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香山リカ対談

死刑制度を考えることから見えるメディアと日本社会
映画監督・作家 森達也×立教大学教授・精神科医 香山リカ

2008年7月1日掲載

みんなが幻想に振り回されている

  • 森達也イメージ
  • 内閣府の調査によれば死刑制度を支持する人の割合は84%・・・日本は世界で最も死刑制度を支持している国ですが、この数字は異常です。
  • 香山リカイメージ

香山リカ(以下、香山) 死刑制度とどう向き合うべきかご自身で考えた過程をまとめた『死刑』(朝日出版社刊)を今年1月に出版されましたが、これまでプロレスや超能力にも関心をお持ちだった森さんが、今回はなぜ死刑をテーマにされたのでしょうか。

森達也(以下、森) 僕の場合、興味の根底には常に日本人論のようなものがあるんです。プロレスでも超能力でも、最終的には「メディアと日本社会」といった方向に関心が向かってしまいますし。今回、死刑について考える直接のきっかけとなったのは、元オウム信者のドキュメンタリー映画『A』の制作過程で、拘置所にいる教団元幹部と話していてふと、「今僕は死刑囚と話しているんだ」「死刑って何だろう」と思ったことです。いつもそうですね。自分自身の身体感覚からしか入れない。無理して背伸びしても結局は長続きできない。途中で飽きちゃうんです。

香山 私も読ませていただいて、いかに死刑制度について知らなかったかを思い知らされました。今の日本には、遺族感情と同調して「こんな悪いことした奴には極刑を」という感覚が強くあり、極刑=死刑というものが遺族の悲しみの一つの評価として位置づけられている。そしてそのことが隠蔽されていますよね。

 遺族感情はそう簡単に想像できるものではありませんが、法的整合性に限定して言うならば、どう考えても死刑には整合性はない。死刑廃止国で殺人が増えたデータもほとんどなく、犯罪抑止効果も認められていません。

香山 でも、今の日本の法律は抑止効果については考えられていないのが現状ですよね。例えば、2001年の池田小学校児童殺傷事件を契機に触法精神障害者(犯罪を犯した精神障害者)をどうするかという議論がありましたが、あの時も法案段階では再犯の可能性がなくなるまで入院を継続させるというものでした。精神科通院歴のある人が起こす犯罪の確率は一般の人よりもずっと低いと精神科医も主張したのですが、それは説得力になりませんでした。実際に犯罪が減るかということよりも、こんな大事件が起きてしまったのだから何かしないと気が済まないという発想で法律が議論されているように感じました。

 メディアにせよ行政にせよ司法にせよ、この国のシステムは結局は民意に抗えない。言い換えれば集団の情緒がとても強い権力性を持つ国です。犯罪率のデータもほとんど流通していない。警察もちゃんと発表しないし、政治家もアナウンスしないし、メディアも伝えない。例えば、去年(2007年)の殺人事件の認知件数は1199件と戦後最低で、一番高かった1954年が3081件。人口の増減を考えるとほぼ4分の1に減っていて、未遂や心中を除くと600件を切ると思われます。でもこうしたことはほとんどの人が知らない。

香山 今はいわゆる体感治安だけが悪化しているという感じですね。

 体感治安とは文字通り体感に過ぎないのだから、もっとデータを公表すべきです。結局、みんな幻想に振り回されている。

香山 一方で、データの問題ではなく一つの実例だけが大きなインパクトを持ってしまっている現実もあります。これだけ殺人事件が起きた時にメディアを通して関係者の人間関係や被害状況が詳細に伝えられてしまうと、池田小学校事件のケースのように「これは何とかしなくては」という方向に動いてしまう。こうなってくると、データも効果がないかもしれない。

 内閣府の調査によれば、死刑制度を支持する人の割合は84%です。犯罪件数のデータを仮にほとんどの国民が周知したとしても、これが劇的に減るとは僕も思っていません。でも、10%位は減るかもしれない。日本は世界で最も死刑制度を支持している国ですが、この数字はあまりに突出している。死刑制度を廃止する前のヨーロッパの国々の統計を見ると、だいたい6対4で存置派が多いくらいかな。廃止後はこれが逆転する場合が多いようです。実際に犯罪が増えないことを知るからでしょう。