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El Despacho Desordenado ~散らかった事務室より~

El Despacho Desordenado ~散らかった事務室より~

2015年1月4日から「Diario de Libros」より改名しました。
メインは本の紹介、あとその他諸々というごっちゃな内容です。
2016年4月13日にタイトル訂正。事務机じゃなくて「事務室」です(泣)。

もし、本ブログ記事内で張られたリンクが切れていてつながらない場合はコメントでお知らせください。コメントは全ての記事で受け付け、かつ即公開される仕様ではございませんので、気兼ねなくお教えいただければ幸いです。どの記事でも構いませんが、当該記事にコメントをつけていただければありがたいです。

こんにちは。エドゥアルド・ルイスです。さっきまで頭痛と悪寒で寝込んでました。昼間に外出した時に身体を冷やしたものと思われます。明日は節分ですが、皆さんも気をつけてくださいね。

 

さてそんな枕から本ブログの毎月一日恒例、先月買った本リストを始めていきます。

 

一昨年に神戸阪急にオープンした書店チェーン・有隣堂ですが、その出版部の出しているレーベルが神奈川県の郷土史を主に扱う有隣新書です。しかし、その一冊であるこの伝記で取り扱われている人物は全国で知られているのではないしょうか。

 

『ヘボン伝――和英辞典・聖書翻訳・西洋医学の父』

岡部一興

有隣新書

 

 

 

昭和のテレビドラマに出てくる生徒指導の先生って、ゴリラみたいな体育教師が竹刀もって朝校門に立っている、って姿がテッパンですが、果して久慈先生に務まるのか?アーンド、ヒロイン・阿加埜の重すぎる過去が明らかに!

 

『あくまでクジャクの話です。』(2)

『あくまでクジャクの話です。』(3)
小出もと貴
講談社モーニングKC

 

 

 

本ブログでも取り上げていたラノベシリーズ『ミスマルカ興国物語』も10年前ですか、早いなぁ。なぁんてことも色々あって忘れていたころにたまたま店頭で見かけて衝撃を受け、買いました。長い時を経て物語のフィナーレを飾る最終巻、その名も『ミスマルカ最終章』ってそのままかよ!

 

『ミスマルカ最終章』

林トモアキ 浅川圭司(イラスト) ともぞ、マニャ子、上田夢人(キャラクター原案)

角川スニーカー文庫

 

 

 

『星の王子さま』でおなじみサン=テグジュペリの自伝的エッセイ。彼の飛行士としての活動範囲は前から知っていたのですが、地図を見るとスペイン、西サハラ地域、ラプラタ、パタゴニア地方があったので買いました。

 

『人間の大地』

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ 渋谷豊(訳)

光文社古典新訳文庫

 

 

 

イブン・バットゥータって高校世界史の教科書で名前しか見たことない、まして彼の書いた本『大旅行記』も読んだことがない、という人がほとんどだと思いますし私もその一人。本書は彼の旅程をたどり当時の世界のありようを探っています。旅先にアンダルス、つまりスペイン南部も含まれていたので買いました。

 

『イブン・バットゥータの世界大旅行 14世紀イスラームの時空を生きる』

家島彦一

平凡社ライブラリー

 

 

 

表紙の破壊力にフォールされて、買いました。どういう経緯をたどれば覆面女子レスラーにヘッドロックを食らいながら両目に熱いハートマークを浮かべられるんだ。

 

『ガチ恋カウント2.9』(1)

天海杏菜

芳文社

凡例:
月日
『本のタイトル』
作者、訳者など
出版社、レーベルなど

 

1月10日

『実は、拙者は。』
白蔵盈太
双葉文庫

 

1月19日

『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』
今井むつみ、秋田善美(著)
中公新書

 

1月26日

『あくまでクジャクの話です。』(1)
小出もと貴
講談社モーニングKC

 

