臓器売買 Organ Sale
■文献(年代順 上から新しいもの)
◇城山 英巳 20080720
『中国臓器市場』,新潮社,239p. ISBN-10:4103080817 ISBN-13: 978-4103080817 \1400
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◇瀧井 宏臣 20051020
『人体ビジネス――臓器製造・新薬開発の近未来(フォーラム 共通知をひらく)』,岩波書店,255p. ISBN-10: 400026348X ISBN-13: 978-4000263481 \2100
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◇寺園 慎一 20010125
『人体改造――あくなき人類の欲望』(NHKスペシャルセレクション),日本放送出版協会.238p. ISBN-10: 4140805625 ISBN-13: 978-4140805626
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◇Andrews, Lori & Nelkin, Dorothy 2001
Body Bazaar: The Market for Human Tissue in the Biotechnology Age, Random House=20020827 野田 亮・野田 洋子 訳,
『人体市場――商品化される臓器・細胞・DNA』,岩波書店, 247+70p. ISBN:4-00-005448-1 3360
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[bk1] ※ *
◇粟屋 剛 19991110
『人体部品ビジネス――「臓器」商品化時代の現実』,講談社, 260p. ISBN-10: 4062581698 ISBN-13: 978-4062581691 \1680
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◇粟屋 剛 199306 「臓器移植――フィリピンにおける臓器売買――臓器売買の実相をみる」,『法学セミナー』462:26-30 ※
◇Kass, L. R. 1993 "Organs for Sale ? : Propriety, Property, and the Price of Progress", Shanon ed[1993:468-487]
(「科学技術の発達と現代社会II」企画運営委員会編[1995:142-145]に片桐茂博の紹介) ※
◇Dworkin, Gerald 1994 "Markets and Morals: The Case for Organ Sale", in his
Morality, Harm, and the Law, Westview :155-161
(「科学技術の発達と現代社会II」企画運営委員会編[1995:146-148]に片桐茂博の紹介) ※
◇Kimbrell, Andrew 1993
The Human Body Shop : The Engineering and Marketing of Life=1995 福岡伸一訳,『ヒューマンボディショップ――臓器売買と生命操作の裏側』,化学同人,449p. <19-20>
◇Mavrodes, George I. 1980 "The Morality of Selling Human Organs", Basson ed.[1980](飯田編[1987:98-99]に飯田亘之の紹介) ※
◇宇尾 房子 19941125 『私の腎臓を売ります』,双葉社,262p. 1500 ※
◇飯田 亘之 編 1987 『バイオエシックス最新資料集』,千葉大学教養部総合科目運営委員会,216p. <21> ※
◇「科学技術の発達と現代社会II」企画運営委員会編 1995 『生命・環境・科学技術倫理研究資料集』,千葉大学(発行事務局:文学部哲学講座),380p.I:pp.1-150,II:pp.151-380 ※
■引用
◆立岩真也
『私的所有論』:19-20より
「インド、アフリカ、ラテンアメリカ、東ヨーロッパなどでは臓器売買が許されている。食事や家、借金の返済、さらには大学の授業料を得るため、人びとは臓器を売るのである。現在、エジプトでは臓器が一万から一万五〇〇〇ドル、もしくは同額の電気製品と引き換えに売られている。インドでは、生きた提供者からの腎臓は一五〇〇ドル、角膜は四〇〇〇ドル、皮膚一切れ五〇ドルが相場である。インドやパキスタンでは、腎臓病の患者で、近親に腎臓提供者がいない場合、新聞に最高四三〇〇ドルの買い値で「求腎」広告を出すことが許されている。 最近の調査によると、インドで臓器を売る人の大部分が低所得者であり、彼らにとって臓器を売って得た額は一生涯にかせぐ額よりも大きくなるという。腎臓を売って中規模の喫茶店を開いたある提供者は、「この額なら片方の眼か片腕だって売ってもいいです」と語った。夫が職を失ったので腎臓を売ることにした二児の母親は、「私に売れるものがそれしかなかったんです。いまでも自分の腎臓に感謝しています。」と語った。インドでは臓器バザーが、よくもうかることで知られている。
ボンベイの臓器バザーは、「金持ちのアラブ人たちで混み合っており、彼らは腎臓をいくらでもあっても買って、近くの入院費一日二〇〇ドルの医院か病院でそれを移植してもらう」という。マドラスは、臓器を求めるシンガポール人やタイ人の好む場所だという。」(Kimbrel[1993=1995:59])
臓器の売買の実情について他に粟屋剛[1993]等。
是非を巡っては、Mavrodes[1980]、G.Dworkin[1994]等の肯定論、Sells[1989]、Kass[1993]等の否定論がある。井上章一・森岡正博[1990]では臓器の贈与・売買が性の売春とともに論じられている。第3章・第4章はこれらにも答えうるように書かれている。
※は立岩研究室にあり
UP:19970610, REV:20001030,20090609
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臓器移植
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生命倫理