比較的早くからスケトウダラの卵巣(たら子)の食文化が根付いていた東京でも、1945年以前には食べたことがない、食べつけない、人が多かったという。(『あかばね昔語り』(石川倫 近代文藝社)などなど。もっと早くから根づいていたという証言もある)
このスケトウダラの卵巣の食文化がいっきに東京を通り越して全国区の食べ物となったのは、1970年〜1990年前後ではないかと思っている。特に1980年の中頃から1990年は北海道羅臼にスケトウ御殿が作られたときだ。すけそう子(すけ子とも。スケトウダラの卵巣)は大量に全国流通する食品と化した。
同時にとても庶民的で、日常的な味になる。
1980年前後、定食屋でも比較的安くて、やけに赤い塩たら子をとってよく食べた。
最近では決して安いものではなくなっている。今、料理店食べたら国産1腹分1皿で600円くらいはするだろう。
居酒屋の酒の肴には使えるが、チェーン店にいけば定食が食べられる値段である。
だから毎年、自分で煮つけにする。塩たら子も自作している。
なにもしないで生で食べると生臭いスケトウダラの卵巣は、塩分を加えるとぐんとうま味が増す。
そのまま生でも食べられるほど完成度が高いが、醤油を使うとちょっとだけ素朴で家庭的な味になる。
熱を通したスケトウダラの卵巣のうまさはほくほく感にあると思う。
ほくほくしながら甘く、卵粒が柔らかい。
微かに感じられる渋味も味の内である。
ここに醤油味とみりんなどの甘味が来ると無敵かも知れない。
このスケトウダラの卵巣の食文化がいっきに東京を通り越して全国区の食べ物となったのは、1970年〜1990年前後ではないかと思っている。特に1980年の中頃から1990年は北海道羅臼にスケトウ御殿が作られたときだ。すけそう子(すけ子とも。スケトウダラの卵巣)は大量に全国流通する食品と化した。
同時にとても庶民的で、日常的な味になる。
1980年前後、定食屋でも比較的安くて、やけに赤い塩たら子をとってよく食べた。
最近では決して安いものではなくなっている。今、料理店食べたら国産1腹分1皿で600円くらいはするだろう。
居酒屋の酒の肴には使えるが、チェーン店にいけば定食が食べられる値段である。
だから毎年、自分で煮つけにする。塩たら子も自作している。
なにもしないで生で食べると生臭いスケトウダラの卵巣は、塩分を加えるとぐんとうま味が増す。
そのまま生でも食べられるほど完成度が高いが、醤油を使うとちょっとだけ素朴で家庭的な味になる。
熱を通したスケトウダラの卵巣のうまさはほくほく感にあると思う。
ほくほくしながら甘く、卵粒が柔らかい。
微かに感じられる渋味も味の内である。
ここに醤油味とみりんなどの甘味が来ると無敵かも知れない。
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鹿児島県鹿児島市の田中水産さんから探していた魚がやってきた。長年探していたので涙がポロリなのだけど、脇にそっと細長いものが。
触ったら硬い。むむむ、っと緑の薄紙をひっぺがしたらスマ・カツオくんである。標準和名はスマで、鹿児島では「おぼそ」、「星がつお」などという。
今回送って頂いた主役が、長谷川一夫だとしたら、西村晃とか小沢昭一のようなもの。その心は、どっちが主役かわからない、だ。
……は前回も書いた。
もちろん刺身にもしたし、あぶりにもした。
ただ、最近、酒よりもご飯なボクは、八王子総合卸売センター、八百角で思わず千葉県多古町の大和芋を手に取った。
八百屋でいきなりインスピレーション☆、漬けとろろ丼しかない。
触ったら硬い。むむむ、っと緑の薄紙をひっぺがしたらスマ・カツオくんである。標準和名はスマで、鹿児島では「おぼそ」、「星がつお」などという。
今回送って頂いた主役が、長谷川一夫だとしたら、西村晃とか小沢昭一のようなもの。その心は、どっちが主役かわからない、だ。
……は前回も書いた。
もちろん刺身にもしたし、あぶりにもした。
ただ、最近、酒よりもご飯なボクは、八王子総合卸売センター、八百角で思わず千葉県多古町の大和芋を手に取った。
