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欧米で立ち上がる新市場

電子新聞端末は日本に上陸するか

2008/07/07

 「電子書籍端末市場の立ち上げは、日本でも欧米でも過去に2度ほど大きな盛り上がりを経て失敗した。それと同じことをもう1度やる必要はない」。そう語るのは電子出版関連ソリューションの提供で知られるイーストの下川和男代表取締役社長だ。

 「これまでの電子書籍端末の盛り上がりと今回とで違っているのは、B2CではなくB2B2Cというモデルで、新聞社がサブスクリプション込みで端末を販売する形が出てきている点だ」(下川氏)。

 欧米では電子新聞や電子書籍の市場が立ち上がりつつあるかに見える。こうした動きは、いずれ日本にも波及する可能性がある。

lesecho.jpg フランスで約40万部を売る経済誌「Les Echos」(レゼコ)は2007年9月、世界に先駆けて電子新聞端末を1年間の購読料込みで販売開始した

失敗した2度の市場立ち上げ

 少し歴史を振り返ってみよう。

 日本で1度目の電子書籍ブームは、もう10年近く前にさかのぼる。出版社や書店だけでなく、流通やメーカーも含む145社が集まった電子書籍コンソーシアムが、通信衛星やコンビニの端末を使った電子書籍の配信実験を始めたのは1999年11月のことだ。「実用化に向けて取り組む」とした鳴り物入りの実験で、大手全国紙の1面にも取り上げられるなど注目されたが、電子書籍の普及の糸口すら見いだせなかった。

 2度目のブームは2004年前後に端末主導で起こった。フラッシュメモリの低価格化、XMLの普及による電子本フォーマットの策定などが背景にあった。マイクロソフトも熱心に電子書籍フォーマットを広めようとしていた。しかし、細々と続いてきた電子書籍端末市場も松下電器産業とソニーが事実上の撤退を決めたことで、今年中にも市場から消えることになりそうだ。

 電子書籍端末に代わって、最近国内ではケータイ向けの電子書籍市場が伸びているという。

consortium.jpg 衛星から本を配信するとして注目を集めた電子書籍コンソーシアムの実証実験の概念図(電子書籍コンソーシアムの公式サイトから引用)

フランスの経済誌が端末+電子配信ビジネス

 国内で電子書籍端末市場が縮小する一方、欧米ではここ半年ほどで電子ペーパーを使ったいわゆる電子“書籍”端末が、電子“新聞”端末となって普及の兆しを見せ始めた。

 先鞭を付けたのはフランスで約40万部を売る経済誌「Les Echos」(レゼコ)だ。2007年9月、同紙は世界に先駆けて電子新聞端末を1年間の購読料込みで販売開始した。これに中国の4紙が続いたほか、現在、イギリスやオランダでも同様の動きが広がりつつある。また、国際新聞技術研究協会(Ifra)は「eNewsプロジェクト」としてヨーロッパ各地で実証実験を行っている。

 キャリアも動いている。2008年4月17日、フランステレコム傘下の携帯電話キャリア、「オレンジ」(Orange)は、フランスで最も読まれている日刊紙の「Le Monde」をはじめ、「Le Parisien」、「L'Equipe」、「Telerama」の主要5紙と提携し、「Ready&Go」と名付けられた実験開始をアナウンスし(プレスリリース)、1GBのメモリを搭載した端末を150ユーザーに配布し、2カ月間の実験を行った。

新聞不況が電子新聞端末を後押し

 レゼコの電子新聞端末はオランダのベンチャー企業、iRexテクノロジーズ社製で、従来主流だった6インチクラスよりも大きな8インチの電子ペーパーを採用。階調表現もモノクロ8階調が主流だったところ、16階調を実現していて、写真などをより鮮明に表現できる。コンテンツは無線LAN経由でダウンロードする。

