特許を取得していく上で最も重要なことは、事業的に価値のある特許を数多く取得することである。特に、わが国企業は、改良的な発明を多数生み出し、それをもとに特許網を形成することを得意とし、そのことが企業の収益を支え、わが国の競争力の向上に貢献してきたところである。
フロントランナー型の事業展開を実現していく上で求められることは、わが国の持つ強みを維持しつつ、わが国が弱いとされてきた独創性の高い発明を生み出していくことである。改良的な発明の強みに、独創性の高い発明を加えていくことで、わが国独自の特許戦略を構築することができる。独創性の高い発明を重視するあまり、改良発明を多数生み出すことを軽視することは、かえって競争力にマイナスと考える。
改良発明を含め、事業的に価値のある特許の数が増えることは、産業界においては大切なことである。件数抑制的な政策を講じるのではなく、このような特許が多数生まれることを促進すべきである。
わが国の特許率が欧米諸国に比して低位にあることは、わが国の企業が無駄な審査請求をしていることの現れであり、結果として、審査負担を増大させているとの批判がある。
特許率の低下は様々な理由によるものであり、そのことから、ただちに、わが国の企業が無駄な審査請求を行っているとは言えないと考える。また、審査請求を行うか否かは日々判断を迫られているものであり、結果としての特許率のみを目標にすることは、かえって企業の競争力の強化に向けた活動を制約するおそれがある。
もとより、審査負担の増大に対しては、審査官の増員や関係調査機関の一層の充実などの審査体制の充実で対応すべきであり、引き続き、関係者の努力に期待するところである。しかしながら、特許率の低下の背景に、企業の効率的な行動を妨げるような問題点が存在するとすれば、その解決が求められるところである。こうした観点から、産業技術委員会知的財産部会において、特許率の低下の原因について検討を行ったところ、考えられる主な原因は、以下の通りとされたところである。
企業において十分な先行技術調査が行われていないことにより、特許性のない発明も審査請求の対象となっている面があると思われる。企業が先行技術調査を十分に行えば、審査請求段階で、さらなる厳選が可能となる部分もあると思われる。
7年から3年への移行の過程で一時的に審査請求が増大する一方、企業として審査請求増に十分な対応がとれていないことが、特許率に影響を与えているものと思われる。また、今後は、先端技術開発から生まれた発明で、3年の時点では事業化にあたっての重要性が完全に判断できないが、その後の状況で審査が不要と判断されるものが審査請求に含まれてくるものと思われる。
選択と集中を進めていくためには、組織のタイムリーな再編が必要であり、わが国企業も積極的な取り組みを始めているところであるが、こうした動きの中で、同一企業の違うカンパニーから出された審査請求が一部重複するような事態が生ずるおそれがあると考えられる。これらは、組織再編にともなう過渡的な現象と捉えるべきであり、企業自らが組織再編のもとでの問題の解決を目指すべきと考える。
なお、上記以外に、出願・審査請求制度を巡っては、現行の補正の制限が大変厳しく、競争力の強化にふさわしいものとなっていないという問題や、国際的出願が増大し、世界的な権利取得の費用が膨大なものとなる一方、各国における審査の重複が増えているという問題も発生している。
以上述べてきたとおり、特許率の低下の背景には、いくつかの課題が存在しているため、一つの対策でこれらに対応するのは困難であり、総合的な対応が必要と考える。また、基本的視点の項で指摘したとおり、事業的に価値のある審査請求の数を抑制しないようにすることが大切である。
以上を踏まえて、求められる措置を挙げると以下のとおりである。
特許庁の先行技術調査のノウハウの積極的な公開、調査機関の育成など、企業の先行技術調査をやりやすくする環境を整備すべきである。また、将来的には、十分な先行技術調査の資料が添付された場合に、一部料金を減免する制度の導入を検討すべきである。
現在、産業構造審議会において、受益と負担関係の明確化、十分な先行技術調査のもとに審査請求を行っている企業の負担軽減などの目的のために、審査請求料の引上げ、出願料ならびに特許料の引下げの検討が行われている。
その基本的な考え方は、出願料の引下げ、審査請求料の引上げ、特許料の引下げに関し、引上げ分と引下げ分が全体として見合うバランスの見直しであり、その目的がコスト負担の不均衡の是正、先行技術調査の奨励、出願の奨励であるならば、妥当性が認められる。ただし、これらのバランスの見直しによって、事業的に価値のある審査請求の件数を抑制することのないよう留意することが必要である。
料金見直しにあたっては、審査請求料の引上げ幅を、コスト負担の不均衡是正の中でもできる限り小さくし、特許料の1年目から6年目までの部分を重点的に引下げるとともに、現行の特許料にも何らかの引下げ措置を講ずることなどにより、移行期における審査請求料の引上げによる負担増と、出願料や前記の特許料の引下げなどによる負担減が同じになるように影響緩和措置を講ずるべきである。
