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作家の読書道 第162回:木下昌輝さん

デビュー単行本『宇喜多の捨て嫁』がいきなり直木賞の候補となり、新しい歴史エンターテインメントの書き手として注目される木下昌輝さん。第二作の『人魚ノ肉』は、幕末の京都で新撰組の面々がなんと化け物になってしまうというホラーテイストの異色連作集。その発想や文章力、構成力はどんな読書生活のなかで培われたものなのか? 

その1「夢中になった漫画」 (1/6)

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――いちばん古い読書の記憶といいますと、やはり絵本ですか。

木下:そうですね、絵本です。何を読んだのかまでは憶えていないんですけれど。動物が好きだったので、『シートン動物記』なんかを子どもの頃に読んだ気がします。実際に犬を飼っていたので、『白い戦士ヤマト』という犬の漫画も読んでいましたね。

――お生まれは奈良県ですよね。どんな環境で子ども時代を過ごされたのでしょう。

木下:奈良といってもニュータウンやったんで、そんなに奈良独特の文化があるという訳でもなくて。大阪や京都から来た人もいる新しい街なので、奈良の茶がゆなんか食べたことはなかったし、夏祭りで流れるのはドラえもん音頭でした。小さい頃はチャンバラごっこをよくしてました。雨が降ったら外に出て、川とかダムを作って遊んだり。子ども向けの歴史漫画をよく読んでいたので、武将ごっこみたいなものをして弓矢とかも作っていましたね。物干し竿の先を潰してとがらせて槍にしたり。今考えたら危ないですよね。親にめっちゃ怒られました。

――歴史漫画で憶えているものはありますか。

木下:小学校5、6年の時の担任の先生が、教室のいちばん後ろのロッカーの上に横山光輝の『三国志』をほぼ全部置いてくれていたんですよ。「これは歴史の勉強になるから読んでもええやろう」と思ったんでしょうね。その影響は大きかったですね。それまで『ズッコケ三人組』も好きでよく読んでいたんですけれど、自分の人生を変えるほどではなかった気がします。『三国志』は日本ではない大陸の国で、そういう歴史が興っているというところが面白かったんでしょうね。全60巻くらいあるんですけれど、そのうちの50巻くらいは置いてたと思いますね。で、みんなそればっかり読んで外で遊ばへんから、結局先生が怒って取り上げてしまいました。

――そこから読書の世界が広がりましたか。

木下:そうですね。でも漫画が好きだったんですよ。絵を描くのが好きだったので、昔は漫画家になりたかった。ドラえもんの絵とかいろいろ描いていたんですけれど、シャイだから誰にも見せられなくて、結局一人で楽しんでいた気がします。おかんもちょっとミーハーで、『あしたのジョー』とか、自分が好きな漫画は読ませてくれましたね(笑)。「力石徹が死んだときは私もショックやった」とか言いながら、『あしたのジョー』は買ってくれました。

――中学生になってからはいかがですか。

木下:田中芳樹さんの『アルスラーン戦記』とか『銀河英雄伝説』とかをよく読んでいました。その頃に宮崎駿さんの『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』を観たんですよ。あれで感銘を受けて、漫画家ではなくアニメーターになろうと思いました。それくらい衝撃を受けたんです。何回もビデオで観ました。

――読むものも観るものも、壮大なスケールの物語が好きだったんでしょうか。

木下:自分の知らない異世界の話が好き、というのはありました。今でもそうかもしれないです。違う世界を見せてくれる話、読ませてくれる話が好きやなというのはありますね。

――文章を書くことに興味はなかったんですか。

木下:作文は得意やったんです。小学校の時から、よく授業で発表されていて。友達も「うまいなあ」「面白いなあ」って。僕は結構調子に乗るタイプなんで、1回褒められたらほんまに自分はうまいと思って、背伸びしちゃったんです。小学生のくせに「この人の運命はこうだった」とか書いたら、採り上げてもらえなかった。で、単純だから「あれは、まぐれやったんだな」って思っていて、忘れた頃にまた採り上げられて。で、また調子に乗って書いたら全然駄目で。中学校くらいまでそれの繰り返しでした。
高校ではバレーボール部に入ったんですが、2年の終わりくらいに、部活の仲間10人で交換日記をしようかってことになったんです。その頃はもう自分は文章が上手いと思っていなかったので気負わずに書けました。そしたらみんな「めっちゃ面白い」って言ってくれたんです。僕、バレー部では万年補欠で、居場所があんまりなかったんですよ。でも「木下は文章が面白い」となって、10日にいっぺん回ってくる自分の番を、みんな待ちわびるような感じで。それはすごい快感ですよね。「万年補欠の木下」から「文章のうまい木下」になって、一応ポジションをもらえた。僕にとってはもう、大革命。ここのポジションだけは絶対に奪われたくないというか。それで単純なんで、「文章を書いて人を楽しませる仕事をしたい」と思うようになり、それは小説家かなあ、って。小説のことなんて何も分からんのに、そう考えていました。

――日記に書いていたのは身辺雑記ですよね。どんな内容だったんでしょう。

木下:最初に書いたのは今でも憶えてます。うちの家が工場やったんで、「うちの家の町工場を継ぐべきか迷ってる」ってことを延々書いたら「面白いな」と言われて。ほかには「夏休みがあと10日しかない時に宿題が8割くらい残っているけれど、これをどう終わらせるか」みたいなことを書いたら、めっちゃ笑ってくれましたね。

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プロフィール

木下昌輝(きのした・まさき)
1974年生まれ、奈良県出身。近畿大学理工学部建築学科卒業。ハウスメーカー勤務後、フリーライターとして関西を中心に活動。2012 年「宇喜多の捨て嫁」でオール讀物新人賞受賞。2014年受賞作に書き下ろしを加えて6篇からなるデビュー連作集『宇喜多の捨て嫁』を上梓。同作が第直木賞候補となり受賞は逃したものの高い評価を得た。その後、高校生直木賞、歴史時代作家クラブ賞新人賞を連続受賞。2015年7月第二作目『人魚ノ肉』を上梓。