八百屋でいきなりインスピレーション☆、漬けとろろ丼しかない。
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朝一番、琵琶湖畔で魚すくいをする。
滋賀県今津から熊川宿を越えて小浜に出て、気になるところを見ながらふたたび滋賀県に帰ってきた。
かたっぱしからスーパーに寄って、直売所も巡り、人に話を聞いた。収穫がありすぎる往復で知識のゲップがでるほどだった。
いつのまにか夕闇が迫ってきていた。
桓武帝を考える上でも、ぜひ寄りたいと思っていた塩津浜港を断念。久しぶりに歩いてみたいと思っていた木ノ本、北国街道も真っ暗だった。
この日の最終地点、木ノ本駅の駐車場で、途方に暮れていたら、地元の方に駐車料金は無料であることと、ご飯が食べられる店を教えて頂く。教えてくれた方、ありがとう。
北風が冷たく、闇が重く感じるほど濃い中、駐車場から歩いて数分のところに灯りが見え、暖簾らしきものが揺れているのを発見した。
引き戸を開けると子供が椅子席にちょこんと座っている。
湿度の高い店内がいい感じで、厨房の端、奥の方で湯気がもくもくと上がって白い。
そこに晩ご飯が運ばれてきて、店のオバアチャンが前に座って話こんでいる。
ここの子供らしい。
ボクは、店の子供が店内でご飯を食べているような、飾りっ気のない店が大大大好きで、この店は大当たりだと確信した。
滋賀県今津から熊川宿を越えて小浜に出て、気になるところを見ながらふたたび滋賀県に帰ってきた。
かたっぱしからスーパーに寄って、直売所も巡り、人に話を聞いた。収穫がありすぎる往復で知識のゲップがでるほどだった。
いつのまにか夕闇が迫ってきていた。
桓武帝を考える上でも、ぜひ寄りたいと思っていた塩津浜港を断念。久しぶりに歩いてみたいと思っていた木ノ本、北国街道も真っ暗だった。
この日の最終地点、木ノ本駅の駐車場で、途方に暮れていたら、地元の方に駐車料金は無料であることと、ご飯が食べられる店を教えて頂く。教えてくれた方、ありがとう。
北風が冷たく、闇が重く感じるほど濃い中、駐車場から歩いて数分のところに灯りが見え、暖簾らしきものが揺れているのを発見した。
引き戸を開けると子供が椅子席にちょこんと座っている。
湿度の高い店内がいい感じで、厨房の端、奥の方で湯気がもくもくと上がって白い。
そこに晩ご飯が運ばれてきて、店のオバアチャンが前に座って話こんでいる。
ここの子供らしい。
ボクは、店の子供が店内でご飯を食べているような、飾りっ気のない店が大大大好きで、この店は大当たりだと確信した。
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ホウボウは年の瀬になるとじょじょに脂をため込んでいき、3月から5月の産卵とともに味が急落する。この産卵期が産地で違っている。
今回の茨城県産は、北茨城市の大津漁港から来たのではないかと思われる。
意外にこのあたりのホウボウを食べていない。
ホウボウは平凡な食用魚だが、平凡な魚だからこそ年間を通して地域を変えて買ってみて、食べてみることは非常に重要なのだ。
さて、旬とは言えないが、ホウボウには味の豊かさがある。
そのうま味の多くが皮にあるのである。
だから湯引きがいい。
今回は辛子たっぷりの柚子風味の酢みそで食べた。
柚子を加えるだけで冬の味になる。
それにしても表面だけに熱を通すだけで上品な白身の食感が豊かになり、味わいも深くなる。
湯引きのいいところはいくら食べても食べ飽きないことだろう。
辛子たっぷりの柚子みその刺激に、クリスマスも、おおつごもりもあるものか、がんばるしかないぞ、わしは、なんて正一合を自分に追加する。
今回の茨城県産は、北茨城市の大津漁港から来たのではないかと思われる。
意外にこのあたりのホウボウを食べていない。
ホウボウは平凡な食用魚だが、平凡な魚だからこそ年間を通して地域を変えて買ってみて、食べてみることは非常に重要なのだ。
さて、旬とは言えないが、ホウボウには味の豊かさがある。
