スタバ併設、私語OK 「市立TSUTAYA図書館」の集客力
佐賀・武雄市、開業から半年
平日も駐車場は満杯、4割は市外から
武雄市は古くから温泉街として栄え、国指定の重要文化財「武雄温泉楼門」などが残る観光地だ。目指す武雄市図書館は町の中心部、JR武雄温泉駅から南に徒歩約15分の距離にある。
足を運んで驚いた。8月末の平日昼下がり。午後の日差しがいちばん厳しい時間帯にもかかわらず、図書館の駐車場はほぼ満杯だ。それも地元の佐賀ナンバーだけでなく、福岡や長崎の車がひっきりなしに出入りする。「利用者の4割は市外からですよ」。杉原豊秋館長が教えてくれた。新しい観光名所が生まれたようなものだ。
館内に入ると、目の前一面に本でできた壁が広がった。吹き抜けの2階天井に至るまで書棚が伸び、本がぎっしり詰まっている。1階手前は新刊本や雑誌を販売するTSUTAYAの書店コーナー。奥には高さ4メートルほどある書棚がずらりとならび、入り組んだ迷路のようになっている。
話し声が聞こえる空間、パソコン利用もOK
20万冊の蔵書の大部分が開架で利用でき、さらに3万冊の販売用書籍が並ぶ。単に便利だというだけでなく、まるで本の森の中を歩いているような爽快な気分になる。次に読む本を探しているのだろうか。学校帰りの高校生が小説の書棚を前にして、じっとたたずんでいた。
だが、なにより他の公立図書館と異なるのは「音」だ。メーンの閲覧スペースにカフェが併設されているので、館の入り口をくぐった瞬間、話し声がざわざわと耳に入ってくる。一般的な図書館を支配する、あの水を打ったような静けさはない。
カフェスペースではコーヒーや軽食を片手に貸し出し図書をめくることができる。販売用の書籍や雑誌の持ち込みもOK。ノートパソコンを開いて仕事の資料作りに没頭したり、友人とのおしゃべりに興じたり。極端なことをいえば、周囲の迷惑にならない限り、本と全く関わりのない過ごし方をしてもかまわない。
子どもを連れて来やすくなった
通常、図書館での私語や騒音はご法度と考えられている。だが、ここでは、この「ざわざわした雰囲気」が、大きな長所にもなっている。「子どもを連れて来やすくなった。絵本の読み聞かせもリラックスしてできる」。市内在住の30代女性が笑顔で語る。
改修前から在職する杉原館長が話す。「館が新しくなって、今まで以上にいろんな人がそれぞれの居場所を求めてやってくるようになった」。図書館の存在意義は、本の貸し借りや読書、調べもののためだけではない。人が集まって情報を交換し、自ら新しい情報を創造するような場所としても機能し始めている。カフェスペースはその象徴だ。
半年の来館者、前年比3.6倍の52万人に
4月の再開業から9月末までの半年で、来館者は前年同期の3.6倍にあたる52万人に達した。図書館を人が集まる場所にする。この点について、武雄市図書館は1つのモデルを示したといえる。
こうした新しい形の図書館について、他の地域の人も関心を寄せているようだ。日本経済新聞社が全国の成人男女を対象に実施した「図書館利用調査」(この記事最後の調査結果参照)でも77.9パーセントが「武雄市図書館に興味がある」と答えた。
もちろん、改善すべき点は多々ある。販売書籍の売り場と蔵書の棚を巡って最初に気づいたのは、他の意欲的な公立図書館に比べて司書職員オリジナルの企画コーナーが目立たないことだった。
公立図書館を訪れる楽しみの一つに、各図書館ならではの特設棚がある。地域の歴史的人物に関連する書籍を集めたり、東京オリンピック開催決定など時事的な話題を深掘りする参考図書を集めたり。記者が以前住んでいた福岡市の図書館には、ページが破り取られたり落書きされたりして戻ってきた図書をあえて実物展示するコーナーがあって、ちょっと視点を変えた棚作りにうならされたものだった。
「企画コーナーが少ない印象ですね」。杉原館長に話しかけると、「うーん、確かに」。重ねて理由を尋ねると、「司書の業務が増えたことがあります」。
増える仕事、変わらぬ司書の人数
武雄市図書館の司書は計13人。改修前と人数は変わらないが、貸し出しだけでなく販売の業務が加わった。「利用者からすれば、貸し出しと販売の区別なんてない。司書だから販売には関わらないなんて言い訳はきかない」(杉原館長)。さらに年中無休、閉館時間も午後6時から同9時に延びた。
調べものの相談にのるレファレンスサービスも、利用者の急増に比例して業務が増えている。すべての相談事例を記録にとって保存するなど、同館にとってレファレンスは改修前から重視してきた業務。「おろそかにすることは存在意義を自己否定するようなもの」(同)という。文化の拠点施設として、業務の効率化とサービスの維持向上をどう両立させるか。大きな課題が顔をのぞかせる。
また「静かな環境で読書や調べ物に没頭したい」という、従来の利用者の願いにどう応えるのかという問題もある。現在はカフェスペースのある閲覧室と区別して、1階奥や2階の閲覧室が静かに読書、勉強に打ち込むスペースになっているが、このまま来館者が増えていけば「音」によるトラブルが発生するケースも想定される。
本を仲介役にして、様々な人が集う場に変貌を遂げる武雄市図書館。訪れる人の目的が多様になるにつれ、共存のための「交通整理」が必要になるだろう。(文化部 郷原信之)
図書館利用者調査 「知の総合拠点」へ期待
図書館の利用実態と、求められる将来像を調べるため、日本経済新聞社は「図書館利用者調査」を実施した(協力・日経リサーチ)。インターネット上で実施期間は9月6~9日。選択肢による質問で複数回答可。回答人数1000人の段階で集計した。図書館が新しい業務として取り組むビジネス支援サービスのうち、利用者の多くが「外国語講座」(52.8%)、「情報技術に関するコンサル」(31.9%)を希望するなど、「知の総合拠点」への期待が高まっていることを裏付けた。主な調査結果は以下の通り。