先端技術開発から生まれた発明については、審査請求の段階で評価が定まらずに、その後の状況で評価が確定し、審査が不要となるものも存在する。これらについて審査を行うことは効率的でなく、出願の取り下げの場合の料金の返納など、審査請求以後に審査が不要となる出願については審査に入らずに、料金負担を軽減するようにすべきである。また、審査請求料を分割払いとし、全額払い込みがない場合には、審査に着手しないようにする方策も検討すべきである。
産業競争力の強化のためには、基本特許をベースにした特許網の形成が不可欠であるが、一日でも早く出願をしなければ競争相手が先に出願してしまうという先願主義のもとでは、基本特許となる発明であればあるほど、最初の段階から、完成度の高い出願明細書を作成するのは困難である。現行の補正の制限は大変厳しいものであり、競争力の強化にふさわしいものとはなっていない。現行の制限を諸外国並みに緩和していくべきである。
さらには、先願主義につきまとう開示不足を補い、広くて強い権利を実現するために、国内優先期間を延長すべきである。
多数国における特許の取得費用と審査負担の軽減に向けて、国際間における調査・審査結果の相互活用を進め、グローバル展開における料金負担の軽減を目指すべきである。
最近、職務発明を巡り、地裁、高裁で判決が出されたものを含め、大きな訴訟が生じているが、どんなに工夫を凝らした職務発明規定を作っても、企業は常に偶発債務を抱えるおそれが生じている。また、最近の分社化、事業再編成、研究開発活動の多様化などにより、使用者、従業者および発明に係る事業を行う者の関係が複雑化しつつあることから、属地の扱いを含め、紛争の可能性がさらに高まると思われる。そのため、企業の国際競争力や海外からの投資活動にマイナスの影響を与えることが大いに懸念される。
企業自らがより良い人材を集めるべく、研究者などへのインセンティブを高めるよう努めるとともに、職務発明の扱いについては、従業者が弱者という認識のもとに、発明の対価を法律で保証する方式から、企業が発明報償金の扱いを含めた処遇を提示し、研究者などとの間で合意を得ることを前提に、両者の取り決めを尊重する方式に、考え方を早急に改めていくべきである。
技術を製品化していくには、大変な労力をかけて第3者特許を調査するが、判決に予見性がなければ、第3者特許を侵害しないように必要以上に安全な設計にせざるをえず、競争力に影響を与えるおそれが強い。また、裁判において、専門的・技術的事項について十分に審理を尽くす意味からも、貴重な専門人材を最大限に活用することが求められる。
シンガポールでは、知的財産権裁判所が設立されることとなった。知的財産立国の実現に向けて、わが国として、東京高裁の専属管轄化(裁判例の統一を含む)を進め、知的財産権に限定した、アジアの中心となる知的財産権裁判所を目指すべきである。
なお、東京高裁への専属管轄化の上でも、技術的専門性の有無などを考慮して、著しい損害または遅滞を避けるために必要がある時は、大阪高裁に移送することも考えられる。
知的財産権侵害に対する水際措置については、知的財産戦略大綱では、米国ITCの制度等も参考にしつつ、特許権、意匠権等の侵害品に対する措置の強化を含め、関係省庁間で検討を行ない、法制面および運用面での改善策を策定し、所要の措置を講ずることとされている。また、12月13日の関税・外国為替等審議会答申においても、特許権、意匠権等侵害物品に係る輸入差止申立制度などの水際措置について、今後速やかに検討し、遅くとも2003年度中の制度の構築を目指すとされている。
具体的に制度を構築するにあたっては、特許権、意匠権等侵害物品に関し実効性のある輸入差止申立制度の導入を実現すべきである。
運用にあたっては、認定手続の途中で輸入者が自発的に部分廃棄する場合には廃棄処分の内容を権利者が確認できるようにすべきである。
今後は、権利者が輸出国での製造・輸出の防止や国内での侵害品の流通を防ぐための防止措置などをなるべく早い段階で講じられるようにするとともに、こうした権利者の行動を通じて新たな情報の提供を促し、税関での侵害品の取締りのさらなる強化を図るべく、輸入者や輸出者などの侵害品に関する情報を権利者に開示していくための方策を講ずることが不可欠と考える。さらには、侵害の認定が困難な特許権侵害品などについて国内への流入阻止の実効性の向上に向けて、一層の制度改革や運用の強化策の検討を引き続き行うべきである。
会社更生法を含むわが国の倒産法制においては、ライセンサーの破産時に、包括契約を含むライセンス契約を、破産管財人が一方的に終了することができることになっており、ライセンシーがきわめて不安定な立場におかれている。クロスライセンス契約においては、双方向の契約がなされており、さらに影響が大きいと思われる。大企業がベンチャー企業との取引を敬遠するケースも考えられ、ライセンス契約を安定的に行うために、ライセンサーの破産時のライセンス契約の保護のための方策などを早急に講じるべきである。