 この端末に1年間の購読料がセットになって769ユーロ(約12万1400円)。日本で全国紙の月間購読料は4000円前後で、年間にすると5万円弱だから、12万円を超える価格は安くない。

shimokawa.jpg イースト代表取締役社長 下川和男氏

 電子新聞端末を使ったビジネスモデルを新聞各社が模索する背景には、インターネット登場以降の同業界の不振がある。下川氏は、こう話す。

 「ヨーロッパには個別に購読者宅に配達する制度が日本のように発達しておらず、マガジンスタンドで販売していた新聞各紙は、部数減に苦しんでいる」(下川氏)。

 日本の場合、数年あるいは十数年と続けている宅配式の新聞購読をやめるのは一種の決断を要する。「買わない」という選択は能動的なものだからだ。それに対して出勤途中にキオスクで新聞を買うのが一般的なヨーロッパでは、もともと「買う」ことが能動的動作だったから、市場が崩れ出せば早い。インターネットによる影響をモロに受けるというわけだ。

 影響を受ける時期に差こそあれ、新聞不況はいまや全世界的な現象だ。個別配達制度のある日本でも宅配による新聞事業の足下は崩れかかっている。電通総研の情報メディア白書によれば、新聞の販売店の数は1990年代後半から2005年までに1割ほど減った。また日本新聞協会によれば、朝夕刊をセットに数えた販売部数は1997年の1893万部から2007年には1640万部へと10年間で15%減少している。実際に配達する数よりも多い部数を新聞社に販売店が買わされる、いわゆる「押し紙」も一部の販売店で常態化しているとされ、リアルな新聞販売部数の落ち込みは統計に出てくる数字より大きいとも言われる。

 部数とともに広告売上も、じり貧が続いている。電通総研がまとめた「日本の広告費」によれば、1998年以降1兆〜1兆4000億円で推移していた新聞の広告市場は2000年以降は下落し続け、2006年に1兆円を割り込んでいる。逆にインターネットの広告市場は3777億円(2005年)、4826億円(2006年)、6003億円(2007年)と年率25〜30%で伸びており、このペースで行けば2、3年後に新聞はインターネットに抜かれる計算だ。

 アメリカの新聞業界はもっと深刻だ。米新聞協会(NAA:Newspaper Association of America)によれば、2008年第1四半期の広告売上高は8期連続のマイナスとなる84億3000万ドルで、前年同期比で14%減。特に不動産や求人の広告は35%減と壊滅的打撃を受けているという。これは記録されている1971年以来最大の下落幅で、記録的な落ち込みだという。ニューヨークタイムズやLAタイムズなど有力紙ですら100人規模の解雇を行うなど各地でレイオフの嵐が吹き荒れている。ジャーナリストのマーク・ポッツ氏がまとめたところによれば、6月末のある1週間だけでアメリカの新聞業界で1000人が職を失ったという。

ネット上でこそ旺盛なニュース需要

 新聞社を取り巻く経営環境は悪化の一途だ。一連のレイオフ騒動に接して、米国人ジャーナリストの中には、もはやジャーナリストという職業自体が成り立たないのではないかと悲観的に論じる人もいる。

 しかし一方、若者がニュースに接しなくなったというわけではないようだ。米調査会社のcomScoreの調査によれば、新聞を読まない人が、必ずしもニュースを利用しないわけではなく、デジタルフォーマットを好んでいるだけだという(参考記事:若者の「新聞離れ」は「ニュース離れ」ではない――米調査)。日本でも、日々のニュースをネタに持論を展開する日記やブログが大量にあり、ニュースの需要が小さいようには見えない。

 つまり、新聞不況はニュース不況ではなく、むしろ紙メディア不況と呼ぶべきものだ。

電子ペーパー端末が新聞配信と相性がいい理由

 2度の盛り上がりで電子書籍端末市場が立ち上がらなかった理由は明らかだ。読むべきコンテンツがなかったのだ。

 現在の状況は異なる。まず、否応なく電子媒体への移行を迫られている新聞社にはコンテンツを出すべき理由があるからだ。

 「新聞というメディアは資本規模や読者数も大きく、“電子書籍端末”に比べれば“電子新聞端末”は有望だ。欧米で始まった電子新聞同様に、われわれも新聞社を中心にお話しをさせていただいているところだ」(下川氏)。イーストはXSLTの変換エンジンを販売しているほか、iRexの端末の販売・技術支援で2007年4月に同社と協業することで合意している。また、これまでにも神奈川新聞や北海道新聞と協力して新聞コンテンツの配信実験を行うなど、電子新聞端末の可能性を模索している。

