ロジウムを凌駕する排ガス浄化触媒活性を有する新規合金ナノ粒子~元素間融合により電子状態を改変、優れたNOx還元活性の発現~
本リリースの公式ページ
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20160624/index.html
平成28年6月24日
大分大学
九州大学
京都大学
科学技術振興機構(JST)
ロジウムを凌駕する排ガス浄化触媒活性を有する新規合金ナノ粒子
~元素間融合により電子状態を改変、優れたNOx還元活性の発現~
ポイント
- ロジウムは他に並ぶもののないNO還元活性を有するため自動車排ガス浄化用触媒として用いられているが、希少かつ高価な資源であり代替材料の開発が希求されていた。
- 通常混じり合わないパラジウムとルテニウムを均質に混合した合金ナノ粒子がロジウムをしのぐ触媒活性を示すことを見出した。またその理由が、合金ナノ粒子が「擬似ロジウム」とも言える、ロジウムによく似た電子的特徴を有することに起因しているためだと明らかにした。
- 開発した擬似ロジウムは触媒化学の分野を中心に、低コストかつ高性能な材料としての利用が期待できる。
- 元素間融合に基づく新物質のデザインや新機能の創出の可能性を実証した。
大分大学 工学部の永岡 勝俊 准教授、九州大学 稲盛フロンティア研究センターの古山 通久 教授、九州大学 大学院工学研究院の松村 晶 教授、京都大学 大学院理学研究科の北川 宏 教授らの研究チームは、パラジウム(Pd)とルテニウム(Ru)からなる合金ナノ粒子が、ロジウム(Rh)と同等以上の非常に高い自動車排ガス注1)浄化性能を示すこと、その原因がPdRu固溶型合金の持つ電子的な特徴がRhと非常に良く似ているためであることを明らかにしました。
ロジウムは産業上重要な元素(貴金属)であり、自動車の排ガス浄化用触媒に大部分が使用されています。しかし、ロジウムは希少で高価なため、ロジウムに匹敵する性能を持ち、ロジウムと置き換えることのできる新しい物質の開発が求められていました。
本研究グループはRhよりも資源量が豊富なPdとRuに注目しました。この2つの金属は周期表上でRhの両隣に位置するため、2つの金属の合金は周期表上で間に位置するRhに似た性質を示す可能性があると予想できます。従来、PdとRuはバルクレベルでは合金を作ることができない元素の組み合わせとして知られていましたが、研究グループではナノサイズ化と化学的還元の手法を駆使することで、PdとRuが原子レベルで混合した固溶型合金ナノ粒子注2)を合成し、自動車排ガスの主成分である窒素酸化物(NOx)注3)の浄化に対する触媒活性を調べました。その結果、開発したPdRu固溶型合金ナノ粒子がRhをしのぐ触媒性能を持つことを見出しました。更に、この原因について密度汎関数理論注4)に基づき解析したところ、PdRu固溶型合金がRhに非常によく似た電子的特徴を持つこと、つまり、PdRu固溶型合金が「擬似ロジウム」として振る舞うことを明らかにしました。
開発したPdRu固溶型合金ナノ粒子は、触媒化学のみならず、様々な分野で擬似ロジウムとしての応用が期待できます。更に今回の研究成果は、目的とする性質や特徴を元素間の原子レベルでの混合によってデザインするというコンセプト(DOSエンジニアリング)を提示、実証するものです。今後このコンセプトをさまざまな元素の組み合わせに拡張することでさらなる新物質の開発、機能の発現が期待できます。
本研究成果は、2016年6月24日(英国時間午前10時)にNature Publishing Groupの電子ジャーナル「Scientific Reports」で公開されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造推進事業 チーム型研究(CREST)「元素戦略を基軸とする物質・材料の革新的機能の創出」の研究課題「元素間融合を基軸とする新機能性物質・材料の開発」(研究代表者:北川 宏 京都大学 大学院理学研究科 教授)(研究機関:平成23~27年度)の一環で実施されました。
<研究の背景と経緯>
ロジウム(Rh)は貴金属の一種であり、産業上非常に重要な資源です。メッキや電子材料などにも使用されていますが、その中でも自動車用の排ガス浄化触媒、特にガソリン車用の三元触媒注5)、に広く利用されており、世界の生産量の80%以上が使用されています。しかし、Rhはその地殻埋蔵量が代表的な貴金属として知られている白金のわずか5分の1程度しかなく、最も希少な元素の1つです。このため、市場価格は政治的、経済的な要因によって変動しやすく、また近年はアジア地域での自動車の普及に伴う触媒需要の高まりを受けて、その供給が非常に不安定でした。このため、Rhを置き換えることのできる新しい物質の開発が求められてきました。
