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ル・マンジュ・トゥー(Le Mange-Tout)/神楽坂


日本のフランス料理界を牽引してきた谷昇シェフ。ミシュランガイド東京発刊以来2ツ星を連続で取り続ける実力派。オープンは1994年と、東京のフランス料理屋としては老舗にカテゴライズされます。
1Fが厨房で2Fがダイニング。入店してすぐにシェフの笑顔に迎え入れられます。もう、この時点で良い店だと確信。表情に雑味など一切なく、ただただゲストに幸せな時間を過ごしてもらおうとの意思がビンビンに伝わってきました。その他の料理人の笑顔も一様に素敵。働くならこういうお店だよなあ。
シェフ同様、サービス陣のおもてなし力も都内随一。加えて酒が安い。「今夜はあなたのお誕生日祝いなんだから、何でも好きなの飲んで」と、連れの気前は良いのですが、さすがにボトルワインは頼みづらい(あまりに高いのを選ぶとアレだし、かといって安いのを選びすぎると逆に気を遣わせる)ので、グラス主体で頂きます。ペアリングコース、というわけではないのですが、グラスはいずれも1,500円前後なので、料理に合わせてバンバンお出し頂くことにしました。
アミューズは4皿。トップバッターは函館の帆立を刻んだものに香草を混ぜ込み、トリュフで旗を立てる。軽い味覚ながら崇高。これは良いアミューズですねえ。シャンパーニュにもぴったりだ。
まさかの包子(パオズ)が出てきました。しかしながら内容物は豚肉のリエット(?)であり、きっちりと赤ワインの風味が漂います。単刀直入に旨い。これだけ30個ぐらい食べれそう。
カリフラワーのグラタン。緩めのベシャメルソースが胃袋に心地よい。アクセントにトリュフも用いられており、これがフランス料理だと言わんばかりの正統的な味わいでした。
ここでグラスの白。まさにブルゴーニュといった教科書通りの味わいであり、木樽由来のバターやハチミツ、ナッツの香りが先のグラタンにとても良くあう。
スペシャリテの蝦夷鹿のコンソメ。フォークに刺さったのは鹿肉の生ハム。見た目以上に鹿の風味が凝縮されており、表面的な流行店しか訪問しない港区女子なら尻尾を巻いて逃げ出すほどの逞しさが感じられます。あまりにも力こそパワーすぎるので、好みは分かれるかもしれません。もちろん私は好きです。
前菜に入ります。北海道から届いたばかりの白子をソテーし、ロックフォールと香草を用いたソースで香りを立てる。トロっと溶ける白子の食感がどこまでもセクシーであり、春菊の大人の苦味も堪らない。
パンは五穀米のパンに小さめのバゲット。料理のパンチ力に比べると控えめな味わいですが、ソースにたっぷり浸して食べるにはこれぐらいの素朴な味わいでちょうど良い。
旨味がメガトン級のイノシシが出てきました。焼いてからの燻製と念には念を入れた調理。味蕾を制圧してしまいそうな逞しい味わいなのですが、トリュフを旗手としたソース・ペリグーも全く負けていません。極めてオーソドックスで誇り高い一皿。2018年において最も美味しい料理だったかもしれません。付け合わせのヒラタケや苦味のある野菜まで、パーフェクトな味わいでした。
合わせるワインもちょうど良いですね。ラングドックのタフなシラーでイノシシに味覚の彩りを与えます。

素敵なディナーをありがとう、もうこの時点で僕はとても満足しているよ、と彼女に告げる。「そう言ってもらえて光栄だわ。この時期のあなたって、連日連夜お誕生日祝いでしょ?人気者の予定を抑えるのも大変だし、お店選びも頭を使うんだから」
オマール。こちらももう、素材の良さを引き出すどころの話ではありません。原型をしっかり留めたシンプルな海老なはずなのに腰を抜かすほど旨い。エキスがたっぷり溶け込んだソースのレベルは言わずもがな。圧巻はムース。ここまで美味しく調理して頂き、オマールもさぞや幸せじゃろう。つい先日、なんやようわからんオマールを食べたばかりだったので感動もひとしおです。
オマールに合わせる1杯はムルソー。今夜はブルゴーニュ特集だ。それでいて、これが1杯1,500円程度なんだから最高だよなあ。