そのうま味の多くが皮にあるのである。
だから湯引きがいい。
今回は辛子たっぷりの柚子風味の酢みそで食べた。
柚子を加えるだけで冬の味になる。
それにしても表面だけに熱を通すだけで上品な白身の食感が豊かになり、味わいも深くなる。
湯引きのいいところはいくら食べても食べ飽きないことだろう。
辛子たっぷりの柚子みその刺激に、クリスマスも、おおつごもりもあるものか、がんばるしかないぞ、わしは、なんて正一合を自分に追加する。
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鹿児島県鹿児島市の田中水産さんから探していた魚がやってきた。長年探していたので涙がポロリなのだけど、脇にそっと細長いものが。
触ったら硬い。むむむ、っと緑の薄紙をひっぺがしたらスマ・カツオくんである。標準和名はスマで、鹿児島では「おぼそ」、「星がつお」などという。
今回送って頂いた主役が、長谷川一夫だとしたら、西村晃とか小沢昭一のようなもの。その心は、どっちが主役かわからない、だ。
ワタを抜いて頂いていて、計った感じではちょうど1キロくらいだろう。
もちろん刺身でも、あぶりでも食べたが、なんとなくいつも通りに、いつもの味ではもの足りなくなる。
頭部に近い部分に塩をまぶし、ほぼ一日掛けて塩を馴染ませて、40分あぶるように焼き上げた。
水分が抜けて重さは半分程度になったけど、決してパサつかず、うま味の塊となる。
触ったら硬い。むむむ、っと緑の薄紙をひっぺがしたらスマ・カツオくんである。標準和名はスマで、鹿児島では「おぼそ」、「星がつお」などという。
今回送って頂いた主役が、長谷川一夫だとしたら、西村晃とか小沢昭一のようなもの。その心は、どっちが主役かわからない、だ。
ワタを抜いて頂いていて、計った感じではちょうど1キロくらいだろう。
もちろん刺身でも、あぶりでも食べたが、なんとなくいつも通りに、いつもの味ではもの足りなくなる。
頭部に近い部分に塩をまぶし、ほぼ一日掛けて塩を馴染ませて、40分あぶるように焼き上げた。
水分が抜けて重さは半分程度になったけど、決してパサつかず、うま味の塊となる。
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関西ではよく見かけるものだし、種子が売られているので関東の直売所にも日野菜の漬物はある。また日野菜自体も売っている。
それでも関東で日野菜を買おうとは思わない。
我がデータを見る限りでも関西でも青果を京都市内で一回買っているだけで、ほぼ滋賀県内で買い求めている。
しかも漬物は、近江八幡市、野洲市、草津市と南部地域がほとんどで、北部では安曇川で青果を一度買っているだけだ。
日野菜は基本的に発祥の地、日野町周辺の滋賀県南部のものなのだろうか。この日野菜にも南北滋賀県内の違いを見た気がしてきた。
それでも関東で日野菜を買おうとは思わない。
我がデータを見る限りでも関西でも青果を京都市内で一回買っているだけで、ほぼ滋賀県内で買い求めている。
しかも漬物は、近江八幡市、野洲市、草津市と南部地域がほとんどで、北部では安曇川で青果を一度買っているだけだ。
日野菜は基本的に発祥の地、日野町周辺の滋賀県南部のものなのだろうか。この日野菜にも南北滋賀県内の違いを見た気がしてきた。
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(五月×日)
……
「少女」と云う雑誌から三円の稿料を送ってくる。半年も前に持ち込んだ原稿が十枚。題は豆を送る駅の駅長さん。一枚三十銭も貰えるなんて、私は世界一のお金持ちになったような気がした。
———詩集なんてだれもみむきもしない。
間代二円入れておく。
おばさんは急に、にこにこしている。手紙が来て判を押すと云う事はお祭のように重大だ。三文判の効用。生きていることもまんざらではない。
急にせっせと童話を書く。
みかん箱に新聞紙を張りつけて、風呂敷を鋲(びょう)でとめたの。箱の中にはインクもユーゴー様も土鍋も魚も同居。あいなめ一尾買う。米一升買う。風呂にもはいる。
