米国時間6月13日(日本時間14日午前2時)から、Apple主催Worldwide Developers Conference(WWDC)が開幕する。27年目となる今年のイベントは異例ずくめ。オープニングの基調講演会場は、例年の大ホール会場から2015年秋に「iPhone 6s」などが発表された「Bill Graham Civic Auditorium」に移り、スカラシッププログラムとして世界中から有望な学生も招待している。
しかし、それ以上に驚いたのが、WWDCの会期に先駆けて世界各国ごとに数名のジャーナリストとの電話インタビューを行い、WWDCの中心になるテーマの一部を事前に発表したことだ。
日本では25年にわたるWWDCの取材や、通訳を通さず直接、英語でインタビューなどをしてきた理由からか筆者が選ばれた。以下は、約30分に及ぶApple重役の国内独占インタビューを元にした記事になる。個別の発表の詳細は順次、同社の開発者向けWebページなどでも公開されていく模様だ。
インタビューで語られたApp Storeに関する3つの新発表は、MacやiPhone、iPadなどのiOS機器、Apple TVなどのtvOS機器でビジネスをする開発者はもちろん、それを使うユーザーにとっても重要なニュースとなるはずだ。1ページ目に一般ユーザー向けとして概要をまとめ、開発者向けの詳細情報は2ページ目以降で伝える。
WWDC 2016開幕直前に行われた異例な独占電話インタビューの相手は、基調講演の製品紹介にも度々登場するワールドワイドマーケティング担当の上級副社長(senior vice president of Worldwide Marketing reporting)、フィル・シラー(Philip Schiller)氏だ。
私が基調講演会場の変更などについて「今年のWWDCは異例ずくめで驚いている」と指摘すると、シラー氏は「我々は常にWWDCの改善に取り組んでいる。今回の変更もその表れであり、この電話インタビューもその1つだ」と話し始めた。
「Appleでは、来週から行われるWWDCに向けて、非常に多くの発表を用意しているが、発表内容があまりにも多いため、基調講演ではすべての説明に十分な時間を割くことができない。そこで、これからApp Storeに加える変更点について事前にメディアを通して伝えておき、WWDC参加者が、事前にどのセッションに参加すべきか心の準備ができるようにしたいと思った」という。
現在、App StoreはOS X、iOS、watchOS、tvOSの4プラットフォームで展開。iOSにはiPhone用のストアとiPad専用ストアがあるので、合計5つのストアが用意されている。
App Storeビジネスは登り調子で好調を維持し、2016年の元日には過去最高の売り上げを記録した。これまでアプリ開発者に対して支払ってきた売上の累計も400億ドル(4.2兆円)に上る。
そんなApp Storeではあるが、Appleは以下の3つの観点から改善を加える。
App Storeでは、いろいろな開発者がアプリを提供しているが、Appleはこうしたアプリが、同社の規約に則っているかや、ユーザーにとって有害でないか、製品紹介の内容とあっているかなどきめ細かな審査を事前に行ってから掲載している。Appleが展開する4つのプラットフォームで、マルウェアと呼ばれるものがほとんど流通していないのも、この「審査」という仕組みのおかげだ。
しかし、新作やアップデートをあわせると毎週10万本近いアプリの審査を行わねばならず、これまでは通常1週間の期間を要していた(90%のアプリは5日以内で審査終了していた)。
App Storeの1つ目の改善点「アプリ審査の改善」では、審査のプロセスそのものを見直して審査期間を最適化し、審査に使用するツールを改善し、スタッフの見直しを行うことで、「審査の質を落とさずに大幅に短縮した」という。
この改善は既に数週間前から始まっており、現在では提出されたアプリの50%は24時間以内、90%は48時間以内に審査を終えている。Twitterではアプリの審査がたったの8時間で終わったことに喜びの声をあげる開発者もいた。
