東京都のアニメ関連企業と個人を対象にした「アニメーション海外進出ステップアッププログラム」のセミナーが、10月10日に開催された。
同プログラムは「Tokyo Anime Business Accelerator」という、海外展開を目指すアニメーション関係者を支援する事業の一環として開催。セミナー&ワークショップとピッチグランプリにて構成されており、海外で企画・作品を売り込む際に必須となるピッチのスキルを学んだ上でコンテストに参加してもらい、受賞者には賞金と世界最大のアニメーション見本市であるMIFA(Marché international du film d'animation)への出展が用意されている。
ピッチコンテストへ出場するにはセミナー4回、ワークショップ2回の全6回のうち1回以上を受講する必要があり、その第一回が「アニメーション映画祭・海外マーケットについて学ぼう」のテーマで開催された。
アニメーションのマーケット参加のメリットとは?
本セミナーは2部構成で、前半はアニメジャーナリストの数土直志氏より、海外マーケットの状況と日本のアニメーションの潮流についてプレゼンがあった。
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現在、日本アニメの市場は海外市場を中心に拡大を続けており、市場全体の約半分ほどが海外からの売り上げとなっている。海外市場は10年で約6倍、配信市場によってアニメの認知が拡大した結果だ。近年では、大手を中心に日本企業の現地ビジネス化も進んでいるとのこと。アニメ制作スタジオの海外売上比率も伸長しており、作品だけでなく、制作会社の海外進出も進んでいる現状が伺える。
しかし、海外ビジネスの取引ではコネクションや縁が重要で、新規で進出を考える人にとって参入障壁は低くない。そこで重要なのが国際見本市(マーケット)への参加だ。
現在、映画産業の潮流として、大きな国際映画祭にはマーケットが併催される傾向がある。世界最大のアニメーション映画祭・アヌシー国際アニメーション映画祭は前述のMIFAというマーケットを開催しており、これが現在、アニメーション専門のマーケットとして世界最大規模となる。
アニメーションを取引するマーケットは他にも存在するが、実写も含めた映像作品全般を扱うところが多数な一方、MIFAは参加者全員がアニメーション関係者なので、潜在的なビジネスパートナーを見つけやすい特徴がある。
マーケットは、企業や団体のブース、ピッチのセッション、パーティーを含むネットワーキングの場、ビジネスセミナーやワークショップなどで構成されている。ブースは国単位での参加が目立つようになってきており、MIFAでは東京都からもブースを出展しているが、日本アニメのブランド力もあってか、一定の存在感はあるそうだ。
各プロジェクトをプレゼンする「ピッチ」は、企画初期段階のものや資金調達完了目前のものなどテーマや進捗ごとに様々なものが開催されており、ピッチコンテストなどで受賞すると出資を得られるケースもある。マーケットへ参加するメリットは、多くの人に企画を見せてフィードバックを得られること、人脈を拡げられること、世界のトレンドを把握できることなどだ。だが、近年は参加者が増加しすぎて飽和状態になっているとの指摘もあるという。
MIFAは今年、過去最高の登録者数を記録しており、国際色も強まってきている。複数回MIFAを訪れている数土氏は、直近の傾向としてアジア地域の勢いを感じているそうだ。MIFAの拡大は、世界のアニメーション市場自体の成長に支えられており、世界中でアニメーション需要が増加し、競争が激化している背景をうかがわせる。つまり、市場が大きく伸びているのは日本だけではないということだ。
その中で、日本アニメの強みは、やはりアニメーション大国であるというブランド力と世界中にファンを持つことだ。そうした固定ファンにアプローチしたいと考えている製作者は多い。逆に弱みとしては、日本独自の商習慣はカルチャーギャップとなって理解されにくいこともあったり、コミュニケーションの問題でつまずいたりするケースもあるとのことだ。
また、近年の傾向として、世界のアニメーション市場はキッズ・ファミリー分野の作品がいまだに強いが、アダルト市場が大衆向けの巨大市場に成長してきているとのこと。アニメはマニア向けではなく大衆のものへと変貌しつつあり、日本以外の国でもこの分野の作品(『アーケイン』『スパイダーマン:スパイダーバース』など)を作り始めている。
