従来のビジネスモデルを変えたい
「契約もアジャイルに」、中堅SIerの新たな挑戦
2010/12/07
「アジャイル」といえば、ソフトウェアの開発手法として近年注目を集めてきた。半年や1年といったプロジェクト期間で完成品を作る「ウォーターフォール型」ではなく、2週間程度の短いサイクルで、途中経過であっても実際に動くものを見ながら開発を進めるスタイルだ。事前にシステム要件を定義しづらい場合や、市場変化が激しい場合などに柔軟に対応できる。
アジャイルは開発スタイルの実践を指すが、これを受託開発の契約形態に当てはめようという企業が登場して注目を集めている。中堅SIerの永和システムマネジメントは2010年11月11日、初期費用0円、月額利用料15万円からという、まったく新しい契約形態による受託開発のトライアルサービスを発表した。永和システムマネジメントに話を聞いた。
受託開発のビジネスモデルを転換したい
「契約とかアジャイルというより、一番やりたかったことは、ビジネスモデルを変えることなんです」
こう語るのは永和システムマネジメントサービスプロバイディング事業部の木下史彦氏だ。アジャイルといえば、開発の方法論だが、真の狙いはビジネスモデルの転換だという。
「これまでの契約は請負でやるにしろ準委任で開発するにしろ、人月でスケールしていくしかない。つまり、工数がどれぐらいかかるかで対価が決まるのです」
「準委任」とは、開発による成果物を約束するものではなく、稼働のボリュームで契約するという形態だ。何人月でいくら、というビジネスだ。
「それに対して、今回のわれわれのサービスは、工数ではなく、月額でサービス利用料をお支払いいただきます。ですから、いかに長く使っていただけるかがポイントです。システムが長く使っていただけるなら、そのシステムは、お客様にとって価値があるはずです」(木下氏)
初期費用0円、月額制、解約自由
新サービスの概要は、こうだ。
まず顧客の大まかな業務要件に基づいてプランの規模や適用可能性を検証する。月額は最小プランで月額15万円から。規模によって月額30万円から150万円程度までを想定しているという。解約は手数料なしで、いつでもできるという。
驚くのは、初期費用が0円であることだ。従来の受託開発の主流である納品時に一括で対価を支払うというモデルと異なり、完成品に対する対価は受け取らない。
「システムは、所有するものではなく、利用していただくものです。カスタム開発なので、使っていただく価値に対して払っていただきます。お客様はソフトウェアを買うのではありません」(木下氏)
リリース後のデプロイは、顧客側のサーバ、永和側、もしくはクラウドなど柔軟に対応するが、ソフトウェア自体(ソースコード)は納品しないという。
「ソースコードを出す出さない、というのを気にしているのは(ソフトウェア開発の)同業者だけですよ(笑)。ユーザーさんは気にしていません。コードを納品しても、ユーザー企業自身や別ベンダが手を入れるのは難しいものなので、それよりも、継続的なサポートや保守があるかが重要な点です」(木下氏)
新サービスでは、月額料金にチケットが1〜10枚含まれ、このチケットで1日程度の保守・サポート対応が可能という。チケットは追加購入に対応する。また月ごとの使いきりではなく、ある程度まとめて機能追加などに使うこともできる。
「もちろんわれわにとっては赤字スタートです。最初に開発リソースを投資して回収するというモデルです」
月額利用料は4年で半額とする。一般的なシステムの減価償却期間は3年から5年で、それだけ長く使ってもらえれば、一括支払いのモデルと、コスト面ではほぼ等しくなるという。逆に言えば、早い時期に解約されると原価割れとなるのか?