1月30日

『野性の呼び声』
ジャック・ロンドン 深町眞理子(訳)
光文社古典新訳文庫

今日はジャック・ロンドンの『野性の呼び声』を紹介します。

 

バックはカリフォルニアの判事の邸宅に暮らす大きな犬。親犬譲りの140ポンドの体格でもって敷地内で領主のごとくふるまっていましたが、金に困った使用人に連れ去られ売られてしまいます。運ばれた先でブローカーとおぼしき「赤いセーターを着た男」(p.21)に棍棒でもって人間、そして暴力への絶対服従を叩き込まれ、やがて橇犬として売られます。向かう先はゴールドラッシュに沸くカナダとアラスカの国境地帯。圧倒的な自然が支配するこの地で生きていくうち、バックの中に眠っていた野性が目覚め始め……。

 

本訳を読めば誰でも気づくのが「いっさいの甘さや感傷を排した、硬質でドライな筆致」(p.231)。しかしこれはけして表現手法が拙いことを意味しません。同じ人間に共存する汚さと仕事への忠誠、容赦なく襲いかかる自然、バックにとって身近な命の炎が消えるシーンでも一歩引いた描写がかえって物語における意義を際立たせています。

 

細かく見れば比喩表現も豊か。例えば、バックにとって文字通り不俱戴天の仇・スピッツとの最後の闘いに勝負がつくシーン。スピッツが死ぬのはもはや時間の問題。転ぶことが死を意味する世界で、二頭の争いをギャラリーのように遠巻きに囲む野生のエスキモー犬は友好を示そうと安易に近づいてきたヒト側の犬も集団で殺してきた存在です。

(……。)と、ここでバックがとびかかり、とびすさった。そしてこの攻撃で、ついに肩がまともに肩にぶつかった。一面の月光を浴びた雪の上で、黒い輪が縮まって点となり、スピッツはそのなかにのみこまれた。脇に立ってそのようすをながめやるバックの姿は、勝利した戦士のそれであり、優位に立った太古の野獣が、みごとに敵を屠って、それに深い満足を感じている姿でもあった。

(p.83)

それなりに大きい犬の集団が一頭の犬に死をくれてやるべく殺到するさまを、転ぶ瞬間の描写を省いたうえで「輪」から「点」へという比喩で表現しています。その血生臭さ、残酷さと対照的な、削るべき部分を削り盛るべき部分を盛った、ある種ボディビルダーのような美しさをした文です。

 

ただ、21世紀も4分の1が経ちこうした厳しい自然に触れる人間の数は良くも悪くも少なくなり、逆に甘ったれた都会の人間が増えています。そうした属性の読者にとっては、都会から来た姉夫婦と弟に買われてからの一章が一番きつい。仕事の内容でなくて、バックたち橇犬を“都会の流儀”でもって振り回す3人の愚かさが。上っ面だけの慈悲は数日もすれば自然がこれでもかというくらい剝がします。かく言うわたくしも「文明化された生活に慣れきってしまった自らを省みて、いたたまれないような複雑な共感を覚える」(p.222)読者の一人であります。バック以外もかわいそう。

 

この後に描かれるバックの命の恩人、ジョン・ソーントンと仲間たちとの生活は打って変わって微笑ましい。これぞ人と犬との理想の関係と言えます。これを終わりがけ、バックが野生動物の本能を存分に発揮して生きる存在になる直前に配しているのが物語構成の上手さを感じさせます。理想の主人ソーントンのおかげでもらった自由時間のあいだに彼は肉食動物としての本能を存分に刺激し、狼たちの誘いをしたたかに受けています。人間のそばか大自然かの選択が迫られる下地です。

 

やがて劇的な終焉、バックは落とし前をつけてから野性の呼び声に従い森に入ります。この過程でバックが人間を恐れなくなった点は注目すべきでしょう。バックは先住民イーハット族を倒したことをもって人間全体を克服したとみなしています。期せずして作者も抱いていた当時の人種差別思想を超越しているのです。