 ユーザーの視点で考えると、わざわざ数万円を出して端末を買うのはよほどの活字好きだ。しかし、定期購読料をセットにした価格であれば事情は異なる。

 年間購読料プラス数万円で、毎朝毎夕あるいは常時、自宅や会社のWiFiまたは3Gネットワーク経由で朝夕刊が届く電子新聞端末となれば、現在紙ベースで新聞を購読している層が動く可能性がある。電子ペーパー端末であれば紙ほどかさばらないし、液晶ディスプレイに比べても視認性や一覧性はずっと紙に近い。バッテリの持ちという点でも有利だ。

 ケータイの狭い画面と異なり、レイアウト情報を頼りにした拾い読みや読み飛ばしも可能だ。テキストが主体の新聞コンテンツは、雑誌のようにカラフルでなくてもよく、そういう面でも電子ペーパー端末と相性がいい。

 モノクロでも十分という新聞と同様の理由で、イェール大学、オックスフォード大学、カリフォルニア州立大学バークレー校などはKindle向けに教科書の提供を開始しているほか、プリンストン大学は今後、Kindle向けの書籍データを紙の本をより先に出すとしている。中国など新興国市場では紙の生産能力が低いため、紙の教科書よりも電子教科書を配布する動きも出てきている。デジタルデバイドと呼ばれる地域間の情報格差が問題にされることもあるが、むしろ紙媒体よりも電子媒体に移行したほうが大量の情報を配布できて効果的だろう。無線技術や衛星通信を使えば、広範囲に情報を行き渡らせることができる。

 過去に日本の電子書籍市場で、なかなかコンテンツがそろわなかった原因の一端は出版社にある。電子媒体市場に対して腰が引けているというメンタルな事情もさることながら、電子媒体向けの制作体制が整っていないケースが多いのだ。制作段階のほとんどはMacを使ったDTPで電子化されているが、印刷所と出版社の間で紙をベースにした校正作業を行う関係で、製本・出版される書籍の最終デジタルデータを出版社は持っていないことが多い。また、たとえ持っていたとしても組み版向けのデータであり、論理構造を記述したデータではない。出版社にしてみれば、電子媒体のためにデジタルデータを出そうにも、手数がかかってしまって割に合わないのだ。

 これに対して日本の新聞・通信社は早い時期から記事のXML化を進めており、現在はNewsMLという業界統一フォーマットが使われている。こうした事情からも、新聞コンテンツは電子端末への流用に適していると考えられる。


日本でiLiadの販売・技術支援を行うイースト コミュニケーション事業部 シニア・マネージャー藤原隆弘氏による電子書籍端末「iLiad」のデモンストレーション(聞き手は編集部西村)

lesecho2.jpg 仏経済誌レゼコが販売する電子新聞端末と同等モデルのiRexテクノロジーズ社製の「iLiad」(クリックで拡大)。PDF、HTML、テキスト、JPEG、BMP、PNG、PRC(Mobipocket)などの電子フォーマットに対応。8.1型で768×1024ドット、160dpi、モノクロ16階調の大型の電子ペーパーを採用。インテルのXScale(400MHz)、64MBのRAM、USBドライブ、MMC、CFカードが利用できる。標準で802.11b/gの無線LAN、10/100Mbpsの有線LANも利用できる
16tones.jpg iLiadは電子ペーパーとして高機能なモノクロ16階調表示が可能で、新聞に掲載される写真程度であればきれいに表示できる
memo.jpg iLiadはタッチセンサーパネル搭載で文字や絵を描くこともできる
kanagawa.jpg アッカ・ネットワークス、神奈川新聞社、イーストの3社が共同で2007年10月に行った実証実験のコンテンツの表示例(クリックで拡大)。横浜の日本大通りでWiMAXと無線LANを併用して電子新聞の配信を行った
chinese.jpg iLiadで中国語を表示した例。iLiadはLinuxで動いており、PDFの表示にはxpdfを使っている。フォントを入れれば、多言語化は可能だ

