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『江戸のアウトロー――無宿と博徒』

阿部 昭 199903 講談社,286p.


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■阿部 昭 199903 『江戸のアウトロー――無宿と博徒』,講談社,286p. ISBN-10: 4062581523 ISBN-13: 978-4062581523 \1785 [amazon][kinokuniya] p0206

■内容

膨張する百万都市、江戸。
農民たちがその底辺に吸い込まれてゆく。博打に身を持ち崩す者は、商品経済の荒波に呑まれた単なる窮民なのか?それとも身分制の桎梏(しっこく)を脱して己の夢に生きようとした果てなのか?国定忠治、鼠小僧次郎吉、そして無数の無宿(アウトロー)たち……。
史料の向こうにかれらの生死を見つめ、等身大の近世社会史を構想する。

内容(「BOOK」データベースより)
膨張する百万都市、江戸。農民たちがその底辺に吸い込まれてゆく。博打に身を持ち崩す者は、商品経済の荒波に呑まれた単なる窮民なのか?それとも身分制の桎梏を脱して己の夢に生きようとした果てなのか?国定忠治、鼠小僧次郎吉、そして無数の無宿たち…。史料の向こうにかれらの生死を見つめ、等身大の近世社会史を構想する。

内容(「MARC」データベースより)
膨張する百万都市・江戸。その底辺で博打に身を持ち崩す者は、商品経済に呑まれた窮民か、身分制を脱して己の夢に生きようとした果てか? 無数の無宿達の生死を史料の中に見つめた、等身大の近世社会史。〈ソフトカバー〉

■著者紹介

1943年、栃木県生まれ。東京教育大学文学部日本史学専攻卒業。現在、国士館大学教授。専攻は日本近世史。
主な著書に、『近世村落の構造と農家経営』(文献出版)、『下野の老農小貫万右衛門』(下野新聞社)、論文に、「近世村落の変質」(「日本村落史講座7 生活2近世」雄山閣)などがある。

■引用

 「人足寄場は、寛政二年(一七九〇)二月、時の執政松平定信によって、江戸の隅田川の河口、石川島と佃島のあいだにあった葭原湿原を埋め立てて建設された。
 その建設と管理運営の責任を最初に任せられたのは、当時、幕府の火付盗賊改役であった長谷川平蔵宣以であった。研究者の間で人足寄場に対する評価が高いだけに、設立の発想が一体誰によって生み出されたかについて関心が集まり、神宮文庫蔵の「寛政元酉年寄場起立」に載る長谷川平蔵の建議書などをめぐり、精緻な分析が試みられた。
 おおかたの研究結果によれば、人足寄場の設置は、無宿浮浪の増大に悩む定信が、すでに前年のうちから諮問するところであった。当時すでに定信の念頭には、無宿浮浪を収容する施設再建の構想があり、かつて享保期に評定所の協議にかかったこともある新規溜の建設案や安永期に南町奉行の牧野成賢によって一度試みられながら、逃亡者を多く出して結局失敗に終わっていた無宿養育所などが検討材料としてあった、といわれている。」(p.171)

「刑法学者団藤重光氏は、前述の『人足寄場史』に寄せた論文「人足寄場の性格と特長」において、この申渡書の内容を重視しつつ、人足寄場の性格について分析され、次のような見解を示された。
 第一に、収容者には「重き御仕置」や「佐渡送り」という心理的圧力をかけながら、反社会的・非社会的な者を再社会化・社会復帰させる矯正的な要素が濃厚にみとめられること。
 第二に、本業に立ち返ろうとする者には土地や店を持たせるほか、種々手当てするなど積極的な福祉措置も見えるが、その前提に不定期拘禁的な厳しい矯正措置があること。
 第三に、犯罪者に対する刑罰でないことが原則とされており、無罪の無宿などの収容は犯罪を前提とはしない「広義の保安処分」とするのが妥当。
 という評価である。
 団藤氏の人足寄場に下した評価は、少なくとも当初の人足寄場には、「反社会的傾向を持つ無罪の無宿を、矯正授産し社会復帰させる保安処分施設」としての性格が濃厚である、とするものであった。そして、この評価については、人足寄場顕彰会代表の瀧川氏も「人足寄場の性格づけとして最も当を得たものと思う」と賛意を示し、これが同会に集う行刑史・法制史の権威たちの人足寄場評価の基礎的トーンをなしているといってよい。
 だが、『人足寄場史』に寄せられた論文のなかには、それだけでは割り切れぬ問題が残ることに、あえて視線をなげかけようとしたものもある。
 たとえば荒井貢次郎氏の「人足寄場と民衆」もその一つである。氏は「教育刑と勤労尊重の理念は、かつて石川島人足寄場のうちに、ひそかに種子が蒔かれていたことを信じて疑わない」としながらも、「だが、しかし、文政五年(一八二二)から天保一一年(一八四〇)までの一八年間に八丈島の流人の数は、二六〇人と記録されている。このうち人足寄場逃げ出しが一二人いる」という文章をもって論文をしめくくっている。」(p.177-178)

「寄場人足のなかには、ここから社会復帰のチャンスを得た者も少なからずいたのであって、そのことの意味することは軽くはない。
 しかし、各種の手当てを受け、心学の教諭を与えられ、「復帰」してゆく社会は、無宿が一度は逃亡してきた社会であった。その社会はといえば、状況は以前とほとんど変わっていないとすれば、この「社会復帰」とは、どのような意味をもつのだろうか。それを考えれば、「復帰」の意味には、複雑なものがあると思わざるをえない。
 人足寄場の制度が、保安処分や自由刑制の源流であるとして、行刑史上の評価を高くすることはともかくとして、一度は幕藩制社会から離脱を試みた無宿たちが求めてやまなかったものが、当時の社会における百姓身分への「復帰」によって、充分にしかも最善のかたちで充足されたのかどうか、それへの回答はいまだ留保したい気持ちにかられるのである。」(p.185)

■紹介・言及

橋口 昌治 200908 「格差・貧困に関する本の紹介」, 立岩 真也編『税を直す――付:税率変更歳入試算+格差貧困文献解説』,青土社


UP:20090813 REV:
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