MIFA参加から、海外からの受注に至った体験談
後半は、実際に本プログラムの支援でMIFAへ参加した経験を持つStudio Selfishの加藤タカ氏と数土氏の対談。加藤氏はデザイナー・イラストレーターだが、NHK Eテレなどで子ども向けのアニメーション作品の監督もしている。
加藤氏は、個人で2016年に『Laidback Lu』という短編企画をMIFAに応募したが落選。だが、その後本プログラムのピッチコンテストで受賞し、MIFAへ参加することになった。2019年には『Maggy’s Mission』、2022年にも『Sunny Side Ups』という企画を持ち込み、同マーケットに参加しているという。
加藤氏は、MIFAでピッチをするとたくさんの人が握手を求めて感想を言ってくれることに感動したという。そして、実際にどこが良くて、改善点がどこにあるのか、具体的なフィードバックを伝えてくれるのだそうだ。
企画を売り込む際にトレイラーなどの映像があった方がいいのかとの質問には、やはり実際に映像を見せながら説明した方が伝わりやすくフィードバックも得やすいと語る。映像についてはコンセプトアートをつなげた程度のものでも効果的で、雰囲気がわかればいいのだそうだ。また、イラストやキャラクターデザイン表のほか、Tシャツなどグッズのイメージも自分で作り、グッズ展開も想定している点も伝えていたとのこと。
企画の取引自体は、様々なケースがある。自分で作品を作りきってから売る場合もあれば、コンセプトを買ってもらい、制作は別の会社で行うという場合もある。クライアントからの提案にも応えられるように、企画を紹介する時には自分がやりたいことは監督なのか、コンセプトアートなのかなど、どこまでを自分でやる想定なのかを決めておくといいという。条件によっても対応は変わるだろうが、どこまでなら、譲歩可能かもあらかじめ決めておいた方がいいということだ。
続いて、企画をどうビジネスにしていくのかという質問について、加藤氏は何度もマーケット等のビジネスの場に参加する重要性を挙げた。毎年、MIFAに参加すると顔なじみができるので、前回感触が良かった人に改めて今回の感想を聞いたり、そこから新たな人を紹介してもらったりと一度繋がった縁を年々深めていっているという。また、企画の話をする時にはストーリーをメインに話しがちだが、どんなバリュー(価値)があるのかを重要視されることが多いのだという。予算や制作期間を質問されることもあるので、ある程度の概算に幅を持たせて考えておく必要もあるとのことだ。
実際に加藤氏の仕事につながった話として、2016年のピッチを見たプロデューサーがブースに来て、オリジナルの企画「Rocco」を開発することになったのだという。3カ月程度で企画を立てたそうだが、企画段階でも予算をくれたそうで、サンプルシナリオから動画コンテまでを1年かけて制作。30話分の製作が決まりFOXの子会社「Baby TV」で放送された。制作中は、当時はまだ日本で主流ではなかった4Kで納品せねばならないといった指示があるなど、日本での常識が通用しない場面があったり、予算の課題もあったりしたそうだが、(FOXがディズニーに買収された影響もあり)作品がディズニー+で世界配信されるなど、本作での挑戦が今後に繋がるきっかけになったという。
加藤氏は、東京都の支援プログラムに参加して企画の立て方がわかるようになり、国内のコンペでも勝てるようになっていったそうだ。ピッチグランプリは、無料で自分の企画の弱みと強みを知ることができて有益だったという。また、MIFAに参加して世界中でアニメーション制作者と出会うことは、モチベーションの維持になっているそうだ。
「アニメーション海外進出ステップアッププログラム」のセミナーは、全4回の実施を予定している。またセミナーの他にはワークショップを2回開催予定でそのいずれかに参加した人がピッチグランプリに応募できる。グランプリの最優秀賞者には賞金100万円、優秀賞者には50万円が交付され、最優秀者と優秀者の合計5組程度がMIFA2025の出展支援を受けられる。渡航費、ブース出展費等は東京都が負担し、出展前にマッチングのアポイントも事務局側で行う。
応募対象となるのは、東京都内に登記している中小企業社、または都内税務署に開業届を出している個人事業主となる。詳しくは公式サイトで確認してほしい。