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発表・掲載日:2007/11/19

単結晶マンガン酸リチウムのナノワイヤーを作製

-高速で充放電が可能なリチウムイオン電池の低コスト正極として有望-

ポイント

  • 直径50-100ナノメートルのスピネル単結晶マンガン酸リチウム(LiMn2O4)ナノワイヤーの合成に成功した。
  • リチウムイオン電池の正極に使用すると、超高速充放電でも90%の充放電容量が維持できる。
  • コバルトではなくマンガンを使用、低コストで電気自動車用として有望である。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)エネルギー技術研究部門【部門長 大和田野 芳郎】周 豪慎 主任研究員、細野 英司 研究員らは高速充放電できるリチウムイオン電池の正極材料として有望なスピネル単結晶マンガン酸リチウム(LiMn2O4)のナノワイヤーを開発した。

 マンガン酸リチウムのナノワイヤーの直径は50-100ナノメートルのスピネル構造を持つ単結晶で、水熱反応法で得た前駆体を用いて合成した。このナノワイヤーは不織布状に集合しており、凝集しにくく安定である。これを正極に使用したリチウムイオン電池は、50C、100C、200C(1C=100mA/g)という非常に高い充放電率で充・放電しても、通常の低い充放電率(1C)での充・放電容量に対して、それぞれ約90%、85%、70%と高い容量を維持できる。200Cでの充・放電容量は87mAh/gであり、スピネルマンガン酸リチウム粒子を用いた市販の従来品の容量(40mAh/g以下)と比較して、2倍以上に向上した。

 今回開発したナノワイヤーに用いたマンガン酸リチウムは、現行の正極材料のコバルト酸リチウムに比べて安価であり、今後、普及が見込まれる電気自動車に用いる大型のリチウムイオン電池への利用が期待される。

単結晶マンガン酸リチウムナノワイヤーの電子顕微鏡画像
【図】単結晶マンガン酸リチウムナノワイヤーの電子顕微鏡(a:走査型、 b:透過型)写真、得られたナノワイヤーは単結晶であることが分かる。


開発の社会的背景

 近年、化石燃料の消費にともなう二酸化炭素排出量の増加や、原油価格の高騰などが問題になっている。その解決にはクリーンなエネルギーの開発が必要とされており、特に、自動車のエネルギー源をガソリンや軽油から電気エネルギーに転換していくことが有効と考えられている。現在、電気エネルギーを併用するハイブリッド自動車が注目されており、これには蓄電池としてニッケル-水素電池が用いられている。しかしながら、現状のニッケル-水素電池は比較的安価ではあるものの、貯蔵できる電気エネルギーが少なく、特に電気エネルギーだけで動く電気自動車には、より貯蔵量の大きな蓄電池が求められている。

 そこで、貯蔵電気エネルギーが非常に大きいリチウムイオン電池が、電気自動車用電池として有望とされている。ところが、このリチウムイオン電池にも二つの大きな欠点がある。一つは、小さな電流しか流せず、現状では高速で充放電することができないという点である。もう一つは、コストが高いという問題である。電池には正極(プラス)と負極(マイナス)が必要であるが、現状のリチウムイオン電池は、負極には安価な材料が使われているものの、正極には高価なコバルト材料が使われているためコスト高となる。したがって、自動車用次世代リチウムイオン電池を開発するためには、大出力が可能で、かつ安価な正極材料が求められている。

研究の経緯

 産総研エネルギー技術研究部門では、自動車用次世代リチウムイオン電池の大出力化を目指して、ナノ構造電極材料の研究開発を行ってきている。すでにリチウムイオン電池の負極材料として期待されている酸化チタン、酸化ニッケル、スズなどについてナノポーラス材料の合成やナノメートルサイズの微粒子化に成功し、電極のナノ構造化によってリチウムイオン電池の大出力化が可能であることを実証した(平成17年1月18日産総研プレス発表)。

 一方、正極材料としては安価なマンガン材料を対象として研究を行ってきた。正極材料として有望なスピネル構造のマンガン酸リチウムのナノ粒子化に取り組んでいたが、粒子が凝集することなどにより特性の向上は困難であった。そのため、粒子以外の形状のナノ構造化による電池性能向上の研究を行ってきた。

研究の内容

 リチウムイオン電池にナノ構造電極材料を利用すると大出力化が可能となる。電極材料のサイズがナノメートルオーダーまで小さくなると、1)活物質材料内でのリチウムイオンの拡散距離が減少する。2)比表面積が大きくなり、単位面積当たりの電流密度が減少する。3)表面での化学的な吸着による擬似容量が出現する。4)ナノ細孔により、充放電過程における体積膨張が緩和され、サイクル特性が向上する、などが期待され、特に1)と2)は、大出力化につながる。負極材料についてはナノポーラス材料の合成やナノメートルサイズの微粒子化により、上記の特徴が確認され、大出力化が可能とわかっている。