「ええ、いつでも解約いただけますからね。つまりこれは、使い続けていただけるものをキチンと作ります、というわれわれの覚悟を契約に盛り込んだものです。われわれは、それだけのものを作ります。メンテナンスもキチンと続けます。内部品質だけでなく、いわゆる外部品質、つまり使いやすいかどうかについてもちゃんと提供者側が責任を持つ。これまで『ちゃんとやります』ということは言ってはいても、それは言葉だけでした」(木下氏)
提供者側が責任を持つ覚悟――。これは従来の受託開発ビジネスに対する批判に真正面から応えるものだろう。従来の開発モデルは、要件定義や成果物の定義が最初にあって、請け負うのは「開発作業」のみ。完成したシステムの責任は発注者側にあり、リスクは発注者側にあった。もちろん永和の新サービスでも、顧客の事業リスクに踏み込むわけではないが、少なくとも、使い続けたいくなるシステムを完成、維持していくというゴールとリスクを共有している点は、今までにない取り組みと言えそうだ。
むしろ経営層からの要望が増加中
永和システムマネジメントは、過去10年にわたってアジャイル開発に取り組み、コンサルティングやセミナーも活発に行ってきたことでも知られている。方法論だけではなく、実践したからこそ分かる現実的なノウハウも多く蓄積していて、例えば木下氏は、アジャイルの失敗パターンをまとめた講演も行っている(講演動画)。
しかし、なぜいまアジャイルが注目されているのか?
「アジャイル開発への取り組みに関して、日本は海外に比べて1周遅れてると言われています。感覚としては、アジャイルは開発者のもの、現場の人がやりたがってるという印象でした」
「ところが2009年の秋口ぐらいから、具体的な案件で企業の経営層からアジャイルでやってくれないかと声がかかるようになってきました」(木下氏)
マイクロソフトやIBMといった大手ベンダも、アジャイルな開発スタイルに適したツールの拡販に力を入れるなど、業界全体の追い風もある。時代が変わりつつある。
「この5年ぐらいで、IT系のサービスでビジネスが大きくなっているところが多いんですね、ケータイ関連だったり、インターネット関連だったり。そうした市場では、ビジネスが急速に成長していて、ビジネスの速さに従来の開発手法が追いつかなくなっているということもあるのだと思います」(木下氏)
現在の情報システム開発は、かつての帳票業務のOA化のように要件があらかじめ決まったものとは異なり、「作ってみて、使ってみるまで正解が誰にも分からない」という側面がある。動きの速い市場では、作り終わるころに競争環境が変化している可能性も高い。
システム開発を依頼する顧客企業にとって、自分たちに必要なソフトウェアがどういうものか、どうあるべきか、具体像が事前に分からないケースが増えていることが、アジャイルが注目を浴びる理由だ。こうしたウォーターフォール型開発が向かないケースにまで無理に旧来の開発プロセスを当てはめ、「要件定義」という名の言質を顧客企業から取る。そして完成品が顧客の想像や期待と違っても「仕様通りです」と納品して、後は追加開発や管理・維持といった名目で費用を徴収する。そうした受託開発の流れに疑問を感じている企業ユーザーも多いだろう。
もともと永和システムマネジメントでは、開発する機能別に個別に契約する、期間を1カ月ごとにして、納品物を決めて短期契約を繰り返すという工夫で、アジャイル開発を取り入れてきた。「それでうまく行っているプロジェクトもたくさんあります」(木下氏)
永和が受託しているBtoCのサービスの中には1年半以上運用していて現在も1週間に1度はリリースする典型的なアジャイル開発スタイルで継続しているものがある。こうしたBtoCのWebサービスといった、もともとアジャイルに向く案件だけでなく、もっと広く情報系の業務アプリケーションなどにも、アジャイルな開発手法を広めたい。そうした思いが今回の新サービスにつながっているのだという。
業界が注目する中のチャレンジ
現在、永和システムマネジメントの売り上げは年間20億円規模。このうち、アジャイルに関係するものが4億5000万円。このうち新しい、アジャイルな契約形態によるビジネスは、初年度で1000万円が目標だという。すでに、既存顧客や新規顧客数社から引き合いもあるという。
目標値は控えめに見えるが、アジャイルにはアジャイルの難しさがあり、そしてそれをビジネスモデルとして実践するとなると、うまくいくのかどうか未知数だ。木下氏は率直に不安も口にする。「コストは見合うのか、約束した期日を守りつつ開発を続けられるのかなど、不安な面がないわけではありません。これは、われわれにとっても大きなチャレンジなんです」。
「アジャイル契約」という新たな取り組みは、広く受け入れられるだろうか。しばらくは業界の注目となりそうだ。
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