人間の脳や記憶の仕組みについては、ようやくさまざまなことが少しずつ解明されつつある段階です。それでも確かにわかっているのは、多くの人がものを覚えるのに苦労していて、しかも苦労のポイントは人それぞれだということ。
スーパーで買い物すると、買うものを1つか2つ忘れるという人もいれば、その帰りにクリーニングに出した服を受け取ってくるのを忘れるタイプもいます。もっと深刻な例だと、子ども時代の出来事をあまり覚えていない人や、大学時代の記憶が同級生とは食い違う人などもいるでしょう。そこでまず、ものを覚える時に脳の中で何が起こっているのかを確認しましょう。
きちんと記憶できない理由
人によってよしあしは異なるものの、完璧な記憶力の持ち主などいません。どうしてこんなことになるのか理解するには、いくつかのポイントに目を向ける必要があります。まずは、私たちはどうやってものを覚えるのか、というところから始めましょう。
ものを覚えられるのはどうしてか
人間の記憶力とは不可解なものです。例として、私たちが視覚的なイメージをどうやって覚えているか考えてみましょう。「目で見て、そのまま覚える」だけの単純な話だと思いますよね。でも、米科学雑誌「Scientific American」によると、もっと複雑なメカニズムが働いているのだそうです。
視覚的イメージの記憶(例えば、晩ご飯で出た料理)は、視覚的記憶に蓄えられます。この視覚的記憶はきわめて単純な処理にも利用されています。例えば、たった今会った人の顔や、さっき時計を見た時は何時何分だったかなどを思い出す時です。
夕食に食べたもの(の映像)という記憶も、視覚的短期記憶に蓄えられます。具体的には、短期記憶のうちの「視覚的ワーキングメモリ」です。視覚的ワーキングメモリは、ほかの作業に意識を向けている間、視覚的イメージを一時的に保持しておくところです。言うなれば、ホワイトボードにメモを手早く書き留めて、用が済んだら消してしまうのに似ています。
では記憶の中に「ホワイトボード」から消されることなく定着するものがあるのはどうしたわけでしょうか。米マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究によると、これは単に、「そのイメージにどれだけ意味があるか」「既存の知識と結びつけられるかどうか」にかかっているそうです。
イメージを別の何かと結びつけられれば、後から思い出せる可能性が上がります。暗記をするにも、何かを学ぶ場合と同様、コンテキスト(文脈)が重要なのです。以前、米総合雑誌「The Atlantic」に、「記憶力向上のカギを握るのはパターン認識だ」という記事が載りましたが、これも根っこは同じ。要するに、新しく覚えたことを、すでに持っている知識にさまざまな形で関連づけられれば、それだけその情報を記憶できる可能性は高まるのです。この基本的プロセスは、どうやらほとんどの記憶にあてはまるようです。
私たちの脳の中では、目に見えないところでさまざまなことが行われています。物事のしくみを解説するサイト「HowStuffWorks」が、うまく解説しています。
専門家によると、脳の海馬は前頭葉と共に、感覚器官からのさまざまなインプットを分析し、記憶すべきかどうか判断する役割を担っています。記憶するに値すると判断された場合は、長期記憶の一部になることがあります。(中略)こうしたさまざまな情報の断片は、その後、脳のあちこちに保存されます。ただし、こうした断片的な情報が、後から関連づけられて呼び戻されることで、まとまったひとつの記憶を形作る仕組みについては、まだ明らかになっていません(略)。
記憶をうまく「エンコード」するには、まずは対象に注意を向けることが必要です。けれども、あらゆる物事に絶えず注意を向けることはできません。日々の生活の中で出会うもののほとんどは弾かれてしまい、少数の刺激だけが認識の対象となります。(略)現時点でわかっているのは、情報に対する注意の向け方は、その情報を記憶できるかどうかに関わる最も重要な要素なのかもしれない、ということです。
人間の記憶についてはまだ解明中の段階で「ある特定の情報が、他の情報に比べて頭に残りやすいのはなぜか」という問題は、謎に包まれたままなのです。
