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ジブリの仕事のやりかた。
宮崎駿・高畑勲・大塚康生の好奇心。


19
 量の多さが、器の大きさ。

 
「ルパン三世」の旧シリーズにおいて、
作画監督をつとめた大塚康生さんは、
おとなもたのしめるアニメーションを作るため、
「銃や、自動車や、飛行機に至るまで、
 本物らしく、好みを反映したものを描く」
という挑戦をおこない、細部から、
ルパンの世界の実在感を作りあげています。

今日は、その大塚さんに聞く、
「仕事の器の大きさは、仕事量が左右する」
というお話を、おとどけいたします。

アニメーションの世界ならではの職人の話は、
訓練の必要な仕事をする人にとっては、
なるほど、と感じるものだと思います。どうぞ。

ほぼ日 大塚さんの著書やDVDのなかで
印象に残っていることは、
「どうやら、絵のうまさというのは、
 小さいころから
 描いてきた量が左右するようだ」

という内容の言葉なんです。

「うまく描くための近道はなく、
 うまくなりたいなら、たくさん描くことだ」
という若手アニメーターへの
量についての言葉は、絵を描く仕事にかぎらず、
「訓練が必要とされる他の仕事」
にも言えることだと感じました。

大塚さんが、かつて、アニメーターの先輩から、
「石にかじりついてでも、
 人より多く枚数を描くことしか、
 人よりうまくなる方法はない」
と言われた言葉を
実行していた話もおもしろかったし、
勉強法として、
「人のイヤがるカットを
 人より多く描いていた」
という話も、興味深かったんです。

さらに、大塚さんや宮崎駿さんなど、
アニメーターの中でも傑出している人が、
いかに小さい頃から
大量の絵を描いてきたかについての言葉も、
非常に説得力がありました。

「アニメーターになって何年か経ってみると、
 動画を描くのが速い人というのは、
 結局、上達も早い、という
 漠然とした
 『公式』があることを発見しました。

 さかのぼっていえば、
 その人がアニメーターをはじめる前に、
 どんな絵をどのくらい多く描いたかが
 問われます」

動画を『速く』描くコツは、
 宮崎駿さんにいわせると、
 『鉛筆を動かす時速の差』
 『速く描こうという意志の問題』

 ということになりますが、
 それだけでは初心者は戸惑ってしまいます。
 では、それを体得するにはとなると、
 ここでも可能な限り
 『速く』描く練習とか、
 量を描く訓練によってしか
 到達できないことを知っておいてください」

大塚さんの著書
『作画汗まみれ』(徳間書店刊)に
書かれていたこういった言葉も
あわせて読むと、

「うまくなるには、
 たくさん描かなければならない」

「たくさん描くためには
 速く描かなければならない」

というリアリティが伝わってきたのです。
絵が上達する過程について、
大塚さんは、今、
どんなことを考えていらっしゃいますか?
大塚 「たくさん描くとうまくなる」
というような話は、
言うのは簡単だけど、
実際に真似するのは
たいへんなことでしょう。

たとえば、
『ルパン三世 カリオストロの城』では、
ぼくは人の倍以上
描かなければいけない状態で
やっていたけど、
肉体を酷使する度合いというのは、
もう、「たいへん」なんてものでは
なかったですね……。

絵がじょうずになるというのは、
直線のように技術が増していく、
というものではないんです。
一定のところまでいくと、
絵のうまさは止まって線が横ばいになる。

だけど、さらに進んで
ある日気がついてみると発見があって、
急にフッと能力があがっているんです。

おそらく、絵描きとしては、
三〇歳から四〇歳のあいだが、
いちばん能力を発揮できると思います。

それから先には、ちょっと
エネルギー的に無理をきたしますからね。

もちろん、絵がうまくなった後にも
マンネリは来るし、
家庭の事情やなんかで
ヘタになることもありえるんですよ。

ピカソも変化しますが、
うまくなったというわけではないですよね。
それと同じように、
ヘンになるというふうに変わる人もいます。

それから、人物ではなくて、
いわゆる背景を描く「美術」の仕事には、
「はじめからうまくてそのまま」
ということがあるんです。
ある到達点が来たらそれまでだし、
それでかまわないのだという──。

宮崎駿さんは、アニメーターとして
うまかった時期の絵と、
演出家であると
思いきった時期からあとの絵とでは、
取り組む姿勢が違いますよね。

演出にまわれば、
絵はツールですから、
『ナウシカ』の頃から、それほど
絵の質は変わっていないと思います。
それはそれでいいんですよね。
ほぼ日 大塚さんが、
職業としてのアニメーションについて
思うことは、どんなことですか?
大塚 今は、フリーターとかいって、
いろんな仕事をやってみたいとか、
いろんな商売やってみたいとかいう
若い人も、けっこういるんですけど、
要するにそういう人たちは
「何が自分に向いてるかっていうのを
 見つける旅」
に出ているわけでしょう。

