じゃぁ実際に会社の役員が見習いになって現場に潜入してみようというドキュメンタリーが、NHK BSプレミアムで放送中の『覆面リサーチ ボス潜入』(毎週木曜21時〜) である。
大企業の社長や役員が変装し、素性を隠して自社の現場に潜入。カメラは「再就職者のドキュメンタリー」として同行する。現場で働きながら、社員の愚痴を聞いたり、荒れた現場に直面したりするボス。後日、潜入先で関わった従業員を本社に呼び出して、ボスが自ら正体を明かす……。
元々はイギリスの人気番組"Undercover Boss"のフォーマットなのだけど、その展開はまるで「暴れん坊将軍」。余の顔見忘れたか!だ。
簡単な変装なのに全然バレないわけ
1月の放送開始以来、既に「タクシー会社(日本交通)」「スーパーマーケット(西友)」「運送会社(西濃運輸)」の3本が放送済み。日本交通の会長、西友の店舗運営本部長、西濃運輸の常務取締役と、まさに《ボス》の役職に就く人物が変装して現場に潜入する。
変装といっても特殊メイクは使わず、カツラ+メガネ+ほくろといった程度。変装はボスの自宅で行われ、ボスは少年のようにワクワクした笑顔をしているのだけど、完成後の姿に家族は決まって大爆笑。西友のボスに至っては、娘に「キモい」と言われる始末。
しかし、これが全然バレない。役員の顔写真が貼ってる現場でも完全にスルー。
というわけで、見習いとなったボスは楽々と潜入できるのだが……現場では慣れない仕事でミスを連発してしまう。
日本交通のボスは大阪城と大阪駅を間違えてタクシーを走らせ、西友のボスは野菜のダンボールをカッターで開封して商品を傷つけ、西濃運輸のボスはちゃんと荷札を見て荷物を置けとドライバーに注意される。
現場には現場の苦労があることを身を持って知るボス。ミスを連発することで「見習い」という設定にリアリティが出て、なおさらボスだとバレない。いいやら悪いやらである。
見た目は見習い、頭脳はボス
ボスが潜入するのは4〜5箇所。地方の拠点に潜入したボスが目の当たりにするのは、現場で活躍する従業員たち。客を乗せた場所をマッピングして対策を練る大阪のタクシードライバー。横須賀の魚市場で自ら魚を買い付ける鮮魚担当の社員。名古屋のビジネス街を台車で配達して回るアルバイト。それぞれに仕事のこだわりがあり、同時に悩みを持っている。
ボスの見た目は「再就職しようと頑張っている年配の人」なので、現場社員たちがボスに話しかけるハードルは低め。だが、コミュニケーションスキルはベテランのボスの方が長けているので、自然と本音や悩み、身の上話などを聞き出せてしまう。ボスの思うがままである。
ただ、もちろんいい話ばかりではない。ボスに「(現場の悩みを)本社に言ったりしないんですか?」と聞かれた物流倉庫のベテランアルバイトは、「でしゃばったまねすると何言われるかわからないから」「お偉方は現場で実際作業するわけじゃないし」「ただ分かるのは金がかかるということだけ」と、ボスを前にとうとうと語った。
変装がバレないのも、課題が本社に上がってこないのも、大企業が持つ風通しの悪さが根底にあるのかもしれない。ボスはその話をただじっと聞くしかない。
余の顔見忘れたか
潜入を終えたボスは、潜入先で関わった従業員たちを本社に招集する。
「番組のエンディングを撮る」としか言われていない従業員たちは、「15年勤めているけど本社は初めて」「何かやらかした時じゃないと来ない」と不安が止まらない。その上、会議室に通され、偉そうな人がやってきて、「実は先日の彼は……」と正体を明かすのだ。こんなに心臓に悪いことはない。
正体を明かした瞬間のリアクションは2種類ある。
この場は単なるドッキリのネタばらしで終わらない。ボスは現場で体験した課題を真摯に受け止め、対策を取ることを従業員の前で約束する。
よくある「現場の意見を吸い上げるよう、意思疎通に努めます」みたいなぼんやりしたものではない。「フォークリフト免許の取得補助制度を整備」「観光タクシーチームの発足」「表彰制度の新設(+その場で表彰)」など、具体的な対策に落とし込んでいるのがいい。
現場で悪戦苦闘するボスに笑い、現場の従業員のスゴ技に驚き、ドッキリのネタばらしを味わった上で、企業努力まで見せてもらえる『覆面リサーチ ボス潜入』。本日の放送で潜入するのは「ブライダル会社」。新郎新婦の晴れの日にボスがなにかやらかさないか、大変心配である。
(井上マサキ)