人気者ねえ。表面的にはそう見えるかもしれないけれど、本当のところはどうなんだろうね。実際、きちんと僕のお誕生日を計画的に祝ってくれる人なんて限られてるもんだよ。

『お祝いするね!』とか色んな人が言ってくれるけど、正直戸惑うんだよね。もちろんそう言ってもらえるのはとても嬉しいことなんだけど、具体的に話が進んだことなんて一度もない。だからといってこっちから『あの、お祝いするって言ってくれた件、予定埋まりつつあるんで、早めに調整しませんか?』だなんて、厚かましくてとても言えないし。僕にとって誕生日はホットポテトでもあるんだよ。
メインは網どれの鴨。現代の狩猟は銃猟が中心ですが、コチラは網で無傷で捕獲したものです。銃でやっちまうよりも傷み辛く、鴨肉本来のおいしさが味わえるそうな。なるほど噛むほどに鴨の味わいが染み出てきます。しかしながら、何と言ってもソースである。赤ワインを主体としたソースは王道中の王道であり、これがフランス料理だと、皿から語りかけてくるような味わいでした。
「バカねえ、『お祝いするね!』だなんて、『ハロー!』程度の意味しかないものよ。もちろん祝う気がないわけじゃないんだけど、わざわざ実行に移す気はもっとない。だいたい、本気で祝う気があるなら最初から予定調整に入るものだし」ガビーン。そうだったのか。毎年抱えていた憂鬱なあの気分は何だったんだ。このことが理由で『神様、私はもう年を取りたくありません』と祈ったこともあるというのに。
デザートに入ります。洋ナシのコンポートにジュレ、ソルベ。お口直し向けの一皿なのかもしれませんが、その一口一口がいちいち旨い。

「年を取りたくないってことは、今すぐ死にたいってこと?」彼女は意地悪そうな笑みを浮かべる。「あなたは誇大妄想狂気味なのよ」ううむ、そんなことなら『お祝いするね!』だなんて、わざわざ言ってくれなくていいんだけど。私は小さく嘆息する。私は人の発言を真に受けてしまう性分なのだ。
はぁとのメッセージプレートを携え、魅力的なデザートがやってまいりました。キャラメル主体の味わいにパッションフルーツのクリームの酸味が優しく響く。全体としてはキャラメル由来のビターな味わいであり、まさに大人の誕生日にふさわしい味覚です。

「でも、あたしも『お祝いするね!』って言ったけど、今回は違う(This time is different)でしょ?」なるほど彼女はバナナ、すなわち外見は黄色人種だが中身は白人気取りであり、一般的な日本人よりも情熱をもって私の誕生日をお祝いしてくれるのかもしれません。
お茶菓子は柑橘系のゼリーにガトーショコラ。もちろん小菓子だからといって手抜きなどは一切なく、これ単体で立派なスイーツとして成立しています。
「まあ、誰に好かれているかなんて気にしないで、自分の気持ちを大切にしたらどう?あなたが会いたいと思う人にあなたから会う。それいいじゃない」彼女の瞳が少しだけ揺れる。恐らく彼女の会いたかった人は、目の前にいるこの私なのであろう(←)。
コーヒーの後に、さらにハーブティもお出し頂けました。「ゆっくりしていってくださいね」と、マダムの笑顔は聖母のように優しく明るい。

徹頭徹尾、素晴らしいお店でした。接客は完璧。料理は美味そのもの。皿出しのテンポも良く、とにかく居心地の良いお店です。客層も好きだなあ。予約困難性や高価であること、奇抜であることに価値を見出すゲストはひとりもおらず、健全な関係の男女が意味のある時間を過ごすためにこのお店を訪れています。私にとって大切なお店。今後も通い続けたいと思います。


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