ただ、何が向いてるのか、
何をやりたいのかっていうのとは別に、
人は何かで
メシを食わなきゃいけませんからね……
趣味だけでは、食えません。

特に、アニメーターというのは、
そういう人が
やっている割合の高い仕事ですよね。

「生まれたときから
 アニメーションを見ているから
 絵が好きだし、
 絵を描くことを商売にして、
 それでメシが食えればいちばんいい」

そういう人が多いんですけど、
なかなか、現場の状況というのは、
そういう人たちに
充分に食わせられるような
状況ではありません。

だけど、志望者というのは、
みんながみんな、
「自分はアニメーションの世界に
 向いている」
と思いこんで来るわけだけど、
ぼくなんかが見ると
「とてもこの世界には
 向いていないけど
 来たがっている人」
が、多すぎてね……。

ジブリなんかだと、
毎年三百人以上が
「アニメーターになりたい」
と言って来ますし、実際に
うまい人もいっぱいいますけど、
それをぜんぶ採ったら、
とてもじゃないけど
会社としてはやっていけません。
どこかで、仕方がないけど
判断をするしかないんです。

しかし、実は面接をしたからって、
その人がほんとにうまいかどうかは
わからないんです。


アニメーションを
毎日作るということは、
絵がうまいというだけではなくて、
人間のまじめさとか
他人との親和力、根性とか、
そういうものが
問われてくるわけでしょう?


根本のところで、
その人が向いているかどうかは、
実際にやってみなければ
わからないんですよ。
だから、そもそもの間口は
そうは広くない世界ですね。
入った後にも、
また競争がはげしいですから……。

今は一時的なフィーバーに湧いていて、
猫も杓子もアニメーションなら
なんでもいいっていうわけで
ありがたがっているけれど、
ぼくは、アニメーションの
ここまでのフィーバーは、
そう長くは続かないと思うんです。

理由のひとつは、大量生産。
量産が過ぎる。

だから消耗品の度合いが強くなって、
テレビアニメーションの
視聴率がさがってきているんです。
視聴率がさがっているのに
DVDが出るという収益を
当てこんで作っているわけです。

世界的に輸出もしていますが、
これはそのうちに、
世界中の人間が飽きますよ。
チャチなものを作っているから、
それほど売れなくなるという
まっとうな時代が、いつか来るでしょう。

作る側をロクに選ばないで、
「昔に流行っていた人だから」とか
「知名度があるから」
ということで選んで、それが
たいした結果を生み出さなくて、
だけど制作費が安いから作りつづける……。

一過性の商売にすぎない
アニメーション作品が多すぎます。
それでも、バブルのときに
大会社が土地を買いつづけたかのように、
アニメーションにお金を投資することに
誰も疑問を抱かないわけですね。

やはり、
かつてのように戻ればいいわけです。
あんまりお金のことは言わないし、
もうかるわけではないし、
そうはたくさん作ることは
できないけれど、
好きだからやっているんだという
作品の時代になれば、
いいものができますよ。

もちろん、今の
アニメーションというのは
人気商売ですし、
世界に輸出できる産業ですし、
たしかに日本人は器用だし
劣悪な労働条件でもはたらきますから、
なかにはいいものがあるでしょう。
裾野が広がっているということは
言えますね。

もちろん、他の商売も
そういうことはあるでしょうし、
特にマスコミなんかは
そうでしょうけど、
流動的な仕事に就きたいという人は、
ちょっと立ちどまって考えてみたほうが
いいのではないか、
というところが
あるのではないでしょうか。

だって、他にもいっぱい
おもしろい仕事はあるんだからね。
ある人は
「アニメーターになりたいと
 言ってはじめたんだけど、
 どうも自分には
 これは向いていないようだ」
ということで、
古墳を掘るアルバイトを
やりはじめたんです。

やってみると、
これが非常に能力があって、
いま、その人は
名古屋のほうの発掘チームの
リーダーになっているんですよ。

いつも太陽の下で仕事をしているから、
日焼けで真っ黒になってましてね、
聞いてみたら、
「自分には、アニメーションより
 こちらのほうがおもしろい」と言うんです。

つまり、どんな仕事をやることが
おもしろいのかって言うと、
やっぱり考え方次第ですからね。
「無理して、向いていない
 仕事をやっても仕方がない」
とぼくは思うんです。
  (明日に、つづきます)

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2004-08-10-TUE


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