この点に注目したのは、作者ロンドンの思想の暗黒面にも触れた訳者あとがきを読んだからです。比較的短い小説ですが、味わううえで訳者の解説とあとがきは必読。ただ、社会主義と人種主義は両立する点は注意すべきですね。人類みな平等、の「人類」を特定の人種のみに限定すれば、社会主義は容易にナチズムとクリソツになる事実はもう少し広まるべきではあります。

 

短く厳しい生涯の中で残したジャック・ロンドンの傑作、対となる『白い牙』も、早く読んで紹介したくなります。

 

 

Debido a que el protagonista es un perro, a veces se le ha clasificado como novela juvenil, adecuada para los niños, pero tiene un tono oscuro y contiene numerosas escenas de crueldad y violencia.

(犬が主人公であるため時に青少年向け、子供向けの小説とみなされるが、トーンは暗く、残酷さや暴力シーンが多くある。)

 

 

『野性の呼び声』

ジャック・ロンドン 深町眞理子(訳)

光文社古典新訳文庫

高さ:15.2cm 幅:10.8cm(カバー参考)
厚さ:0.9cm
重さ:121g
ページ数:238
本文の文字の大きさ:3mm

学生時代

学ぶべき

最も重要なことは

勉強でも

スポーツでもない

 

恋愛なのだと

オレは思った

(p.3)

 

今日紹介するマンガ『あくまでクジャクの話です。』は、主人公の高校教師、久慈弥九朗(くじやくろう)のこの独白から、かなりショッキングなシーンとともに始まります。

まぁ誰が見ても分かるテッパンな浮気、なのにカノジョは彼にない「男らしさ」を求めて元カレとアレしちゃったということで、幼い頃から抱く「男らしさ」へのコンプレックスを突かれたのもあってかなり落ち込む久慈に、男子3人組が相談を持ち掛けます。見るからにイケてない彼らが顧問になってほしいグループの名は「恋愛弱者男子を救う会」。ジェンダーフリーの世の中のはずなのに見た目のイケてる男子ばかりがモテる世の中はおかしい!と憤る彼ら。しかし戸惑う久慈をよそに、その場に居合わせていた3年女子の阿加埜(あかの)が「見た目は大事だぞ1年生ども」(p.21)とグサリ。

 

この話からなぜクジャク?がこのマンガの肝であるわけですが、阿加埜さんの話が実に興味深い。見た目は直感できるとしても、そんなことで“も”オス選んでるの? でもこれはクジャクの話にとどまらないよなぁ、見せつけられた先生の元カノもモロそうだったし。とりあえず、ネット上の星の数は適度に気にしないようにします。

 

こんな感じで生徒の悩みを、先生と阿加埜さんが解決(?)していきます。阿加埜さんの身も蓋もない話と久慈先生のフォローのバランスが絶妙ですね。一方的に拗らせたり、ちょっと説得できてたり。

 

生物学知識だけじゃない阿加埜さんのキャラも強烈。黙っていればミスコン連覇も納得のクールビューティーかつ文武両道を地でいく優等生なのですが、後輩への毒舌がもはやボツリヌス菌レベル。「末代男子」(p.25)、「「私は世にも珍しい逆NTR好きの女です」と告白してるようなもの」(p.77)、「ファブルみたいな気の抜けた喋り方」(p.129)と、ワードチョイスからエグイ!

一方で久慈先生に対しては一途すぎて空回り。しかも、先生が高校生だった頃から根本的なすれ違いが起こっているようで……。

 

参考文献の骨太ぶりには笑いました。リチャード・ドーキンスって、「虹はニュートンが科学で解明したからより美しくみられるようになったんじゃねーか、阿呆かキーツ!」(悪意ある要約)と言ってたっていう学者ですよね、「あの本、読みました?」で聞きました。『利己的な遺伝子』、読むべき本リスト入りですね。

 

 

(Biológicamente) Exacto.

