「つぶやき」1日で1.8倍に、被災地の肉声 瞬時に発信
ネットのチカラ 第6部 震災が変えた(上)
3月11日に発生した東日本大震災は、インターネットが本格的に普及した先進国が初めて体験する大規模自然災害といえる。特にここ数年普及が加速しているミニブログ「ツイッター」やSNS(交流サイト)、動画配信などのサービスでは、震災に関する膨大な情報が行き交い、既存のマスメディアがカバーしきれない被災者の生の声を伝える役割を果たした。これら新しいメディアの動きを追うことで、個人がネットをどう利用したのかを検証する。
「東日本大震災はこれまでの災害史上、最も記録される震災になるだろう」――。米CBSのプロデューサーの経歴を持つソニーのハワード・ストリンガー会長は、日本の震災について問われてこう答えた。
過去の災害と比較すると、1995年の阪神・淡路大震災では、ネットは黎明(れいめい)期にあり、国内の利用者数は現在の2%程度。その後、携帯電話のメールなどがけん引役となり、ネットを使って情報を発信・収集する人口は拡大した。2004年のスマトラ沖地震では、情報発信の主体はテレビなどの大手メディアだった。
現在は個人が情報を発信するのに都合のよい道具がそろっている。なかでもツイッターは、不特定多数の人々に素早く情報を広めるのに非常に効率的な機能を持つ。震災後は個人や政府、自治体、企業がこぞって公式アカウントを作成し、情報を発信し始めた。
震災当日、ツイッターに投稿されたツイート(つぶやき)は、平均的な1日(約1800万件)の1.8倍にあたる約3300万件と爆発的な数字を記録した。これはNECビッグローブが分析したデータで、それ以降も2000万件超と高い水準で推移している。
3月11日から1週間ほどのツイートの内容をみると、全体の約7割を震災関連が占めている。地震・津波による被害状況や安否情報、原発関連の話題が、被災者やその関係者などから投稿された。「平時」であれば、アニメやスポーツなどエンターテインメント系の話題が約6割を占めるが、過去に例を見ない震災だけに、飛び交う情報もより切迫したものになったようだ。
サッカーのチャリティーマッチが行われた3月29日には、娯楽系の話題が震災後初めて6割を超えた。「スポーツやアニメなど話題の番組がテレビで放送されると、ツイッター上の緊張感も和らぐようだ」(ビッグローブ)と分析している。
野村総合研究所は、特殊なツイートの傾向について解析・公開している。被災地である岩手、宮城、福島の3県から発信されたとみられる「つぶやき」を抽出。食事や衣類、燃料など物資の支援要請の動向をリポートにしている。
解析を始めた3月27日から4月21日の間に3県から発信された関連ツイートは合計3618件。宮城が1529件、福島が1353件、岩手が736件だった。
もっとも多いのが飲食物に関しての要請。野村総研の調べだと計610件あった。「1日の配給はおにぎり1個とコッペパン1つ」(宮城県石巻市)など、実際のツイートも紹介している。解析初日に3県合計で40件と一番多かったガソリンは徐々に減り、4月に入ってからは日に1ケタで推移している。
そのほかにも「目薬と花粉のアレルギー薬をお願いします」(岩手県大船渡市)「2週間たって下着を1度だけ替え、サンダルで過ごしている」(宮城県女川町)といった多くの声がツイッター上で発せられていたという。
SNSも阪神・淡路大震災が起きた95年時点では存在しなかったネット上のサービスだ。SNSの場合、自分の友達や趣味を共有するグループなど、特定のメンバーと深い議論ができるメリットがある。電子掲示板と異なり、見せたくない相手に自分の書き込みを見られる恐れも少ない。
ミクシィのミニブログサービス「mixiボイス」も、ツイッター同様、震災後にアクセスが急増した。一時、震災直前の8倍まで投稿数が増え、その後も通常時の2倍程度で推移している。
もうひとつ、16年前にはなかったのがネット動画配信だ。
NHKや民放のニュース番組を同時放送していたユーストリームは震災前に比べて視聴者数が約5倍になった。瞬間的に最も視聴者が多かったのは3月15日の午後1時ころで、20万人からのアクセスがあった。
ドワンゴ子会社が運営する「ニコニコ動画」も、ニュース番組を同時放送していた3月11日から25日まで、番組の視聴者数が通常時に比べて10%増加した。非常時とはいえ、はからずも長年の懸案だった「通信と放送の融合」が実現したわけだ。
ただ、ネット上を流れる情報のすべてが信頼できるものとは限らない。過去の震災に比べてデマや流言がネットを介して素早く広がったのも事実だ。特にツイッター上で個人が発信する情報をうのみにして、そのまま自分の友達に再送信する「リツイート」機能は、有益な情報だけでなくデマのたぐいを拡散させる役割も果たしてしまった。
自分が得た情報を遅滞なく誰に、どう届けるのか。そして内容の正確さをどう担保するのか――。一般の人々にとってネットが強力な情報発信のツールとなった今、かつてマスメディアに問われていた命題が、個人に向けられている。
(「ネットのチカラ」取材班)