「これは多くのアプリ開発者のビジネスのやり方を変える改善になるだろう」とシラー氏は言う。実際、iPhone連携のアクセサリー機器開発者などからは、度々、製品発表前にアプリが公開されても、発表後なかなかアプリが公開されなくても困るという悩みを聞かされていたが、そうした心配も大幅に軽減されそうだ。
2つ目の「ビジネスモデルの多様化」は、App Storeが今後追求する方向性についての話で、実際には、国ごとにアプリの販売価格設定を変えるなど多種多様な変更が含まれる。
しかし、その中でも最大の目玉となるのが「サブスクリプション」(定額課金)という購読型課金に対して設けていた制約の撤廃だ(詳しくは次ページで触れる)。
これまでiPhone/iPad用アプリの開発者が収益をあげる方法はいくつかあった。1つはアプリ内に表示する広告で利益をあげる方法。2つ目はアプリを有料アプリとして販売する方法。3つ目はアプリ内課金と呼ばれる、アプリ内からアイテムや利用期間延長などの権利を追加購入してもらう方法。そして4つ目が毎月自動的に課金する「サブスクリプション」モデルだ。
これまで、iOSでは映像/音楽の配信アプリ、ニュース配信アプリ、そしてオンラインストレージなどのクラウドサービス用のアプリでしか月額課金を行わないという開発者向けルールがあった。しかし、今回の変更により、実質的にこうしたジャンルによる縛りがなくなり、ゲームなどほとんどのカテゴリーの製品で月額課金ビジネスの展開が可能になる。
それ以外のアプリでも、定額課金のものはあるが、そうしたアプリでは、アプリ開発者の自前のWebサイトに個別にアクセスし、そこでアカウント作成やクレジットカード番号登録をする必要があった。登録が面倒な上に、そうした外部サブスクリプションのサービスが増えると、ユーザーとしても、どのサービスにお金を払っているかなどの管理が大変になってしまう。
そうしたことを考えてか、Appleは定額課金を行うアプリのカテゴリ縛りをなくし、その代わりにどのアプリに対して月額支払いを行っているかの全体像を見渡せる集中管理型画面を用意して、ユーザーを不必要な定額課金が増えないように守ろうと考えているようだ。
3つ目の「アプリの発見性の向上」も何か1つの機能ではなく、App Storeの今後の方向性を指している。例えば、App Store内の特集で、既に持っているアプリを表示しないようにして、まだ持っていないアプリの発見性を高めたり、アプリをジャンル別表示する「カテゴリ」タブの復活。3D Touch機能で、お気に入りのアプリを友だちと共有する機能なども秋ごろまでに追加される見通しだ。
こうした多種多用な取り組みの中でも最大のものとなるのが「検索広告」の提供だろう。
今日、App Storeでのアプリ入手の2/3(約65%)は、App Storeで何かのキーワードを使って検索した後に行なわれている。そこでApp Storeの検索結果の1つ目は、アプリ開発者による広告となるように表示を変えるという。広告として表示されるアプリには、青い囲み文字で「広告」であることが明示される。
Appleでは、アプリ提供会社が、アプリに関係のないキーワードで騙してダウンロードを促すことがないように、広告に使うキーワードなどの審査も行う。また、ユーザーのプライバシーを保護するため、ユーザーがどんなキーワードで検索を行ったかのデータはもちろん、ユーザーのプロフィール情報なども一切公開しない方針だ。
一方で、お金を持っている開発社が、広告を独占しないように広告キーワードの入札方法にも工夫をするという(詳細は次ページで触れる)。
App Storeでの検索広告は、まずは米国から展開が始まり、その後、時期を見て世界展開をするという。今回発表した変更点の多くは、新しいiOSのリリース時期がそうなのか、2016年の秋ごろから実施される模様だ。
アプリ開発者にとっても、アプリビジネスを見直す大きな転機だが、欲しいアプリが見つけやすくなり、定額課金の集中管理ができるようになることなどは、ユーザーにとっても賢くアプリを使う上で大きなメリットをもたらすだろう。
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