すでに売り上げの6%がKindle向け

 米アマゾンCEOのジェフ・ベゾス氏は、2008年5月末に行った対談の中で驚くべき数字を明かしている。現在、紙の本と同時にKindle向け電子書籍データとしても入手可能な12万5000冊の本の売り上げのうち、すでに6%がKindle向けになっているというのだ(参考リンク)。紙の本が16冊売れたら、電子データも1冊分売れているという計算だ。十分に多様なコンテンツがあり、その入手が容易で、端末の使い勝手が良ければ紙よりも電子データを選ぶ人がいる、という当たり前の事実をKindleは証明しつつある。200冊分のデータ持ち歩け、Wikipediaをはじめとする辞書類を引くこともできるKindleは、紙にない利便性も提供する。SDカードを使えば保存可能な書籍数は1000冊を超え、ほとんどの人は本棚が不要になるだろう(本好きの人の中には、紙の本にはデザインや質感など存在自体にかけがえのない魅力があるとする人もいるかもしれないが、それは「ワープロは手書きを置き換えない」とした過去の議論と同じで、ほとんどは慣れの問題だ。かつて日常的に手書きのものを読む機会があったことが今や信じられないように、書籍がネットワーク上に移行すれば、紙の本もノスタルジーを誘う贅沢品となっていくだろう)。

 Kindleが従来の電子書籍端末と決定的に異なるのは、3Gネットワークを前提としたことだ。Kindleだけで商品を選んで購入、ダウンロードすることもできるし、Amazon.comでクリックしておいて、Kindle端末上にコンテンツが送信されてくるのを待つ方法もある。

 いずれの方法を採るにしても、ポイントは、どこでも、ワイヤレスでコンテンツが配信されるという点にある。

 現在、世界中でモバイルブロードバンドが立ち上がろうとしている(参考記事:世界のモバイルブロードバンド接続、1年で850%増)。日本国内では、携帯電話キャリアのネットワークを借りてサービスを提供する業態、MVNO(Mobile Virtual Network Operator)の例も増えつつある。次世代無線ブロードバンドの事業者免許交付を受けたUQコミュニケーションズもウィルコムも、MVNOには積極的に取り組むとしており、今後、モバイルインターネット接続の機能がゲーム端末や電子書籍端末などさまざまな機器に組み込まれていく可能性が高い。

kindle.jpg 米アマゾンが2007年11月に販売を開始した電子書籍端末「Kindle」(キンドル)。大手新聞社がコンテンツを提供している。例えばワシントンポストだと月額9.99ドル。ケータイの3Gネットワークでコンテンツが配信される
sony.jpg 日本国内では撤退を決めたソニーだが、海外では引き続き電子書籍端末を300ドル前後で販売している。同社は専用のオンラインショップ「The eBook Store from Sony」で電子書籍の販売も行っている
kindlenp.png 米各紙のKindle向けコンテンツの購読料は月額9〜14ドル程度で、多くの有力紙が提供している
kindlemag.png Kindle向けとして雑誌コンテンツも16誌ある
kindleblog.png インターネットで無料で読めるブログも、Kindle向けとして月額1〜2ドルで販売されている。無償コンテンツを有料でというのも変に感じるが、これはネットワークシステムの利用料だろう。アマゾンはビジネス向けとして、ユーザーのドキュメントを端末にワイヤレスで送信するサービスも有償で行っている

新聞社が電子ペーパー端末に取り組むべき理由

 新聞社自身が、コンテンツ、端末、ネットワークのすべてを用意して読者に対して1つの完結したサービスとして提示する下地はそろっている。電子ペーパーを使った電子書籍端末はiRexテクノロジーズのような先鋭的なベンチャー企業ばかりでなく、台湾メーカーなどからも登場していて、この技術がコモディティ化しつつあることを示している。ネットワークに関しては、例えばウィルコムの次世代PHSでは端末台数や利用頻度に無関係に、利用データ量だけでMVNOに従量課金する契約形態もある。新聞社がネットワーク帯域を一定量買い上げて、読者はその利用料を意識しなくて済むというモデルは十分に成り立つだろう。むしろ物理的な紙を運ぶモデルよりはるかに経済的だ。

 オンライン事業に関して新聞各社は苦戦している。自社サイトではページビューが伸び悩み、ヤフーのようなポータルサイトでは二束三文でコンテンツを買い叩かれている。Kindleのような準専用端末を使って一定の読者層が確保できれば、オンラインでも高付加価値の広告媒体としての地位を取り戻せるのはではないか。もはやオンライン広告市場では先行するグーグルやヤフーに対して勝ち目はないかもしれないが、モバイルインターネット、あるいはデバイスインターネットともいうべき市場には、まだ入り込む余地があるだろう。

(@IT 西村賢)

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