記憶はあてにならない
「記憶はあてにならない」というのは、特に新しい話でもないでしょう。誰にでも、物事の細部を間違って覚えていたとか、ド忘れしてしまったとか、細部を完全に「創作」してしまったとかの経験があるのではないでしょうか。その理由は簡単です。人間の記憶がいつも確実と言えないのは、それが知覚に関わる問題だからです。
記憶はさまざまな理由で書き換えられてしまいます。例えば、ノスタルジーのために、記憶の中の過去は実際より良く思えるものです。
Scientific Americanによると、実際とは異なる記憶を他人の頭に植え付けるのは驚くほど簡単だそうです。何よりショックなのは、細部の記憶が完全に間違っていることなど珍しくないという事実です。例えば、目撃者の証言があてにならないのはよく知られています。スミソニアン博物館の発行する雑誌「Smithsonian Magazine」によると、大きな事件についての私たちの記憶も、常に不正確なのだそうです。
たいていの人は、ジョン・F・ケネディ大統領の暗殺や、スペースシャトルのチャレンジャー号爆発事故などといった重大事件の際に、自分がどこで何をしていたかを鮮明に覚えています(ところでどういうわけか、突然起こる重大事件というのは、良いニュースではなく悪いニュースであることが多いようですね)。
これを「フラッシュバルブ記憶」と呼びます。こうした記憶は非常に鮮明で詳細なもののように思われますが、心理学の研究によると、驚くほど不正確であることがわかっています。
カナダのマギル大学の神経科学者Karim Nader氏は、アメリカ同時多発テロ事件に関する自身の記憶にうっかりダマされていたそうです。Nader氏には、1機目の飛行機がワールドトレードセンタービルの北棟に衝突した瞬間の映像を、9月11日の当日にテレビで見た記憶があります。ところが、そのような映像が初めて放送されたのは翌日になってからだったと知って驚いたそうです。この思い違いをしていたのはNader氏だけではありません。569人の大学生を対象とした2003年の調査によると、73%もの学生が、同じ記憶違いをしていました。
記憶があやふやになるのは、ショッキングな大事件に限るというわけでもないようです。心理学専門誌「Psychological Science」に掲載された論文によると、何かを思い出す行為は、その記憶を強化するとともに歪曲してしまう効果があるそうです。つまり、何かを思い出そうとするのはその記憶をせっせと書き換えていることになるのです。
このことはある面で、私たちの思い出を脚色するさまざまな「記憶のバイアス」とも深く関わっています。
記憶のバイアスには、例えば、イヤな出来事より楽しい出来事を思い出しがちな「ポジティブ優位性効果」や、過去の自分を美化する「自己中心性バイアス」などがあります。これらの作用によって、私たちは絶えず、自分自身がよく見えるような形で記憶を書き換えているのです。ですから、自分の記憶を信じるのは良い方法とは言えません。
例えば、実験心理学の専門誌「The Journal of Experimental Psychology」に載った論文によると、私たちは重要な物事を「後で思い出せるだろう」と思いがちですが、実際はそれほどでもないようです。素晴らしいアイデアを思いついたけれど、「すごく良いアイデアだから絶対忘れない」と思い込んでメモしておかなかったばかりにすぐに忘れてしまったという経験は誰にでもあるはず。それは、私たちが自分の記憶力を過信しているせいです。
残念ながら、こうした記憶のバイアスに対抗する方法は、「そういう現象がある」と認識することくらいです(記憶のバイアス以外のたいていのバイアスについても、やはり方法はそれしかありません)。「自分の記憶力は完璧ではない」と認識したならば、これからはその不完全な記憶力に、もっと慎重に向き合えるでしょう。
いかがでしたか。中にはいくつか心当たりのある事例もあったのではないでしょうか。2013年7月5日20時に配信予定の後編では、「あてにならない記憶」を少しでもよくする改善策を紹介します。お楽しみに。
Thorin Klosowski(原文/訳:江藤千夏、長谷 睦/ガリレオ)