分析美学FAQ
Apr 15, 2020|美学・芸術の哲学
文献を読まずにインターネットだけでお手軽に分析美学について知りたい人向けです。以下すべて私見です。
- 分析美学とは何ですか?
- 美学とは何ですか?
- 芸術哲学とは何ですか?
- 大陸美学とは何ですか?
- 分析美学の「分析」とは何ですか?
- 分析美学を使って作品を分析したいのですが
- 分析美学を使って批評したいのですが
- 大陸美学/美学史研究/表象文化論などと仲が悪いのですか?
- 分析美学は流行ってるのですか?
分析美学とは何ですか?
いくつか答え方があります。個人的には、めんどくさいときには1つめを、実質を伝えたいときには3つめを答えます。
- 英語使用圏を中心にした現代の美学・芸術哲学のことです。言い換えると、よくも悪くもグローバルに支配的になりつつある、美学史ではない普通の意味での美学・芸術哲学です。
- 分析哲学の美学・芸術哲学版です。
- 美・芸術・感性などについて哲学的に考える特定の学統です。具体的には:
- ジャーナルで言うとJournal of Aesthetics and Art Criticism(JAAC)やBritish Journal of Aesthetics(BJA)を主要な舞台にしており、
- 代表的にはMonroe Beardsley、Noël Carroll、Gregory Currie、David Davies、Stephen Davies、George Dickie、Peter Kivy、Jerrold Levinson、Dominic Lopes、Frank Sibley、Robert Stecker、Kendall Walton、Richard Wollheimといった人々の文献が頻繁に引かれる学統です(Arthur DantoやRichard Shustermanを分析美学の代表とする言説がもしあれば基本的に嘘と考えてよいです。Nelson Goodmanはいくつかの意味で微妙なポジションです)。
大まかな空気とトピックが知りたければ、最低限以下に目を通すとよいでしょう(逆にその程度も読まずに分析美学について知ったふうなことを言うのはいろんな意味で失礼なのでやめましょう)。
- 分析美学ってどういう学問なんですか――日本の若手美学者からの現状報告 / 森功次 / 美学者 | SYNODOS -シノドス-
- ブックフェア「分析美学は加速する──美と芸術の哲学を駆けめぐるブックマップ最新版」 - 紀伊国屋書店新宿南店(2015年9月8日~10月25日)
美学とは何ですか?
狭義の美(beauty)を含む美的な事柄(美的判断、美的経験、美的態度、美的価値、美的性質、美的概念、etc.)についての哲学のことですが、芸術哲学を含める場合もあります。“aesthetics”でぐぐって英語の哲学事典を見てください(IEP; SEP)。
芸術哲学とは何ですか?
芸術についての哲学(philosophy of art)です。芸術の定義、作品の存在論、意図と解釈の関係、芸術と倫理の関係などトピックはいろいろあります。個別芸術の哲学(個々の芸術形式ナラデハの話)になると、もうちょっと具体的な話になることもあります。
特定の芸術作品(ゴッホの何かとかベラスケスの何かとかセザンヌの何かとか)をダシにして自分の哲学を語るのうちに何か哲学的な問題を読み込む営みのことではないです。
大陸美学とは何ですか?
しらんがな。ちなみにヨーロッパやアジアでも、上の意味での分析美学に属する研究はさかんにされています。使用言語は、英語の場合もあれば現地語の場合もあるでしょう。
分析美学の「分析」とは何ですか?
「分析哲学」のそれと同じ意味での「分析」です。「作品分析」の「分析」ではありません。
名称については注意点があります。
- 分析哲学の場合もそうですが、「分析」という限定辞は、「分析哲学的な学統につらなる」程度の意味であって、実際に概念分析をやっているとは限りません(というかいまどきそれだけをやる研究は少数派です)。
- 「analytic aesthetics」という言い方は、現在の英語の文献ではほぼ目にしません。したがって「分析美学」というのは、少なくとも現在は日本語の独自用法と考えても差し支えないかもしれません(cf. 異論)。
- 私も含めて日本の分析美学者の一部が「分析美学」というガラパゴス名称を押し出しているのはなぜかというと、現在の日本の「美学」業界の実態が美学史研究と(なぜか)現代美術史研究(美術批評や美術理論に関わるもの)に偏っている傾向にあるからです。「そういう従来の意味での“美学”ではありませんよ(本来はこちらがプロパーな美学なんですが、それはともかく)~」くらいの含みを持たせた便宜的な表現とご理解ください。「現代美学」などと言って怒られないなら、そう名乗りたいところです。
分析美学を使って作品を分析したいのですが
「分析美学」の「分析」は「作品分析」の「分析」ではありません。個別芸術学や物語論などの理論研究を参照したほうがいいでしょう。
とはいえ、分析美学的な議論の中でときおり示される理論的な枠組みや概念が作品分析や事象分析に応用できることはあるでしょう。
ちなみに拙著『ビデオゲームの美学』は個別芸術学(ゲームスタディーズ)的な議論が中心であり、その意味ではあまり分析美学的ではありません(大半の部分は広い意味での美学ですらないかもしれません)。分析美学のエートスが伝わる本だとは思いますが。
分析美学を使って批評したいのですが
自分がしたいことが何なのかと、自分が「批評」を何だと考えているのかをまず整理してから考え直したほうがいいでしょう。
分析美学と批評はいくつかの意味で無関係とも言えないですが、両者を留保なく結びつけている言説(たとえば「分析美学をやれば批評ができる」)は基本的に嘘と考えてよいです。
大陸美学/美学史研究/表象文化論などと仲が悪いのですか?
哲学的な立場の傾向の点で、そうした他の領域と対立するわけではないと思います(というより、分析美学にはあらゆるトピックについて多種多様な立場があって内部でけんかしているので、その中の一部は他の領域の一部と似た立場になるでしょう)。
一方で、全体的な関心の方向や議論のスタイルの点で性格が違う傾向にあるんだろうとは思います。結果として、何か共通のトピックについて論じるときに齟齬が生まれやすいのかもしれません。あとは研究者個人のパーソナリティの傾向の違いもあるかもしれません(なので、人柄的に互いに仲良くなりやすい/なりにくいみたいなことはあるのかもしれません)。
関心やスタイルの傾向としては少なくとも以下があります。
- 学説史に相対的に興味を持たない。目下起きている議論のほうが重要。
- はっきり物を言う。あいまいな物言いは悪徳。冗長も悪徳。
- けんかベース。論理で殴り殴られてなんぼ。
- 協働ベース。えらい人の教説に細かな解釈を加えて理解を深くしていくという権威主義的なスタイルではなく、全員参加で議論してよりよい理解に到達しようという民主的なスタイル。
- 諸科学内での位置に自覚的。自然科学や社会科学との関係や距離を意識する。
分析美学は流行ってるのですか?
知りませんが、流行を気にする人は分析美学には向いてないでしょうね。
ちなみに2015年のブックフェア以降、関心を持つ学生や編集者は増えているようで、それは学術分野としてはいいことだと思っています。