本研究グループは周期表上でRhの両隣に位置するパラジウム(Pd)とルテニウム(Ru)に注目しました。これらの元素も貴金属の一種ですが、Rhよりは資源量が豊富で、更にRhよりも安価であるという特長があります。そこで本研究グループでは、2つの元素が原子レベルで混合した合金を作ることができれば、周期表上で間に位置するRhに似た性質を示し、しかも価格も安価な新しい物質となるのではないかと予想しました。従来、PdとRuはバルクレベルでは合金を作ることができない元素の組み合わせとして知られていましたが、これまでの研究で本研究グループは、ナノサイズ化と化学的還元の手法を駆使することで、PdとRuが原子レベルで混合したPdRu固溶型合金ナノ粒子(PdRu-NPs)を合成することに成功しています(Kusada, K. et al. J. Am. Chem. Soc. 136, 1864-1871 (2014))。しかし、PdRu-NPsが本当にRhと同等の触媒性能を示すのか?示すとすればそれはなぜなのか?といった点については今まで充分明らかになっていませんでした。
<研究の内容>
本研究では、PdRu-NPsを用いた担持型触媒を開発し、Rh触媒の代表的な用途である自動車排ガスの浄化反応に対する触媒性能を調べました。図1は高角散乱環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)注6)によって、開発したPdRu-NPs触媒を観察した結果です。直径10nm程度のナノ粒子が担体上に分散している様子が分かります。また、ナノ粒子一つ一つを元素ごとにマッピングして分析した結果、ナノ粒子中にはPdとRuが均一に含まれており、2つの元素が原子レベルで交じり合った固溶体の状態を保っていることが分かりました。
この触媒を用いて自動車排ガス触媒の浄化性能を評価した結果を図2に示します。Rh以外の触媒では低温で浄化することが難しかった窒素酸化物(NOx)が、PdRu-NPs上では効率的に除去されており、Rhと同等か、200ºC以下の温度域ではRhさえもしのぐ、非常に高い触媒性能を示すことを見出しました。また、PdRu-NPs以外の排ガス成分(一酸化炭素、プロピレン)の除去に対しても非常に優れた触媒性能を示すことが分かりました。
更に本研究では、PdRu-NPsがRhに匹敵する優れた触媒性能を示す理由を明らかにすることを試みました。NOの浄化反応の最初のステップは窒素原子と酸素原子の解離であることがこれまでの研究から知られています。NOが解離するためには、金属と吸着したNOとの電子のやり取りが必要ですが、Rhは電子的にNOとの電子の授受に適した構造をしており、これが、Rhが優れたNOx浄化活性を示す理由であると考えられています。今回研究グループでは密度汎関数理論に基づきPdRu合金の電子構造(状態密度注7))を理論的に検討しました。その結果驚くべきことに、PdRu合金の電子構造はRhと非常によく似た特徴を備えていることが明らかとなりました(図3)。また、PdRuが示す電子的特徴は単純なPdとRuの足し合せではなく、PdとRuが原子レベルで混合した固溶体を作ることで初めて発現するということも分かりました。この結果はPdRu-NPsが電子的にRhと同等の特徴を備えること、すなわち「擬似ロジウム」として振る舞いNOの解離を促進していることを示しています。
<今後の展開>
自動車触媒を中心にロジウムの需要は今後増々高まって行くものと予想されます。開発したPdRu固溶ナノ合金は、自動車触媒のみならず、現在はRhが利用されているさまざまな用途、分野で擬似ロジウムとして利用することが期待できます。更に今回の研究成果は、目的とする元素の性質や特徴を、別の元素の原子レベルでの混合によって実現可能であること(DOSエンジニアリング)を示しています。今後、このコンセプトをさまざまな元素の組み合わせに拡張することで、希少元素の特徴を再現したり、既存の元素を超える機能を有した新物質の開発につながるものと考えています。
<参考図>
図1 高角散乱環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)による元素マッピング
- (a) HAADF-STEMイメージ。赤い破線で囲まれた輝点が担持されたPdRu-NPs
- (b) PdRu-NPsの拡大HAADFイメージ
- (c) Pdの元素マッピング