 スピネル構造のマンガン酸リチウムは、安価でもあり有望な正極材料である。しかしながら、ナノメートルサイズ化による特性向上は困難であった。マンガン酸リチウムのナノ粒子を電極材料として使用すると凝集し大きな二次粒子となってしまい、本来の特性を発揮できない。また、安定な充放電電位を維持するためには結晶性の高さが要求されるため高温での熱処理が必要となるが、熱処理の際に生ずる粒成長の抑制が困難であった。

 本研究では、ナノ粒子ではなく、一方向に結晶成長した単結晶マンガン酸ナトリウムのナノワイヤーからなる不織布の作製に着目した。ナノワイヤーによって形成された不織布は、すでにワイヤー同士が絡みあって固定化されているためポーラスな(多孔質の)構造が保たれ、凝集することがない。また、ナノワイヤー同士の接点が少ないため高温熱処理による粒成長も抑制でき、ナノワイヤー構造が維持される。さらに、結晶性が良い単結晶であるため、結晶の粒界による電気抵抗が軽減され、電極として最適な構造である。

 これまで、四酸化三マンガン(Mn3O4)、二酸化マンガン(MnO2)、水酸化酸化マンガン(MnOOH)など結晶構造に異方性があるマンガン化合物の単結晶ナノワイヤーが知られているが、マンガン酸リチウムの単結晶ナノワイヤーは作製されていない。マンガン酸リチウムは立方晶という結晶構造を持ち、結晶構造が異方性を持たないために一次元方向だけに結晶を成長させることが非常に難しいためである。そこで、マンガン酸ナトリウムの単結晶ナノワイヤーを作製し、これを前駆体として用いてマンガン酸リチウムの単結晶ナノワイヤーを合成した。得られたナノワイヤーは、スピネル単結晶のナノワイヤーであり、凝集や高温熱処理での粒成長が抑制されていることが確認された。ナノワイヤーの直径は数10から100nm程度で、アスペクト比(長さと直径の比)は1000以上であった。また、これらのナノワイヤーは不織布状に絡みあう構造となっていた。

 今回作製したマンガン酸リチウム単結晶ナノワイヤー、A社製マンガン酸リチウム、およびB社製の5wt%のマグネシウムをドープしたマンガン酸リチウムを正極に用いて、電気化学特性をサイクリックボルタンメトリー(0.1mV/s、2サイクル目)と充放電曲線(1C, C=100 mA/gとした)により測定、比較した。

作製された単結晶LiMn2O4ナノワイヤーとA, B社製LiMn2O4の電気化学サイクリックボルタンメトリーと充放電曲線の図
【図1】作製された単結晶LiMn2O4ナノワイヤーとA, B社製LiMn2O4の(a)電気化学サイクリックボルタンメトリー(走査レート0.1mV/s)と(b)充放電曲線(1C, 1C=100mA/gとした)。

 (図1(a)、(b))サイクリックボルタンメトリーでは、ナノワイヤーだけがリチウムの脱挿入の二つの電位で鋭いピークを示した。ナノワイヤーの結晶性の高さによるものと考えられる。また、充放電曲線ではナノワイヤーを用いた場合には二種類のリチウムの脱挿入の電位によって二段の電圧プラトー(平坦な部分)が明確に観測され、容量も市販のマンガン酸リチウムより大きかった。

 マンガン酸リチウム単結晶ナノワイヤーを正極に用いた場合、50C(1C=100mA/g)という高い充放電率であっても100mA/g以上の大きな容量を示し、1Cの低い充放電率での容量の約90%を維持していた。また、これまでに報告されている高出力リチウム貯蔵デバイスは、ほとんどの場合に電圧が時間と共に低下して安定な電圧を供給できなかった。しかしながら、このナノワイヤーを用いると大出力でも比較的一定の電位を持つ充放電曲線を示し、安定な電圧の供給が可能と考えられる。

マンガン酸リチウム単結晶ナノワイヤーと市販各社のマンガン酸リチウムサンプルを用いた正極の放電率1C, 50, 100C, 200Cでの放電容の表
【表1】マンガン酸リチウム単結晶ナノワイヤー(LiMn2O4 NW)と市販各社のマンガン酸リチウム(LiMn2O4)サンプルを用いた正極の放電率1C, 50, 100C, 200Cでの放電容

 表1に、マンガン酸リチウム単結晶ナノワイヤーを用いた場合の放電容量を、各社の市販品を用いた場合と比較してある。ナノワイヤーの200Cでの放電容量は87mAh/gであり、これは市販のスピネルマンガン酸リチウム粒子の200Cの最高値39mAh/gと比べても2倍以上の高容量である。

