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石巻の子どもたちへの400球 痛めたはずの肩が……

野球評論家 工藤公康

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今年で50歳になります。小学生の時に野球を始めてから40年近く、ほとんどの時間をこのスポーツに費やしてきました。お酒の飲み過ぎで肝臓をこわし、「工藤は終わった」といわれたこともありました。数限りない失敗を重ねましたが、そこから「自分で考える」「自分で決める」ことの大切さを学んだ気がします。舌足らずかもしれませんが、野球を通じて学んだ大切なことを、みなさんにお伝えできれば幸いです。

野球好きの父親とのキャッチボールが始めたきっかけでした。ただ、父は構えている所に投げられないと怒って帰ってしまう。そんな厳しさもあって、正直言えば野球が嫌いになってしまいましたが、少しでも父に褒めてもらいたいという思いから、「将来はプロ野球の選手になりたい」と小学校の卒業文集に書いた記憶があります。

どうせ嫌いな野球なんだから、何とか早くうまくなってしまおうと、あれこれと工夫を巡らしました。野球雑誌にあった連続写真を見ては、江夏豊さんら当時活躍している選手のフォームもよくまねをしたっけ。

意外でしょうが、私はプロ野球の試合を一度も球場に見に行ったことがないんです。それでもプロの世界に入ることができたのは、私の世代の遊びが技術向上のヒントになったからだと思います。

ひもを巻いたコマを勢いよく回すときの柔らかい手首の使い方は、カーブを投げる上で参考になったし、上から投げ下ろすメンコ遊びは、そのまま野球での左腕の使い方、スナップのきかせ方につながりました。経済的には豊かとはいえなかったけれど、遊ぶ場所を含めたいい環境が私の周りには備わっていたと思います。

遊びとスポーツ。それらがうまい具合に入り交じるいい少年時代でした。おおらかな時間が流れていたあのころだったから、今の自分が育つことができたと思っています。

だからでしょうか。東日本大震災が発生した2年前、被害の大きさが明らかになっていき、子どもたちのことを考えたとき、私はいても立ってもいられなくなりました。子どもたちから夢や希望や、あらゆるものを奪ってしまった大災害。自分にできることはないか?と思いがつのるばかりで、何からどう手をつけていいのかもわかりませんでした。

知人に相談すると「野球教室と炊き出しをしてみないか」と誘われました。その年の6月に初めて宮城県石巻市を訪れました。同市の死者・行方不明者は3000人を大きく超えたと聞きます。街はほぼ壊滅状態でした。目の前の光景に、声を出すこともできませんでした。

グラウンドには救助作業を終えたトラックのタイヤの跡がくっきり。自衛隊の給水車両がとまっている中で、野球教室は始まりました。

集まってくれたのは100人以上。普段なら、「さぁ、大きな声を出そう」と掛け声が飛びますが、そんな元気なんてあろうはずがありません。キャッチボールやノック、打撃練習のアドバイス程度ではだめだろう。

どうしたらいいのかわからないままでしたが、私はみんなと触れ合うことが何よりだろうと思い立ちました。100人を50人ずつに分けて、ゲームをやるのです。もちろん、ピッチャーは私がつとめました。

アウトカウントは関係なしで、攻撃側の50人がヒットを打つかアウトになって一巡すれば攻守交代です。

最初は子どもたちも保護者の方も伏し目がちでしたが、徐々に点が入るようになると、「打て!」「走れ!」「頑張れ!」という声が飛ぶようになりました。こちらの気持ちも弾んできます。2時間で400球近く投げましたが、痛めていたはずの肩に全く違和感はありませんでした。

練習後の炊き出しではカツカレーを手渡しで一人ひとりに配りました。おいしそうに食べているその姿を見ているだけで、「ここに来られて良かった」と思えました。

こんな大変な環境でも野球をしてくれる子どもたち。「あきらめないで」「夢を持って」「前に進む勇気を大事に」という応援の意味を込めて野球教室を開かせてもらったのですが、子どもたちの笑顔に、逆に私の方が元気をもらったようでした。

もし、一生のうちに人生観が変わる日というものがあるのなら、この時がまさにそうでした。40年近く野球を続けてきた私は、ずっと誰かに応援してもらってばかりでした。その恩を返すときが来たと悟ったのです。

震災の前の年の10年オフに、私は西武から戦力外通告を受けました。"浪人"中だった11年は現役を続けるためのトレーニングに専念することもできたのですが、被災地に通って野球教室を続ける道を選びました。

29年間の現役生活で酷使してきた肩が再びこわれてしまい、引退することになりましたが後悔はありません。むしろ、私のような者が野球教室を続けることで、このスポーツを楽しむ気持ちや、様々な人生の夢を、子どもたちがあきらめないでいてくれるのならば、いくらでも行かせていただきます、という覚悟でした。

野球人生の最後に、私の肩が子どもたちを笑顔にする上で役に立ったのかと思うとうれしかった。岩手県や福島県を含め、あれから30回以上は被災地に足を運んだのですが、行くたびにこちらが勇気をもらって帰ってくることになりました。

被災地はそれなりに復興が進んだようです。ただ、忘れてはいけないのは津波で流された地域をはじめ、本格的な復興はこれからなのだ、ということ。まだ生まれ育った自宅に帰れない子どもたちがいることを、大人の一人として忘れてはいけないと思っています。

野球教室を続けるうちに、私は夢を持つようになりました。いつかあの大震災を経験した子どもの中からプロ野球選手が出てくれないものか。その選手が抱いている「あの日」の思いを、世の中すべての人に伝えてほしいと思うのです。


工藤公康(くどう・きみやす) 1981年度のドラフト6位で名古屋電気高(現愛工大名電高)から西武に入団。落差のあるカーブと相手打者の心理を読んだ配球を武器に、大舞台に強い左腕として西武の黄金期を支えた。生活の乱れから一時成績が落ち込んだが、食事の改善や大学教授らと連携したトレーニングで低迷から脱却。86年から2年連続日本シリーズMVP。95年ダイエー(現ソフトバンク)にフリーエージェント(FA)で移籍、捕手の城島健司(引退)を育て、99年にチームを日本一に導き「優勝請負人」と呼ばれた。2000年には2度目のFAで巨人へ。07年から横浜に移り、10年に西武に復帰。同年オフに戦力外となり、11年12月引退を表明。プロ野球29年間で224勝142敗3セーブ。最高勝率、最優秀防御率各4度など多くのタイトルに輝く。1963年5月5日生まれ、愛知県豊明市出身。日刊スポーツ評論家。
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読者からのコメント
WalkManツトム 50代男性 新潟県
なぜか震災関連の記事を読むと、涙が出ます。 工藤投手?も50才にして、素敵なヤリガイのある第二の人生をスタート。 私も60才にして、生まれ育った故郷で第二の人生をスタートしました。 私は3年8ヶ月、東北で仕事をさせていただき、東北の方の優しさの中で過ごさせていただきました。 楽しかった東北は、勝手ながら、私の第二の故郷です。 「今度は私が東北のために何かを」と思っても、なかなか工藤さんのようにはいきません。 今、私に出来ることは、  ・忘れないこと。  ・応援すること。  ・伝えること。 と思っています。 新しい仕事が落ち着いたら、東京に居る家族と第二の故郷/東北に出かけ、何か出来る事をさせていただきたいと思います。
桜島大根 50代男性 大阪府
はじめまして^_^  3月12日の記事を読ませていただきました。 素晴しい活動に感激致しました。 これからもコンディションを調えて頑張ってください。 私も 15年間少年野球に携わらせていただきました。 子供達は財です。 可能性は無限大です。 応援しております。

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