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カスタマーレビュー

  • 2015年2月6日に日本でレビュー済み
    例えば福島第一原発の事故に伴い表れた多くの議論のうち、福島にもう人は住めない、福島の農産物は食べてはいけない、福島で奇形児が増えている、と言った反原発を標榜する人々の主張のほとんどは科学的根拠を欠いており、彼らは、福島県でその主張に反論する科学的データについても、それは御用学者の捏造だ、御用メディアの世論誘導だ、はたまたアメリカの陰謀だといった主張を展開している。評者にとって彼らの主張は科学的検証とは無縁の、どのような科学的事実があろうととにかく反原発でなければならないとする宗教的な議論にしか見えない。まさにホフスタッターが定義した通りの、知的な人間を憎むという反知性主義的な振る舞いに他ならないと思う。
    しかし本書で反知性主義の類型として捉えられているのは、つまるところ全て安倍政権のことであり、原発推進、集団的自衛権、秘密保護法、歴史修正主義、憲法改正、それらを支えるレイシスト、ネトウヨ的な支持層といった構造が政権基盤にあり、それが反知性主義で危険であるという前提が、ほとんどの執筆者にとって自明のものとして存在し、どのように知性の側がその反知性主義に向き合うべきかという問いから論を進める。だが安倍政権を反知性主義の政権と定義するステレオタイプへの懐疑はどこにもない。
    評者にとっては、かつての民主党政権への発足時の圧倒的な支持は本書の執筆者の好みであろうリベラルな知性により得られた支持ではなく、結局のところ大衆の反自民党、反官僚のポヒュリズムと結託し政治的な手続きを蔑ろにした反知性主義的な政権ではなかっただろうか。言わば安倍政権に限らず政治にとって高い支持を得る戦略には反知性主義的な心性を含むしかないのであり、他の政権を無視して安倍政権を反知性主義的な政権だと規定することが有効なフレームワークとは考えづらい。本特集でもっぱら安倍政権のみの批判に紙幅が費やされることが不思議でならない。
    例えば白井聡は「『朝日新聞』が『吉田証言』を取り消したのだから、従軍慰安婦など嘘だ」といった、むちゃくちゃな主張がなされています」と、その主張をしているのは誰なのか、主語を明示せず当然のごとく語るが、私の見ている範囲では安倍政権が「従軍慰安婦など嘘だ」と主張た形跡はない。慰安婦の存在を認めた上で、軍の関与について反論している。もちろん無知な右派によるそのような主張はあるが、福島に奇形児が増えているというような次元の議論でしかない。このような、一部の極右的な主張が、安倍政権とともに日本に蔓延しているという前提を全く疑わないのが本特集の特徴だと言える。
    執筆陣のスタンスからして安倍政権が憎いのはよく理解できるし、この政権が反知性主義を含む右派的心性に支えられた政権であることも事実だろう。
    しかし、評者からすれば「集団的自衛権を認めたら日本は徴兵制となり私達の子供が海外で人殺しすることになる」と論理を超えた主張を繰り返す左派も全く同様の構造で反知性主義的なのであって、それでも自分たちを疑問なく「知性」の側に置き、反対の陣営を「反知性」の側にいるとレッテルを貼り論を進めることが、評者には「知性主義」的なアプローチとは決して思えない。
    アメリカのキリスト教原理主義のような科学的知性に対抗する強固な原理を持たない日本では、どちらも自分たちは知性に基づいており、相手が反知性主義だと感じている。「反知性主義」というレッテル貼りでなく、真摯に相手の主張に向き合う知性によってこの関係を乗り越えなければ、「彼らは反知性主義だ、危険だ」という主張は決してその「彼ら」には届かず、何を言っても同じ反論が相手からなされる、泥仕合しか生まないだろう。
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