恐怖を感じるかもしれません。しかしわたしたちは、学生たちがそうした体験をくぐり抜けて、本当に新しい場所に到達する方法を教えます。わたしはこれこそが、RISDの卒業生たちが世界中でこれほど広く活躍している理由だと思います。
──そのような革新的で破壊的な考え方は、どのように制度化することができるのでしょうか。
学生たちはまさに入学した最初の年から、不可能に思えるような課題を与えられるなかでそのような考え方を学んでいくのです。
例えば、教員のひとりであるデボラ・クーリッジは、彼女の空間ダイナミクススタジオの学生たちに、手を触れずに卵をつまみ上げ、割り、かき混ぜる物体(かつそれは木製でなければならない)をつくるように要求します。それに応えて学生たちは、驚くべき発明品をつくります。解決策は知性にあふれ、非常に多様です。あるものは回転し続ける泡だて器のような機械でした。あるものは身体に取り付けて使うもので、ほとんど舞台パフォーマンスのようでしたね。
ある学生は、この制限に直面しながら革新的なものをつくる能力を身につけることによって、「NeoNurture」と呼ばれる発展途上国のための新生児用保育器をデザインしました。そうした地域にも保育器はあることはあるのですが、人々は必ずしもそれを使うためのトレーニングを受けておらず、また保育器を使い続けるために必要な部品がないこともあります。
ところがその学生は、そうした地域にはオートバイ、自動車、トラックのサプライチェーンがあることに気がつきました。そこで、自動車の部品を使って保育器をつくることにしたんです。ヘッドライトが熱を、車のバッテリーが動力を供給するといった具合です。これはメンテナンスすることで継続的に使うことができ、すでに現地の人々のための使用トレーニングも行われています。この保育器は、「『タイム』誌が選ぶ2010年の発明ベスト50」のひとつに選ばれています。
こうした発明につながるアイデアの種の多くは、RISDでの学生生活の最初の年に生まれています。その発想を実現させるために、学生たちは創造的な問題解決方法をもっともっと複雑な事例に応用する方法を見出していくのです。
──Airbnbの創業者たちもRISDの学生でしたね。
その通りです。ジョー(・ゲビア)とブライアン(・チェスキー)は、彼らの会社をつくることができたのは、本当にデザイン教育のおかげだと言っています。Airbnbのアイデアというは、彼ら自身が宿を見つけられなかったことから始まっています。サンフランシスコである大きな大会があり、すべてのホテルが満室でした。そこで彼らがエアマットレスだけを借してほしいとホテルに提案したところ、それがうまくいきました。そして、他の人たちも同じことを望むだろうと思いついたわけです。
それは、彼らが自分たちで解決した一種のデザイン課題でした。でもより重要だったのは、彼らがその解決方法を、それまで存在しなかったアイデアに転換したことです。Airbnbができるまでには、予想もできなかった多くの障害がありましたが、行き詰まるたびに彼らは会社をより力強いものにする、創造性に富んだ解決策を見つけてきました。そのプロセスはおそらく、事業を始めたという事実よりも重要なものでしょう。
優れたアイデアをもつ人はたくさんいます。しかし、それに加えて挑戦すべき問題の本質をとらえて、それを解決し、よりよいものにする能力を身につけるためにデザイン教育があるのです。それが、デザイン教育が生み出す最も価値のある成果のひとつでしょう。
──将来にむけてカリキュラムをアップデートするなかで、テクノロジーの果たす役割をどのように考えていますか?