大正13年(1924 元号は嫌いだけどわかりやすいので)に林芙美子(明治39〜昭和26年)が本格的に上京して、関東大震災をへて、昭和初期までに書かれた文章である。
昭和3年(1928)、長谷川時雨(明治12年生まれ)に見出される以前と以後数年の話だと推測する。
……
「少女」と云う雑誌から三円の稿料を送ってくる。半年も前に持ち込んだ原稿が十枚。題は豆を送る駅の駅長さん。一枚三十銭も貰えるなんて、私は世界一のお金持ちになったような気がした。
———詩集なんてだれもみむきもしない。
間代二円入れておく。
おばさんは急に、にこにこしている。手紙が来て判を押すと云う事はお祭のように重大だ。三文判の効用。生きていることもまんざらではない。
急にせっせと童話を書く。
みかん箱に新聞紙を張りつけて、風呂敷を鋲(びょう)でとめたの。箱の中にはインクもユーゴー様も土鍋も魚も同居。あいなめ一尾買う。米一升買う。風呂にもはいる。
大正13年(1924 元号は嫌いだけどわかりやすいので)に林芙美子(明治39〜昭和26年)が本格的に上京して、関東大震災をへて、昭和初期までに書かれた文章である。
昭和3年(1928)、長谷川時雨(明治12年生まれ)に見出される以前と以後数年の話だと推測する。
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1982年12月の新潟県新潟市は寒かった。浜辺から佐渡を眺めている内に気分が悪くなるくらいで、新潟県は北国だなと思ったものだ。
へんな話だが、同じ日に道路から噴水が出ているのに感動して、舟木一夫の映画、『北国の街』(1965)そのまんま、だなと思ったものだ。
北国であるはずの新潟県でも、今も昔も比較的気温・海水温が高いのが佐渡だ。新潟市の競り場で一番幅を利かせているのも佐渡ものである。
水揚げされたであろう2024年12月8日の佐渡は、雨で雪もちらつく日だったようだが、そんな佐渡からコショウダイがくるんだな、と思いながら刺身を食べる。
これがほぼ脂の塊といったもので、コショウダイらしく身が締まっているので室温で溶けるようなことはないが、舌の上で融解して甘い。
濃口醤油としょうがで食べても、醤油がきかない。
刺身の表面に脂の皮膜があって馴染まないのである。
脂だけではなく、コショウダイの独特の濃厚なうま味がある。
どことなくイシダイに近いけど、よりタイ科の魚に近い味かも知れぬ。
近所の米屋にもらった試供品、秋田県のサキホコレが、これまた実にうまいので、結局片身で2膳となる。
コショウダイはどんどん北上し、しかも冬が旬の魚になっていると考えている。
冬のコショウダイは値段からしても味からしても庶民の味方である。
へんな話だが、同じ日に道路から噴水が出ているのに感動して、舟木一夫の映画、『北国の街』(1965)そのまんま、だなと思ったものだ。
北国であるはずの新潟県でも、今も昔も比較的気温・海水温が高いのが佐渡だ。新潟市の競り場で一番幅を利かせているのも佐渡ものである。
水揚げされたであろう2024年12月8日の佐渡は、雨で雪もちらつく日だったようだが、そんな佐渡からコショウダイがくるんだな、と思いながら刺身を食べる。
これがほぼ脂の塊といったもので、コショウダイらしく身が締まっているので室温で溶けるようなことはないが、舌の上で融解して甘い。
濃口醤油としょうがで食べても、醤油がきかない。
刺身の表面に脂の皮膜があって馴染まないのである。
脂だけではなく、コショウダイの独特の濃厚なうま味がある。
どことなくイシダイに近いけど、よりタイ科の魚に近い味かも知れぬ。
近所の米屋にもらった試供品、秋田県のサキホコレが、これまた実にうまいので、結局片身で2膳となる。
コショウダイはどんどん北上し、しかも冬が旬の魚になっていると考えている。
冬のコショウダイは値段からしても味からしても庶民の味方である。
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