(生物学的には)そうだ)(p.38)

 

 

『あくまでクジャクの話です。』(1)
小出もと貴
講談社モーニングKC

高さ:18.2cm 幅:13.1cm(B6)
厚さ:1.4cm
重さ:165g
ページ数:191
本文の文字の大きさ:不定

私たちの話す言葉はどのように生まれたのか? なぜ人間だけが、それもこれほど複雑な言語体系を手に入れられたのか?

この問いに答えようとチョムスキーも含む多くの学者が様々な論点から挑戦してきたわけですが、今日紹介する『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』の切り口は「オノマトペ」と「アブダクション推論」です。

 

オノマトペとは有体に言って擬音語、擬態語。身の回りの音や状態を表す、とされる言葉です。ブーブーとかフワフワの類、といえばまぁ三島由紀夫でなくとも幼稚な言葉と思われがちですが、多くの言語を調べると非母語話者には何を表したものなのか分からないオノマトペが少なくありません。本書に上がった例以外にも、プエルトリコのスペイン語では何かが爆発した時に¡acángana!(アカンガナ!)と言います。ホントです。

にしても、オノマトペが聞いた音そのままを真似たもの、感覚を写し取ったことばならば、言語の違い関係なく同じかとても似通っているはずです。

 

 感覚を“写し取っている”はずなのに、なぜ非母語話者には理解が難しいのか。「感覚を写し取る」というのはそもそもどういうことなのか。この問題は、オノマトペの性質を理解する上でとても重要である。同時にこれは、オノマトペの問題にとどまらず、アートをはじめとしたすべての表現媒体おいて問われる深い問いなのである。

(p.10、“”中傍点)

 

こうしたオノマトペに関わる謎を数々の実験や観察、考察から探っています。この謎には「言語はどのようにオノマトペから離れて巨大な記号の体系に成長していったのか」(p.120)も含まれています。

 

ここで出てくるのがアブダクション推論。演繹、帰納と並べて提唱される思考方法の一種で、回路は帰納法に近いですが、「観察データを説明するための、仮説を形成する推論」(p.210)なのが大きく違うところ。この仮説を生む行為が言語のも含む学習に大きく関わっていることが示唆されています。

 

この他にもブートストラッピング・サイクルなど様々な用語が出てきますが、以前からある専門用語も含め懇切丁寧に解説されているのでじっくり読み進めればついていけます。むしろ読者に求められるのは解説された用語が表そうとしている現象や概念の本質、芯となる部分を理解する力でしょう。

 

読み進めていった先、終盤で出てきたものには驚きました。人間の言語獲得に大きく関わっているのが、バイアス? 時に人間を大失敗に導くあの? 人間の思考の複雑さを感じさせられます。確かに「ペンギンならば鳥である」から「鳥ならばペンギンである」を導く対称性推論は論理的には間違っています。学習を重ねたチンパンジーのほとんどがこの推論をしていなかったことが示されており、ここにも人とサルとを分かつものがあるとの推察は注目に値します。

 

ときに従来の説にもぶつかりに行く大胆さもありながらしっかりとした足取りで一歩一歩論を進めていく書き方には説の確かさを感じます。いい意味でコントラストをなしているのが観察対象になった子供たちの言い間違い。どれも微笑ましい。しかしその言い間違いが、子供たち(=かつての私たち、そして人間)が言語という途方もなく大きな知識体系を手に入れる過程を探る手掛かりになっているのです。

 

 

La Lengua de señas nicaragüense no fue impulsado por el Gobierno, sino que evolucionó naturalmente a partir de la comunicación entre los propios estudiantes con sus profesores.

(ニカラグア手話は政府主導によるものではなく生徒自身の教師とのコミュニケーションから自然に発達したものである。)

 

 

『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』
今井むつみ、秋田善美(著)
中公新書

高さ:17.3cm 幅:11.3cm
厚さ:1.3cm
重さ:199g
ページ数:277+「はじめに」9
本文の文字の大きさ:3mm