学生たちは、テクノロジーを自然の道具のように喜んで受け入れていて、わたしたちはその手助けをしています。例えば、学生たちはこれまでにもコーディングに自然に好奇心をもっていましたが、いまやコーディングは、新入生がとらなければいけないカリキュラムの一部となっています。
学生たちは、テクノロジーをまるで素材のように扱います。多くの場合、彼らはまずテクノロジーが可能にすることについて学び、それから何か別のものに転用します。例えば、3Dプリンターの解像度を変化させたり、その軌道を変えたりして驚くような結果をもたらします。扱っているテクノロジーをまったく新しい分野に持ち出して、その用途を拡張するのです。こうしたことが、これからはもっと多く見られるようになるでしょう。
──イノヴェイションが起こる瞬間というのは、本当にわくわくするものですよね。同時に、そのような瞬間をいかに生み出すかというのはチャレンジングなことでもあります。RISDの学部や学科は以前、それぞれの分野で行なうことに非常に集中していました。しかし、コラボレーションのためには心を開く必要があります。いかにしてオープンになれるかも、ひとつの挑戦だとわたしは考えています。
その通りですね。わたしはRISDのもつ素晴らしい特徴のひとつは、人々が教える方法の多様性と、ここで見られる専門技能の多様性だと考えています。どの学部の教師に対しても、「あなたの教え方をこう変える必要がある」とは言いません。むしろ、学生たちがそういった異なる方法で教わることのできる環境をつくろうとしています。
また校舎の中に、もっと多くの気軽にコミュニケーションのとれるスペースをつくっているところです。学生たちが、ほかの専門分野の仲間が行なっていることを見ること、自分たちの活動をクラスルームの外で話すのはとてもよいことだからです。それはアイデアを発展させるのにとても大切です。わたしたちは、そうした形式ばらない学びが行われる場をもっとつくろうとしているんです。
こうした考えが「Co-Works」という、RISDの新しい分野複合型のデジタル製作スタジオを生み出すことにつながりました。わたしが学群長だったとき、どの学部にも属さない、専門分野の垣根を越えたラボをつくるというアイデアが浮かびました。ガラスアーティストが、家具デザイナーや建築家の仕事を観察できるような場所ですね。それはイノヴェイションのための素晴らしいラボになりました。いまでは多くの発見がそこから生まれているのです。アートとデザインの世界にも調査が必要だということはなかなか知られていないかもしれませんが、彼らは常に伝統的な型を広げるようと、すなわち自分たちが行う事柄の境界線を再定義しようとしているのです。
──あなたは、まだ誰も思いついていないような「未来のシナリオ」を生み出す力を学生を教えようとしていますよね。その哲学を、学長という新しい立場でどのように実践されるつもりでしょうか?
カリキュラムを含め、ここで行うことはすべて、発明やイノヴェイションに関連することでした。まだ存在しないものをつくり出そうという考えは、RISDの自然な傾向なのです。わたしはRISDで学び、現役のアーティストでありデザイナーですから、その考え方を教育にも適用していきたいと思います。
ひとつには、継続的で質の高い教育をもっと広範囲に行っていくことで、より多くの学生とかかわる可能性を考えています。キャンパスマスター(中長期的な大学の経営・運営方針)を完成させたばかりで、ここで何が起こりうるか、周囲のものとどのようにコラボレーションしていくことができるのか考えています。学生たちがもっと多くのアイデアに触れるためにはどうすればいいのか、どんな空間がどのようにカリキュラムを活性化するのか、ということですね。
また、大学の提携先についても考えています。ここの学生たちはただデザインだけに興味をもっているわけではなく、あらゆる分野と連携しています。ある学生はヘルスケアデザインと患者の体験を学ぶために、メイヨー・クリニック(アメリカの総合病院)とコラボレーションしています。わたしたちはつい先日、ロードアイランド選挙委員会とともに「VoteLab」と呼ばれる学会を開催したところで、ロードアイランドの選挙システムをイメージし直し、障がい者の人々にとってより使いやすいように投票用紙をリデザインしました。ほかにも養蜂や気候変動、社会正義について考えている学生もいます。いかにして清潔な水を、それがない場所に届けるかを考えている学生もいます。
人々は、あるアイデアを取り上げて生活に組み込むことができるアーティストの能力に気づき始めています。そしてまた、芸術教育ほどオープンエンドで何にでも応用できるような教育システムはないでしょう。この変化の時代において、さまざまなことに対応することができる汎用性というのは必須の能力です。それは、転換や拡張、反復、そして変化を求めるすべての企業がいま、求めているものなのです。
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TEXT BY SAM LUBELL
PHOTOGRAPH COURTESY OF RISD