- (d) Ruの元素マッピング
- (e) PdとRuの元素マッピングの重ねあわせ、ナノ粒子内にPdとRuが一様に分布しており、原子レベルで混合した固溶体ができていることが分かる。
図2 PdRu-NPs触媒と比較対象触媒のNOx浄化性能の評価結果
低い反応温度で高いNOx浄化率を示す触媒ほど優れた触媒性能を持つことを示す。PdRu-NPsは従来最も優れたNOx浄化触媒であることが知られてきたRhに匹敵する触媒性能を示すことが分かる。更に、低温でのNOx浄化性能はRhを上回る。
図3 PdRu-NPsと比較対象金属の状態密度の計算結果
RhとPdRuは、幅、ピーク位置、ピーク高さが類似しているのに対し、単独のRuやPdは全く異なる形状をしている。
<用語解説>
- 注1) 自動車排ガス
- 自動車の走行にともなって排出されるガス。窒素酸化物(後述)、一酸化炭素、未燃焼の燃料などを含む。大気汚染などの環境問題を引き起こす原因となるため、排出が厳しく規制されており、規制値を満たさない車両は登録、販売ができない。
- 注2) 固溶型合金ナノ粒子
- 2種類以上の金属が原子レベルで均質に混合した合金からなるナノメートルサイズの微粒子。
- 注3) 窒素酸化物
- エンジン内で燃料が燃焼する過程で、燃料中の窒素や空気中の窒素と酸素が高温にさらされることで発生する。NOx(ノックス)とも称される。光化学スモッグや酸性雨の原因となり、人体に対しても有害である。
- 注4) 密度汎関数理論
- 量子力学に基づいて対象とする系の電子系のエネルギーや電子状態を電子密度から計算する方法。
- 注5) 三元触媒
- ガソリン車の排ガスに含まれる有害成分(窒素酸化物、一酸化炭素、炭化水素)を同時に浄化する触媒。貴金属が活性成分として含まれており、特にロジウムは窒素酸化物の還元にとって必須の成分である。
- 注6) 高角散乱環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)
- 細かく絞った電子線を試料に走査させながら当て、透過電子のうち高角に散乱したものを環状の検出器で検出して観察する電子顕微鏡のこと。本研究で使用した装置には高感度の元素マッピングが可能な検出器が付属しており、ナノ粒子内の元素の分布を原子レベルで解析することができる。
- 注7) 状態密度
- あるエネルギーの状態に電子がどれだけ存在できるかを示す値。
<論文情報>
タイトル | “A Synthetic Pseudo-Rh: NOx Reduction Activity and Electronic Structure of Pd–Ru Solid-solution Alloy Nanoparticles” (人工擬似ロジウム:パラジウム-ルテニウム固溶型合金ナノ粒子のNOx還元活性と電子状態) |
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著者名 | Katsutoshi Sato, Hiroyuki Tomonaga, Tomokazu Yamamoto, Syo Matsumura, Nor Diana Binti Zulkifli, Takayoshi Ishimoto, Michihisa Koyama, Kohei Kusada, Hirokazu Kobayashi, Hiroshi Kitagawa, and Katsutoshi Nagaoka |
掲載誌 | Scientific Reports |
doi | 10.1038/srep28265 |
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
永岡 勝俊(ナガオカ カツトシ)
大分大学 工学部 准教授
〒870-1192 大分県大分市大字旦野原700番地
Tel:097-554-7895
E-mail:
古山 通久(コヤマ ミチヒサ)
九州大学 稲盛フロンティア研究センター 教授
〒819-0395 福岡県福岡市西区元岡744
Tel:092-802-6968
E-mail:
松村 晶(マツムラ ショウ)
九州大学 大学院工学研究院 教授
〒819-0395 福岡県福岡市西区元岡744
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北川 宏(キタガワ ヒロシ)
京都大学 大学院理学研究科 教授
〒606-8502 京都府京都市左京区北白川追分町
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