 また、マンガン酸リチウム単結晶ナノワイヤーでは、充放電率が増加しても充放電容量はわずかに減少するだけであり、高い充放電率であっても大きな容量を維持している。一方、市販サンプルでは充放電率の増加にしたがって容量が激減した。これまで報告されているナノ粒子の充放電容量も充放電率により大きく変化している。このように、マンガン酸リチウム単結晶ナノワイヤーを用いたリチウムイオン電池は高い充放電率であっても良好な特性を保つと考えられる。さらに、従来のナノサイズ超微粒子活物質にナノワイヤーを添加することにより、ナノサイズ超微粒子の凝集を防ぐことや、充填密度の増加にも期待がもたれる。

今後の予定

 今後、電気自動車用などの大型リチウムイオン電池の実用化を進めるために、マンガン酸リチウム単結晶ナノワイヤーの大量合成技術など、研究開発を進めていく。協力を希望する企業があれば、共同研究など一体となった開発を進めたい。また、他の正極材料の単結晶ナノワイヤー化などもあわせて試み、大出力次世代リチウムイオン電池の実用化に貢献していきたい。


用語の説明

◆リチウムイオン電池
正負極の電極反応にリチウムイオンの挿入と脱離反応を利用した充電可能な二次電池である。現在使われている二次電池の中で最も高い作動電圧(3-4 V)を有し、正極材料にはコバルト酸リチウム(LiCoO2)やスピネルマンガン酸リチウム(LiMn2O4)などのリチウム金属酸化物、負極材料には黒鉛系炭素材料(C)やチタンの酸化物(Li4Ti5O12)などが用いられ、電解液には非水系電解液が使用されている。充電時に正極から負極へ、放電時に負極から正極へリチウムイオンが移動することによって電池として作動する。[参照元へ戻る]
◆スピネル
結晶構造の一種類であり、立方結晶系に属し、八面体の結晶が多い。多くはマグネシウム・アルミニウムの酸化物からなる鉱物。ガラス光沢がある。[参照元へ戻る]
◆ナノワイヤー
直径が数ナノメートルから数百ナノメートルである繊維状物質を指す。1ナノメートルは、1メートルの十億分の1である。[参照元へ戻る]
◆水熱反応法
高温高圧の水の存在の下に行われる物質の合成および結晶成長法をいう。高温の水は常圧ではほとんど水蒸気になってしまうが、高圧では液相をとどめることができるため特殊な反応が起こる。[参照元へ戻る]
◆前駆体
一連の反応において、着目した特定の物質と構造上に密接な関係があり、大きな修飾反応を受けずにその物質に変換されるものをいう。[参照元へ戻る]
◆不織布
繊維を織らずに絡みあわせた布を指している。弾力に富み、通気性にすぐれている。[参照元へ戻る]
◆充放電率(充放電レート)
充放電率Cは電池の分野で使用されている単位で、電池の全容量を充放電する際の速さをあらわす。電池の全容量を1時間で放電させるだけの電流量が1Cレートとなり、その電流量の何倍かをCレートで表す。例えば、容量100mAh/gの電池において20000mA/gの電流で放電させた場合は200Cとなる。[参照元へ戻る]
◆電気自動車
蓄電池、キャパシターなどの電力源を積載し、電動モーターを原動機とする自動車。使用場所では排ガスを出さないクリーンな自動車として期待されている。[参照元へ戻る]
◆ハイブリッド自動車
無公害ではないが、自動車の内燃機関と電池を組み合わせた自動車。内燃機関自動車の利便性を保持しつつ、環境、省エネルギー特性を向上させた自動車。[参照元へ戻る]
◆ナノ構造
ナノメートルオーダーの微細構造を有することを指している。1ナノメートルは、1メートルの十億分の1である。[参照元へ戻る]
◆ナノポーラス材料
構造中に分子レベルの均一径の規則的な配列の細孔を持つ多孔体。国際純正・応用化学連合(IUPAC)の分類によれば、マイクロポーラス固体(孔径が2nm以下)、メソポーラス固体(孔径が2nmから50nm)マクロポーラス固体(孔径が50nm以上)に分類される。本研究では、孔径が数ナノメートルから数十ナノメートルの多孔体に対して「ナノポーラス材料」の表現を使用する。[参照元へ戻る]
◆活物質
電解質との化学反応によって、電子を放出したり、取り込んだりする物質。一般にリチウムイオン電池電極は、活物質、導電助剤、バインダー、集電体から構成される。[参照元へ戻る]
◆擬似容量
電極の表面上での、物理的な吸・脱着(電気二重層キャパシター)とは異なる種々電気化学的な吸・脱着(=酸化・還元反応)による充放電容量。[参照元へ戻る]

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